1話
風が唸り、空は深紅に染まっていた――
第一次魔族襲撃の朝、村は炎と恐怖に包まれていた。瓦礫の崩れる音、家々が裂ける音、人々の悲鳴が交錯する中、四歳の少年、ケイル・アーデントは左腕だけの小さな体で母の手を握りしめ、必死に逃げた。
母の温もりが唯一の頼りだ。
「母さん、離さないで!」
だが、炎の隙間に現れた魔族の巨大な影に、母の顔はかすんで消えた。
「母さん…!」
左腕で手を握る力も、泣き声も、世界の残酷さには届かない。母はその場で魔族に捕らえられ、消え去った――その瞬間、ケイルの胸の奥で何かが崩れ、同時に強く燃えた。
「生きて!、ケイル…生き抜くのよ…!」
瓦礫の間で泣く他の子供たち――目の見えない少女、耳の聞こえない双子、片足の少年。彼らはこの世界でヴァリアントと呼ばれ、人々から忌み嫌われた存在だった。母は例外で、ケイルを深く愛していた。その愛情が、唯一の光だったのだ。
そのとき、孤児院のシスターと神父が現れた。
「こちらに!早く!」
抱き上げられ、子供たちは安全な場所へと導かれる。ケイルも泣きながらシスターの腕に抱かれた。母の姿は消えたが、声は心の奥で生き続けるのだった。
数人のヴァリアントは、五体満足の孤児たちとともにクリムゾン・ヘイヴン孤児院に迎え入れられた。
しかしそこは、安全な場所ではなかった。
五体満足の子供たちは、ヴァリアントを異質な存在として遠ざけ、時に凄惨ないじめを繰り返した。
小さな声で嘲る、訓練場で突き飛ばす、昼食の席を奪う――無邪気では済まされない日々が続く。
だが、同じ傷を持つ者同士、ヴァリアントたちは自然と互いを求め合った。
中庭の剣道場で、ケイルは左腕だけで剣を振る。
風の揺れを読み取る全盲の少女ライラ・ヴェイラ。
片足のジョレン・クリン。
魔力の詠唱に挑む、静寂の魔女セレネ・ドレイ。
精神感応で姉を補助する語らずの少女カレネ・ドレイ。
五人は言葉少なに互いの存在を確かめ合う。
日々の訓練は、厳しくとも希望をもたらした。瓦礫と血の記憶が胸に刻まれても、仲間といることでケイルの心は少しずつ軽くなる。孤児院の石造りの壁に差し込む夕日が、彼らの影を長く伸ばす。
その日の夕刻、静けさを破る異変が起きた。中庭の木陰で、普段は笑っていた五体満足の孤児たちが、一斉に振り向き、震える声で叫ぶ。
「見て…!」
ケイルの視線の先、古びた孤児院の北翼――閉ざされていた扉の向こうに、赤く光る影が揺れていた。
仲間たちと目を合わせ、ケイルは小さく息を呑む。
「あれ…、一体…?」
光はゆらめきながら、まるで生き物のように形を変えている。その瞬間、凍りついた空気の中に、これまで感じたことのない――胸の奥から突き上げるような、何かが目覚める予感が走った。
孤児院の夕暮れは、静かに、しかし確実に、今までとは違う時間の幕開けを告げていた。