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シー、うん。ゆう

作者: をを

「ボクはカッコイイッ! ボクはオールマイチーっ! そんでそんで、これはウソじゃあなくってよ? ボクは、みんなが、ダイっスキっでーーーすっ! 三年一組、清太郎の弟、ボクが聖次郎さ! みんな、毎日ヨロチクゥーッ! あいしてるぞっ! これもウソじゃないからあ」

 昼休みになる前の時間。クラスにいる生徒が教室を出ていこうとする前に、教卓に歩を進めていったひとりの男子が、喉にマイクでも仕込んでいるのかといううるささで叫んだ。満面の笑みで。アイドルみたいな端正な顔とあたま一個飛び抜けた上背がある華奢な身で。

 ——やかましいったら、ありゃしない。

 本人に自覚があるのか知らんが、いや、あるならアイツは最高に謙虚だ、自分の容姿にしろ性格にしろ格好よくて、文武両道の、誰もが認める『事実』を、わざわざエイプリルフールにそうなんですと嘘と言って『否定』するのだから、遠回しにボク以外もれなく凡人って宣言されたもんじゃねぇか。

 そんなふうに嫌悪で教室中の筆記用具や教科書がアイツに飛んでいかないで、

「聖じろーくんっ、アタシも愛してるっ!」

「わかったから、今日の部活はウチにきてくれよ〜」

「毎日きいてんだぜ? いまさらいわなくてもわかってるってぇ」

 一体になって、笑い声と、非常に陽気な空気がうまれる。

「もう二個嘘ついちゃったし、こっからはホントだぜ! あー……ボクも、アイシテル! もうもう、超大好きだぞ! 部活! もちろん、行く行く! バスケ部だろ? つたわってるのは、知ってるよっ。だって、みんな、やさしーじゃんっ。でも、今日は今日のアイシテル、明日は明日のアイシテル! ちゃんと好きだって伝えたいんですねボクは!」

 銅像みたいに堂々と言い切って、むふんと、長身だが頼りない薄い胸を張る。

 ——お遊戯会か。聖次郎が関わると、誰も彼もが小さい子供のノリをあたたかく許容する保母か保父だ。冗談。

 アイツも俺達も、高校二年生だ。……そりゃあよ、こうあれとか、どうしろとか、兄貴の清太や家族がいいっていってんだし、アイツは他人を不幸にしてるわけでもない。人の人生に責任もつ余裕なんかない。——だからさ。

「ねーレイクン、今日、来るよね? お兄ちゃんと一緒にー! ね? ね?」

 クラスメイトの注目が傍観者でありたかった俺に向く。どうせオーケーするって、先の読めたテレビみたいに鼻白んだ目付きで。

 まあな。

「ああ。清太が、来るからな。」

 わざと、清太が俺の動く理由なのだということを強調して、告げる。

 ——俺をいちいちまぜるな。

「オーケオーケ! お兄ちゃんも、楽しみにしてたからさ。レイクンが来てくれて楽しいのは、ボクもね!ボ・ク・もっ! ——モモクンも、きてくれるんだろ? なっ! なっ!」

 モモクン、と呼ばれる中央の席に座っている背筋の良い男子生徒は、(俺が視力はいいためにわからないだけかも知れねえが)漫画みたいに人差し指と親指で眼鏡をクイッと上げた。……どこもかしこも、クサさでいっぱいだ。

「聖次郎と、清太郎君が、来るんだ。当然、僕は行くよ。」

 そして、ももは自信たっぷりに断言したと思うと、厚い硝子の奥よりじっと視てきた。

 まるで、睨むみたいに。

 ——俺を。昔からだ。なにかしたかな、というか、百は、清太と聖次の兄弟をとても好きだ。なので、同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校、現在の同じ高校、と、俺達四人は幼なじみなのだけれども、その自分が大好きな清太と聖次と仲の良い俺が気に食わないらしい——俺は聖次と友達のつもりはない、でも何度口で説明しても『零くんは関係ないんだよ』とすこぶる不機嫌に一蹴された。はじめは、俺のことだから弁明してるのに、俺は関係ないってのはどういうことかと思ったが、百の気持ちは要するに、俺がいくら冷ややかな返しをしようが何度だって食いついてくる聖次の態度についてのようだった。——さっさと離れてくれればいいんだ。『俺は関係ない。』聖次とは。俺が友達として小さいときから好きなのは、清太だ。物静かだが、柔らかい雰囲気で、聖次と一緒で背が高く聖次より少し恰幅がいいので怖がられがちだけども、接してみるととても誠実で優しい、凛々しく整った顔立ちの人物だ。

 聖次は真逆。小さいときから、やたら元気がよくて、常にヘラヘラした軽薄な空気、友達はいっぱいいるみたいでも、見聞きする言動は夢見で浮わついていて真実味に欠ける、なよやかで美しい面差しのヤツだ。そばにいられて気に障らないのは顔を含めた見た目だけ。じっとしてればいい、無理だ、心がある時点で、つまり、俺は、聖次を受け容れられない。いくら——なぜだか、己が、聖次に構われていると理解していようと、歩み寄る一歩は踏み出せない。

 しかたない。よのなかには、あわない人間だっている。しかし、聖次を好きな人間は大勢いるんだ、俺一人が嫌ったところで、なんの痛手にもならねえだろう。倍——比べ物にもならん幸せで、包まれているんだろう。

「イェイイェイっ! ガンバんぜーっ! みんなもっ、みんなを観に来てくれよ! 体育館で、待ってるよっ」

 スんゲェ笑顔、しかも、ウインクに投げキッスのおふざけ付き。

 重い。油ものに油もの追加したくらい、振りの軽さが重い。

 ——これこそ、証左だ。

 聖次が、大多数の他人と深く繋がり、そこに軸を置いて、少数の俺などはしたであることの。

 なによりの、あかしだ。

 二言目には、『みんな』。

「……はぁ……」

 どーーーでもいい。俺は室内の盛り上がりを背に、晴れた空を進む飛行機を眺めた。——ふと、視線を感じてちょっと下方の窓ガラスを見遣ったら百が『俺』を見ていた。聖次じゃなく俺を見る時間、もったいなくはねえのかね、俺は自分の好かないものをなるべくなら視野に入れたくはない。好きなもんか、何も思わないもん——だ。

 俺はけだるく、笑って片手をあげて振った。百は、虫よろしく手を払う。——鏡のうちのやりとり、くだらない行為に気付いているのは——。

 ——……はあ。

『はーと』

 マジで嫌いだ。

 聖次は俺と百のあいだにハートマークの形を両手で作り、俺と百々の半ばに映るようにして、悪意なく、ミナサンのからかいを増幅した。

 ……サイッコオ。ミンナ、エガオエガオ。

 クソやろおめ。

 マジで嫌いだ。

「せっ、聖次郎君……!」

 聖次を振り返っている百には、動揺したら幼稚園時代の呼び方になる癖がある。もっとたしなめろよな。友達なんだから。

「エヘヘ」

 笑えやいいとおもってる、それだそれ。——甘えんな。

 ——あーーーいやだいやだ。

 飛行機は既にない、しかしただ青い空でも、こんなにも俺の心をいやしてくれる。

 ……清太に会いてえな。

 落ち着きがあり、ちゃんとした会話をしてくれる、心優しくて立派な、アイツの『兄貴』を思い浮かべ、笑いの渦中で、肩身狭く小さな溜め息を吐いたのだった。



「お兄ちゃんっ数時間ぶりだけどカッッコイイっ! 今日もみんなといっしょにガンバるから、ガンバるみんなといっしょに応援しててよっ元気でるっからさ!」

 会いに来た相手になぞなぞじみた言葉遣いで、廊下でピースをして笑う聖次。俺と百は——順番で言うんならまず俺が、放課後になって清太に会いにすぐさま教室を出たのを、追ってきた聖次と手を引かれた百が勝手に連れあいになり、目先に清太が認められた瞬間いち早く兄に弟が走って行って、今だった。

「あたりまえだ。お前とみんなのこと、ぜったいに応援する。」

 清太は、穏やかに微笑む。——兄の眼で。眺めている俺は、自然と笑う、やっぱり清太は弟想いで、いい兄貴で、いいヤツだ。友達として誇らしい俺の耳に、離れた場所からこちらに駆けてくる上履きの音が入ってきて見向くと、清太が一年生の頃より入部している剣道部の部員だった。

「やっぱりここかー! 聖次郎、今度の大会、清太の代わりに出るんだよな? 先生が入部届け出してくれって。」

 俺は聞いている間思考が停止し、剣道部員が言い終わらぬうちに清太を見詰めて問うていた。

「清太、どっか怪我したのか?!」

 初めてきいたぞ、それっ。

 ——すると、全然答えてほしくないヤツが口を開いた。

「ちがうよっボクが出たいから出る! 剣道部の大会は、お兄ちゃんの代わりにね。すっげえ活躍しちゃうって! 目、離せないくらいのさ!」

 こういう部分が、俺は人として許せないほど嫌いだ。

 はっきりと睨み付けて正面に立つ。

「……お前の兄貴は、三年かけて、ひとつのことを頑張ってきた」

「それが、どうしたっていうの? 人生は一度きりだよっ、したいときに、したいことをしなくちゃダメダメ!」

 思わず、ふざける聖次の胸ぐらを掴んでいた。

「……お前はいい。『才能』があるからな。何だって出来るから、ヘラヘラフラフラ、何でもやって、それを出来るようになるために努力してる奴のことなんて頭にねえんだろ。でもな、お前が楽しいってあれこれするようなモンと、ずっといちずに打ち込んでるヤツを同じにするな。腹立つんだよ。……昔から、そうやって、考えなしにかっさらう——」

「零。…悪いのは、オレだ。だから、聖次郎を、怒らないであげてくれないか?」

 聖次のシャツの首もとを締めあげる俺の拳に、清太が微笑しつつやわらかに、しかし確かな意思と願いをもって手を重ね、俺を見詰める。——いつもだ、いつもこうして、清太は聖次が被るべき泥を被る。当然みたいに。

 聖次が動かなきゃ、物事は起こらなくて済む、泥つけて走り回って、同じく汚れた相手を見てそれを相手も喜んでいると勘違いしてはしゃぐ。

 なにもするなよ。じっとしてろよ。

 うまくいってんのはお前の頭の中でだけなんだよ。

 頓珍漢な生き方してんなよ。常識知らねえのかよ。

 ——能天気なお前の兄貴は、現実で一生懸命頑張ってるってのに。

「……」

 俺は、弟を愛する清太に頼まれては、二の句を継ぐことは叶えられず、仕方なく手指を退かせる。

 聖次は俺を上目に見遣ってきて、眉尻をさげた弱気なツラで、のたまった。

「——わからない。……どんなひとのことも『わかる』なんて、ボクにちっともできないよ。けど、ボクは好きだよ。レイクンのこと。お兄ちゃんのこと。モモクンのこと。みんなのこと。…今日は四月一日だけどさ、ホントだからね? ホントにホント!」

 お前の好きとか嫌いとか、俺にとっちゃ得にならねえ。さっさと反省して引き下がってくれたら、どうだっていい。人としてわかるべきところがわからないから、心底気にいらないんだ。

「……………清太。悪ぃけど、先に行っててくれ。」

 な……なんか、まずかったかと不安そうにする剣道部部員に、いいや、わざわざ伝えてくれてありがとうと笑い顔で応える兄弟を傍に見て俺は結局、終始一言も発さず目線を据えてきた——俺がちゃんと観に行くか、見守っている百と共に、おくれて体育館へ赴いたのだった。



 バスケットのチーム内での試合が始まると、周りにいる数多の男子や女子、他の高校の生徒が熱中して、大ボリュームのさまざまな声援が体育館にこだまする。まったく乗り気ではない観戦に気抜けする俺の横で、得点が入るたびにどちらにも拍手する百が、コートを目にしたままふと口をきいた。

 俺達よりも先に必ず訪れているはずの清太は、人混みが激しく見付けられていなかった。

「僕のほうは、向かずにきくんだ。……二人に口止めされてるけど、我慢できないから、言うよ」

 んだよ、急に、改まって。——しかも、二人?

 俺は、ほのかに嫌な予感がした。

 ——俺の常識を、破壊されるような。

「清太郎君は、子供のときから、責任が苦手だった。だけど、清太郎君はやさしくて、頼み事をされると断れない。本人は優柔不断って言っていたけれどね。それで、聖次郎君がさっきみたいにずっと請け負っているんだ。清太郎君も聖次郎君も、きちんと話した上で肩代わりしているんだよ。二人とも理解している。…このことを知らないのは、学校中で、零君だけだ。」

 ——……——。

 体育館の床を鳴らしながら機敏に走り回る選手、賑やかしい周囲の歓声が遠退いて感じられ、俺だけが枠より外れた如く、血液もろとも冷めて眼前の時間は遅く流れる。

 俺だけが、知らなかった?

 俺だけが、知らされなかった?

 清太は、小さいときから、責任感が強くて——責任が苦手で——いいお兄ちゃんで——弟が請け負っている——きちんと話した上で、肩代わりしている。二人とも、理解している……。

 先程の、「零。…悪いのは、オレだ。だから、聖次郎を、怒らないであげてくれないか?」という清太の言葉の意味を、俺はすんなり納得し、——途方もない、虚脱感にみたされた。十七年が一秒で空虚になった、自分の自信、よりどころが失せて、足元のおぼつかぬ感覚だ。

「……俺は、……友達だと思ってたんだけどな」

 否、俺はここに立っている。ここにいる。頓珍漢な現実逃避を気取ってみて、快くなる人間ではない。

 ただただ、ぜんぶが、『それだけのこと』、なんだ。

 だいじに、だいじに、俺が想像を押しつけて、想像通りだと、勝手な満足を得ていただけ。

「……零君は、聖次郎君と清太郎君の、いちばんの友達だよ。一番最初の、大切な友達の零君を、ふたりは好きだから悲しませたくないって言ったんだ。零君が清太郎君に強い想いがあるのは、みんな知っている。清太郎君のために怒れる零君が、本当の理由を知ったら思い遣りの怒りがどうなってしまうか……そんなの、悲しいだろう。」

 ……だとしたって、空振りして格好つけてる情けなさしか俺にはない。みんなが俺に、なにもしなくてよくったって。

「……子供のときから、僕は、零君がうらやましいよ。ううん、きっと、みんなだと思う。『普通』にしていても、ありのままで、二人にあんなに好かれて、大切に想ってもらえる零くんは…」

 言の最後、百の声色は、少々すねていた。俺は、隣にいる百を一瞥する。まっすぐ聖次郎を見据えていた百は俺に気が付き、咳払いがわり眼鏡を指先で上下させ、瞳をうろつかせた。

「……いいんだけれど、零君、よくわからない雰囲気あって、クールで、僕は、勉強しかないし、ともだちだって……」

「俺が馬鹿なの、よーーーく知ってんだろ。友達なら、俺もいないよ。」

 他人に努力を語って、そもそもしたことのない俺は、勉強という目標のために頑張る百……長い間他者の『理想』であろうと笑って苦しさに耐えている清太、——自分がそうしたいと——「それが、どうしたっていうの? 人生は一度きりだよっ、したいときに、したいことをしなくちゃダメダメ!」——人生を己の『理想』にしようとだれかのなにかのどこかのかわりで人と人を繋ぐ聖次は、ひどく尊いものを得ている存在に思う。

 自分にでも、他人にでも、ひたむきにやろうとする、心意気は、行動は——無二の才能なのだ。

 俺には無いものだ。

「しってる。よく高校行けたよね。実は聖次郎君と清太郎君と心配してハラハラしてた。——友達、居るでしょう。ずっと。」

 初耳ばかりだ。

 ——百は、続ける。

「……それにさ、聖次郎君との話の終わりはすぐ、零君に自分を好きになってもらいたいって話題になるんだ、——……聖次郎君、零君に声をかけてもらえたら絶対に嬉しい。ごめんより何倍も。」

 そうして、ささやかに、俺に対して百は頬笑んだ。

 幾度も説かれては、くだらん胸を偏屈で閉ざしているばあいじゃない。

 俺は正面に向き直り、スゥッと胸いっぱいに息を吸って、

「……………聖次!」

 これまで片手で数えられる回数のみ声にしたおぼえのある名前をためらいなく呼んだ。見開いた聖次は人形みたいに立ち止まり俺を探して目が合う——表情は、俺のせいで、戸惑いに半信半疑で——ゆえに、聖次としかと見合い、大声で話しかけた。

「俺が目ぇ離したくなくなるようなヤツ、見せてくれよッ!」

 驚いた聖次の顔付きが、とても輝いていってみえるのは、俺の欲目かもしれない。

「……っ……! ……うんっ!いくよいくよっ!」

 応えた聖次は、バスケットのコートの内側で、一際光彩を放っていた。場にいる者の心を惹き付けて、立場は関係なしに皆と、気付けば魂と体で一体になり、歓喜の諸手を挙げていたのだった。



「本気出しすぎだってば、…ったくよぉ…」

「ん〜っスマンスマンっ! ああでもしないと、みんな強いんだもん、カツヤクできなかったのお、ゆるしてちょうだいーっ! なんでもしますから!」

「しかたないなあ。今日がなんの日か考えてから、…じゃあ、『帰りにみんなに缶ジュースおごれよ〜!』……聖次郎! よかったなあ!」

「えへへ!」

 試合後、聖次はたくさんの人達に温かく囲まれて肩を組まれたり頭を撫でられたりしている。

「零。百。」

 生徒と生徒の狭間で身動きとれる状態になってようやく、清太が合流した。

「百、……零、……聖次郎を、応援してくれてありがとう。」

 丁寧に紡ぎ、いきなり頭を深々とさげた清太に、俺と百は慌てて曲げた腰を伸ばさせる。肩先を掴んで面を向かい、俺の理想に耐えさせてしまっていた清太に、間近くで言う。

「……清太。……謝るのは、俺の……」

「お兄ちゃんっモモクンっレイクンっ! どーうだった? どうでしたか!? ボクの、チョォーーーットどうにかやってみたシュートは!?」

 いまだ火照った頬と首にタオルをかけてユニフォームの格好で、痩せた色白の肌を艶々と血色よくさせて喜色満面の聖次が近付いてきた。

 俺は、聖次の真横へ歩みを進めたら、……ゆっくり、そっと……、だけれども力をこめて、触ると予想したよりもさらに細作りだった肩を引き寄せた。

「……カッコよかったなっ!」

 相好を崩す。

 ごめんより何倍も、と言った、百を信頼して、俺もそれがいいと選択して。

「……………はは、…………あ、あらあ………」

 聖次はぎこちない笑い方をし、じきに、ひとつ、ふたつ、とぽろぽろ涙をこぼして、急いでユニフォームで目もとを拭った。

「は、鼻水さんがとおりみちまちがえたんだね〜! 泣いてない! ボクは泣いてないよ! レイクン!」

 爽やかに笑んだ聖次は、我に返ったようにすぐさま、ねっ! お兄ちゃん! モモクン! みんな! と尋ねた。……あの、聖次が、『抜ける』、……なんて。

「泣いてるって意味でいいよな。今日は。」

 笑み顔の聖次に、笑いまじりに言い遣ったら、泣いているといいたくないらしい聖次は、たいそう弱った面差しになった。

「え〜………うあ……いぢわるだあ〜」

 ……はは……、とつい聖次の無邪気な気遣いに笑い声を立てる俺に、聖次も和やかに喜笑する。

『ごめん』は、いわぬが花では、ないのだが、

「……………」

 俺は、聖次と、清太と、百を視た。

 いって咲かすのに、ふさわしい綺麗な花がある。

「………ありがとう。」

 人が自分にしてくれた優しさが、美しい花弁をひらいて咲き誇る、まだはじまりのお礼の気持ちをささいな言の葉の水にして。

 すると、ぬくもりがあり、違った色の感情が現れている様子に、俺の心身は、目を奪われる心地好さを覚えていた。

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