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9話 何とかしたい

 静かになったカラオケルーム。

 諫矢も竹浪も山吹も皆行ってしまった中で、俺は一人デンモクと睨めっこしていた。


「流石に一曲も歌わないで帰るのはやばいよな……」

 何も歌わないまま終わるつもりだったけど、後からあいつノリ悪い奴だとか言われたりするのも気まずいしな。


「でも俺、歌苦手なんだよなぁ」

 邦楽もあまり知らない。興味本位で選んでもしも途中にラップがあったら無事死亡だ。


「俺が歌えて、三人が引かなそうな歌……」

 ランキングを下へ下へとスクロールさせてデンモクを血眼になって見ているとドアがすっと開く気配がした。

 誰か戻ってきたんだろう。

 分かってはいたが曲選びに必死で無視していたのだが、


「ちょっとフードメニューとって」

 つっけんどんな言い方。


「はいはい」

 しかし、俺がメニューを突き出してもいつまでたっても受け取る反応が無い。


「なんだよ」

 顔を上げたら驚きがこみ上げた。

 そこにいた女子は竹浪でも山吹でもなかったのだ。


「……は」

 怪訝な表情で眉根を寄せこちらを凝視する黒髪ショートカット。

 名前は確か野宮紫穂。山吹と同じ西崎グループの女子。


「いや、何で?」

 思わずそんな事を口にしていた。このカラオケに野宮が参加するなんて知らされていない。


「ふん」

 野宮は答えないまま、機嫌悪そうにメニューを取った。

 そして、もう一度俺を見てさっきよりも険しい顔をする。嫌いな男子に対する女子の反応に少し落ち込む。


「美央に呼ばれたから来てるんだけど。何で驚いてんの?」

「い、いや。知らされてなかったから」

 思わず委縮してしまう。


「お待たせ―。紫穂の分も持ってきたよー」

「さんきゅ、愛理」

 そこに竹浪達が帰ってくる。野宮は竹浪と山吹には普通の対応だ。


「おまたせ」

 そう言ってにやにや笑いをこらえている諫矢。

 こいつ、野宮が来るの分かってたのに言わなかったんだな。


「遅かったじゃん、紫穂」

「瑛璃奈といたから」

 淡々と述べる野宮はどこか殺伐としている。

 教室ではいつも西崎の横で機嫌を取っている取り巻きのイメージがあったが、西崎がいないとこんな感じなのか。


「カラオケ行くっては言わなかったけどいろいろ詮索された。めんど」

 野宮の発言は西崎の事をリーダーとして頼りにしてる反面、女王気質に手を焼いているという本音が見え隠れしている。


「へー。紫穂も結構苦労してんな」

「いや風晴君ほどじゃないから」

 野宮はすっと竹浪に席を空けてもらい、そこに座った。

 この場に居合わせた俺含めた男子二人、そして女子三人。カラオケは新たな展開を迎えようとしていた。


「紫穂何か歌う?」

「うーん。愛理も一緒に歌ってくれるなら……」

 それにしてもこの黒髪ショートカットの女子は俺以外の三人、特に竹浪と山吹にはフレンドリーだ。

 すっかり委縮しながら座る俺の横に山吹が体を寄せてくる。


「紫穂にびびってんの?」

「来るとは思っていなかったから驚いてる」

「あはは。一之瀬って人見知りするタイプ? あたしの時と反応違うね」

「山吹さんは俺に気を使ってくれてるからな。そういうのわかるし安心するんだ」

 俺はそう弁解した。

 実際山吹はあれこれ気配りするのが上手なタイプだ。

 素の性格がどうであれ俺が傷つかないよう接してくれる、そういう気遣いを感じるのがありがたかった。

 一方、野宮は素の性格がきつい。そして、全く隠さず素の状態で接してくる。ある意味裏表無いからいいんだろうけど、ちょっと俺には怖いタイプの女子だ。


「ていうかこれで全員? 渡瀬は?」

 気が付いたように野宮が俺達を見ながら言った。


「来てないよ」

「は。渡瀬の為に集まるって聞いたんだけど」

「用事あるんだって。なに、紫穂残念がってる?」

「別に……」

 山吹が答えると野宮がおとなしくなっていく。

 どうやら、グループ内の序列では野宮は山吹よりも下らしい。妙に素直な対応をする。


「そうだ。紫穂、これ一緒に歌わない?」

 話を割るように竹浪が野宮に体を寄せる。


「んっ、いいかも」

 その誘いには快く応じる野宮。

 何なんだろうな、この扱いの差。そう思いながら俺はしばらく続く女子たちのカラオケをひたすら聞いていた。



「そーいえばさ、一之瀬」

 何曲か終わった所で、野宮が俺に話しかけてくる。

 次に自分が歌う番まではまだある。それまでの暇つぶし、だろうか。


「ここに来たって事は渡瀬とか掲示板の事知ってるんだっけ?」

「まあ、一応は聞いてる」

 ちょうど今は諌矢と山吹が歌っているところだった。

 騒々しいカラオケルーム。まだ何か言おうとする野宮に耳を傾ける。

 声大きめに野宮が続ける。


「じゃあ一之瀬が掲示板でどう書かれてるか美央とか愛理から聞いた?」

「は?」

 分からない顔をしていると野宮がにやりと笑う。気のせいだろうか、嗜虐心も混じってる気がする。


「なんかさー。前に一之瀬の名前を掲示板で見たんだよね」

「マジ?」

 聞くと野宮がにっこりと笑う。うわ、今までで見た中で一番フレンドリーな表情だ。

 それが逆に俺に不安を抱かせる。


「……悪口でも書いてあった?」

 不安いっぱいの俺が聞くと、笑顔を崩さぬまま野宮が口を開く。


「『いつも教室にあいつ一人でいるけど不良なのか』だって。受けるっしょ?」

「……」

 全然うけねーよ。


「でたらめも良い所だな」

「ほんとそれ」

 野宮が同意する。あれ?


「こうやって話してると不良どころかモブじゃん。どうせうちらのクラスの事ろくに知らない奴がテキトーに書いてんだよ、あんなの」

「お、おう」

 フォローされてるのだろうか。でも、モブって……

 野宮はそう言いながらスマホをしまう。


「うち、渡瀬は嫌いだけど、悪口みたいな事も嫌いなんだよね」

 ほんとかよ。いぶかしがる俺を野宮が不満そうな目で見ている。


「そうか。意外にちゃんとしてるんだな」

「でしょ? ってか意外にって何よ」

 黒髪ショートカットが微かに揺れ、野宮の顔がくいとこちらを向いた。

 俺は暇つぶしにからかわれているのだろうか。

 そうこうしているうちに山吹たちの歌も終わった。


「で、美央。マジどうすんの? 渡瀬の事」

 野宮はここからが本題だと言わんばかりの面持ちで切り出した。


「うちらがもっかい受け入れるもいいけどさ。瑛璃奈は許さないっしょ」

「ああ、ねえ……」

 グラスをことりと置きながらきつい眼差しを向ける野宮。その先には竹浪がいる。

 困ったような表情をして相槌を打っているその姿は、いつも無駄に明るい竹浪のテンションとは別物だ。

 だが、言い出した野宮は強い意志をもってこの話題を上げているようにも見えた。


「渡瀬もさ。グループ抜けてからあからさまに対立してきてない? 」

「この前の体育の時とか?」

「そうそう、露骨に瑛璃奈の言った事に対してケチつけてたじゃん」

 諌矢も俺も迂闊な事を言えずにいると、女子たちはいくつもそんな小さないざこざの事を話していく。

 そこからわかるのは西崎と渡瀬さんが修復不可能なほどに対立しているという事だった。竹浪たちはそこまで反発は覚えてはいないようだが、グループメンバーとして良い気はしないらしい。

 一通りそんな会話を終えたところで、野宮がジュースに口を付けた。


「美央が仲直りさせる気があってもさ、渡瀬にその気がないならうちは味方できないよ」

「難しいねえ」

 くたっとテーブルに顔を付けながら竹浪も困り顔だ。

 それを見ていた諌矢がおもむろに口を開く。


「俺が直接仲を取り持ってみようか?」

「「いやそれは絶対ダメ」だろ」

 意外なことに俺と山吹が同時に口を開く。

 顔を見合わせると山吹の褐色の瞳がじっとこちらを見ていた。


「美央、それに夏生も? なんでだ?」

「それは諌矢だからだよ」

 俺は何も言う気配の無い山吹の代わりに口を開く。


「諌矢は西崎とも渡瀬さんともそれなりに仲が良いじゃないか。変に首を突っ込むと面倒なことになる」

 俺がそう説明してやると、うーむという低い声。


「ほんとそれ。風晴君が面倒事に巻き込まれる必要ないって」

 野宮も俺に便乗してくる。


「渡瀬さんはきっと諌矢を頼るぞ。頼りまくる」

「頼られるのには慣れてる」

「それが問題なんだ」

 どんな問題も一手に背負う主人公ムーブをするのが風晴諌矢という男だ。きっとそうやって皆の悩みを解決してきたんだろう。

 だけど、諫矢が渡瀬さんを助けようとするのをもし西崎が見たら。


「諌矢は渡瀬さんと同じくらい西崎達とも仲が良いじゃないか。ここで渡瀬さんの味方したら西崎はどう動くと思う?」

 竹浪や山吹たちは一様に俺の発言に注目している。

 なんかこの場で言うには結構勇気いるなこれ。

 一方の諌矢は西崎という言葉を聞いて分かったような、それでも俺の意見に賛同するには迷っている。そんな顔をしていた。


「今、諌矢達のグループが崩壊したら俺も困るんだよ。教室内の連中がギスギスしているのは見たくない」

「へえ。一之瀬はこのクラスの状況を何とかしたいわけだ?」

 代わりに口を開く山吹。


「別に。俺は静かに過ごしたいだけだって」

 弁解するが山吹の視線は離れない。

 途端に自分の発言に気恥ずかしくなった。


「とにかく、そういうことだから。諌矢は黙って西崎の機嫌でもとってろ。ジュースおかわりしてくるっ」

 俺は逃げるように退室した。



 ♦  ♦  ♦



「何であんな事言ったんだろうな」

 ルームを出た廊下の先、ドリンクサーバーの前で俺は立ち止まっていた。さっきから手に持ったコップは空っぽのままだ。

 他に人が来ないのを良いことにここで考えていたのはカラオケルーム内で皆が話していた事だった。

 諌矢の代わりに俺は渡瀬さんを助ける事ができるのだろうか。このぎくしゃくした教室の空気を何とか出来るのだろうか。

 俺は目立たない教室の空気みたいな存在だぞ。そんな自問自答を繰り返している。


「ねえ」

 だから、突然背中から掛けられる声にもすぐに反応できなかった。


「聞いてる? 一之瀬」

「えっ」

 そこでようやく声を掛けてきたのが山吹美央だという事に気づく。

 山吹は同じように空になったいくつものグラスを持ちながら、笑っていた。


「どうした~? さっきの事なら気にしなくていいって」

 そう言いながらドリンクを補充する。


「まあ、少なくともうちらはこの状況このままで良いとはおもってないから」

 カラカラと小気味のいい音を立ててコップが氷で満たされていく。


「あの紫穂までちゃんと考えてたのは笑ったけど」

 けらけら軽口を言いながら、山吹は最後のグラスにメロンソーダを継ぎ足した。

 そのまま口にするのを見た所、山吹自身のグラスのようだ。


「奏音、来てくれなかったな」

 発せられたのは渡瀬さんを案じる言葉。


「本当は瑛璃奈と奏音も呼んでさ。楽しくカラオケでもするかって予定だったんだよね。でも愛理と紫穂が瑛璃奈呼ぶのはやばいってなって、とりまうちらだけで集まって奏音と仲良くするきっかけ作るかってさ」

「渡瀬さん呼べなくてごめんな」

 俺が言うと山吹はううんと首を左右に振った。


「風晴君も愛理もそんなに悪い子じゃないって、奏音も知ってるはずなんだけどな。もしかしたら――」

 ふっと、山吹が少しだけ、本当に少しだけ悲しそうに唇の端を噛む。


「あたしも奏音に嫌われちゃったのかなー」

 そう言って苦笑する山吹。


「あっ、それとも」

 ふと、何か気づいたように俺の方を見る。


「もしかしたら、今度は一之瀬が奏音に寄生されたのかもね」

「寄生?」

「奏音ってさ。一緒にいるとすごい可愛いし楽しくなるんだよね。あの子にお願いされるとついつい応じちゃう。頼られるのが気持ちよくなるの」

 何となく意味は分かる。女子はそういうのをあざといって言って嫌うのも。


「あたしは別に良かったけどさ。でも、瑛璃奈はそういう男子ウケ狙ったあざといの嫌いだからなあ」

「大変だな。どっちもと仲良くやっていくのは」

 山吹はクールに振る舞っているが、心の中でいろいろ葛藤しているんだろう。それは俺にもよく分かる。


「私は瑛璃奈とも奏音とも友達だと思ってる。奏音とは今は疎遠なっちゃってるけど、付き合いだけなら瑛璃奈よりも長いし」

 そして、もう一度俺の方を見た。


「私は二人を何とかさせたいんだけど、難しそうだなー」

 急に語尾が棒読み口調になる。


「いつまでドリンク行ってんの美央」

 やってきたのは竹浪だった。

 ボリューミーなポニーテールをぶわりと揺らしながら、竹浪は俺達を交互に見比べる。


「そろそろ帰るって。つか、二人で先に仲良く帰っちゃったのかとおもったじゃん」

「そんな訳ないじゃん」

「ま、分かってるけどさ。じょーだん」

 にこり微笑む竹浪と山吹。

 二人は本当に親友なんだろうな。そんな心の繋がりを確信しながら三人で戻った。



 それから小一時間程でカラオケ大会、兼対策会議は終わった。

 店を出て解散した面々はそれぞれ別方向へと歩き出す。

 諌矢はすぐ近くにあるという自宅に向かった。山吹と竹浪も俺とは別方向へ。野宮は電車を使って帰るという事で駅に向かって行った。

 駐輪場から自転車を持ってきた頃にはもう誰もいなくなっていた。


「帰るか」

 寒くなってきた空気に肩を震わせつつ、俺は自転車を漕ぎ出した。

 そし気づく。


 ――結局、一曲も歌ってないな俺。



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