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8話 カラオケルーム

 カラオケ店の受付には俺達以外誰もいなかった。


「はりきってんなー、あいつら」

 山吹と竹浪が受付とやり取りしているのを見ながら諫矢が呟いた。


「あの二人、いつもこんな風にカラオケ来てるの?」

「多分な」

 話しぶりからすると諫矢はいつも一緒に遊んでいるわけではないらしい。


「で、本題なんだけど。夏生って美央となんかあんの?」

「俺が知りたいよ!?」

 このタイミングでか。いきなり聞いてくる諫矢に声が上ずってしまう。


「山吹とは接点自体無かったし。俺の方が聞きたいよ」

 渡瀬さん繋がりで興味を抱かれているんだろうけど。

 受付にいる山吹の様子を窺いながら答えた。

 すると、ちょうど終わったのか女子二人は俺達を見て軽く手を振って合図する。


「あ、そうだ美央、何で一之瀬誘ったん?」

「んー? 気分?」

 気分かよ。

 竹浪と山吹のやり取りに思わずそんなツッコミを心の中でいれる。

 ふと、今度は竹浪が何か思いついたように俺を見る。


「ねーねー。なっちゃんと遊ぶのって初めてじゃない!?」

「な、なっちゃん?」

「うんうん。夏生なつきでしょ? だからなっちゃん、普通じゃん」

 そう言ってニカッと目を細める。本気で俺をあだ名で呼ぶことを楽しんでる顔だ。

 初めて会話している筈なのにいちいち距離感が近いので戸惑う。


「遊ぶの初めてだよねぇ!?」

 何も答えずにいたらさっきよりも声の圧が増した。教室ではいつもハイテンションな竹浪だが学校を出てもその鳴りを潜める事はない。

 なにこの『いいえ』を選ぶと延々終わらない選択肢仕掛けてきそうな女子。


「じゃあ行くか!」

 そこにやってくる諫矢はドリンクを四つ乗っけたトレーを抱えていた。それを軽々と運んで先導していくのは間違いなくこのグループのリーダー格だ。

 諫矢の長身痩躯を追うように二人のギャル系女子がテンション高めについていく。

 俺はその更に後方から追った。


 薄暗いカラオケルームに入って一番、竹浪がデンモクに飛びついた。


「愛理、もう歌う気なの?」

「だってさあ! カラオケ来たらフツー歌わない!?」

 テンション高くタッチパネルをいじり始める竹浪は一番奥のソファー。

 それに続いて諫矢と山吹が座る。諫矢と山吹はコの字型のそれぞれ端の部分、ちょっと待て。


「どした? 一之瀬くん?」

 諫矢と山吹、そして一番奥の竹浪。それぞれのソファーを一人ずつが取っている状況。

 残った俺は誰かの隣に座らなければならない。


「一之瀬、どしたー?」

 こういうときって誰の隣に座るのが無難なんだろう。そんな事がよぎって動けなくなっていたのだ。

 ()()の隣に俺から座るのは気が引けるし、かといって諫矢の隣に真っ先に向かうのもなんか情けない気がする。

 そんな事を巡らせていたら、


「どーしたって聞いてんじゃん、一之瀬っ!」

「わ!」

 俺のすぐ目の前に竹浪の天真爛漫な顔があった。座ったままの山吹を超え、テーブルに上半身を乗っけた形だ。


「私の横来なよー。恥ずかしいなら一緒に歌ってあげるし」

 逸る心臓を押さえつけながら、俺は呼吸を整える。


「諫矢」

「おう」

 俺はそれを無視して諫矢の隣に座った。


「それ取ってくれ」

「夏生何か食うのか?」

「よし風晴、席代わって」

 山吹は諫矢と席を交換して俺の隣に座る。

 肩先にまで山吹の長い栗色のロングヘアが流れてくる。


「ちょっと」

「えなに。ほらもっと奥行って」

 俺が離れようとするが、山吹は気にしていない。

 じりじりとソファーの上で身体を動かしていたら反対側に座っていた竹浪と目が合う。


「竹浪さん、なに?」

「美央と仲いいね! なっちゃん!」

「!?」

 本当にからかってる訳じゃない。そのあまりに純粋な言い方に俺はただただ呆然としていた。

 諫矢はその状況を終始朗らかな表情で見守っている。


「なんだよ諫矢。お前も何か言いたいことあるの?」

「悪いな夏生。流石にその反応は俺でも笑う」

「どういう意味だそれ」

「私オニオンリングがいい! なっちゃんは?」

 そんなやり取りをものともせず、竹浪が無邪気にメニューを指さした。ネイルで彩られた指先が示しているのはぐるぐる巻きのタワー状になったオニオンリングの写真だ。


「わかった、俺が頼んどく。諫矢と山吹さんは?」

 俺はメニューを受け取って話題を逸らそうとした。だが、山吹がじっとこちらを見ている。


「いやー、一之瀬って意外と主導権握るタイプなんだなあって」

 山吹の発言に諫矢も頷いていた。俺はこいつらに観察されるためにここに呼ばれたんだろうか。


「じゃあ、そろそろ頼むからな」

 黙っていたらいじられるだけだ。

 俺は受話器を取り、オーダーを出す。しかし電話先と交わしている間も、山吹は面白そうにこちらを見ていた。

 そうこうしている内にカラオケのイントロが流れ出す。


「おっけー。じゃ歌おっか!」

 竹浪が既に曲を入れていたらしい。

 マイクを構えて立ち上がると同時に歌い始めた。

 竹浪の歌声はなかなかハリがあって素人の俺が聞いても上手いってわかる。やっぱ普段から明るくて声もでかいとカラオケで歌うのも得意なのかな。

 あまりにノリノリで、オニオンリングを届けに来た店員が気まずそうにしていた。

 歌っていないのに俺まで気まずかったけど、竹浪本人と諫矢、山吹は毛ほども気にしていない。これが陽キャなんだろうか。


「どうだった?」

「普通に上手いと思う」

 曲が終わり、感想を俺に聞いてくる竹浪。

 俺が褒めると竹浪は満更でもなさそうに笑うった。


「そんなにはっきり言わなくても、照れるなぁ」

 さっきまでのテンションはどこに行ったのか。普段は近い距離感で発言するのに、いざ褒められるのは慣れていないのか。薄暗い部屋ではっきり赤面している竹浪を見ていたら、自分も同じように頬が熱くなっている事に気づいた。


 そこに出された助け舟は諫矢の一言だった。

「おい夏生。そんな褒めると後で工藤にどやされるぞ」

「へ? なんで工藤?」

 唐突に諫矢が発した工藤という名前。


「工藤は愛理の事好きで好きでしょうがないんだよね? 愛理?」

「いや、私は別に……あんなチビっこくて煩いのないから」

「そりゃ、愛理は女子にしては背高いけどさあ……工藤って性格良いし、顔も結構良くない?」

「そういう問題じゃない!」

 大きな声で山吹のいじりを否定する竹浪。どこか子供っぽいその仕草に場の空気が和らぐ。


「ほんと違うから。勘違いしないでよ」

 竹浪は動き過ぎて乱れた髪の毛を直しながら冷めた口調で言った。


「工藤とはただの腐れ縁ってやつ。だってあたし、アレと小学校から同じなんだよ?」

 断片的にだけど、工藤が竹浪の中で相当雑に扱われている事だけはわかった。

 幼馴染的なやつなんだろうか。諫矢と山吹の二人なら事情も知ってるんだろうが、俺はそれ以上詮索しなかった。

 ここで工藤の話で踏み込むと、地雷を踏みかねない。俺がこの話題に食いついた事を工藤本人が知ったら変な誤解を招くかもしれないし。

 だからここはスルーを決め込んだ。



 テーブルの上に追加オーダーされた多数のジャンクフード、それと空になりかけの皿がいくつも置かれている。食べているのは殆ど俺だった。

 二曲目は山吹、それに続いての三曲目は諫矢が歌うようだった。


「あ。これ知ってるー」

 タイトルだけで竹浪は知ってるみたいだけど、イントロを聞いてもさっぱりわからなかった。

 一人ピザを食う俺を余所に盛り上がる三人。

 歌っている諫矢は違和感の無い裏声を出しながら歌っている。音程の上がり下がりが激しく、俺なら絶対に歌えないような曲だった。


「つか。なんで男子の一之瀬が風晴の歌に聞き入ってんだよ」

 ふと、山吹が俺の小脇を叩きながらそんな事を言ってきた。


「普通に上手いと思って」

「つってもこれカラオケだから。音のデカさと雰囲気で盛ってんの。分かる?」

 カラオケ素人の俺に、そんな事を言う山吹。


「山吹さんも上手かったよな」

「いや、それ褒めてる意味ないからね? ついさっき言ったのにディスってんの?」

 苦笑いの山吹だけど照れている感じだった。

 先ほど山吹が歌った曲は俺も動画で見た事のあるアイドルの曲だった。ライブの踊りを完コピしていた山吹はいつも教室で見せるクールビューティーさとはちょっと違う。


「さっきの山吹さん、普通にうまいしかわいいと思ったけど」

 このカラオケルームの高揚した雰囲気が、口にしないような言葉を出させたんだろうか。

 言ってしまった後にハッとする俺。


「あっ、ごめん変な事言った」

「……」

 しかし、山吹は驚いたように目を大きくさせてこちらを凝視していた。

 普段なら余裕たっぷりな顔で俺を見るのに。


「一之瀬に口説かれた……?」

「違うから!」

 とっさに言い返す。

 薄暗いカラオケルーム。色とりどりの灯りが飛び交う中で山吹が首を振る。


「つか何でさっきからそんなガン見すんの。流石の私でも照れるし」

 いつの間にか諫矢の歌は終わっていた。残り二人にも見られている事に気づいた山吹が我に返る。

 空気を読んでただただ微笑を浮かべる諫矢。しかし竹浪はソファーの上で笑い転げていた。


「あはは! 美央意外とこういうの弱いんだぁ!」

 しかも、足先が当たって痛い。


「愛理。ドリンクもうないぞ。取ってこないのか?」

「あ、ほんとだー。じゃあ行くー!」

 諫矢に続いて竹浪がグラスを持って立ち上がる。


「あ、じゃあ俺も」

 しかし、二人についていこうとする俺を山吹が肩を押さえつけるようにして止める。


「あたしが行くから、一之瀬はここいてよ」

「でも――」

「いいからいいから。同じのでいいでしょ? 私が入れとくから」

 そして、俺のグラスをもう片方の手で取る。

 このまま俺はこの部屋で待っていていいらしい。

 気が抜けたようにソファーに深く座ってその背中を見送ろうとしたら山吹が振り返った。


「あと一之瀬はそろそろ自分の曲入れといてよ」

 やっぱり歌わなきゃいけないのか。

 憂鬱になる俺を余所に、山吹はルームを出ていった。


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