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7話 慣れない放課後

 放課後になった。帰る準備をしていたら諫矢が俺の席までやってきた。


「朝言った通り、駅前のファミレスな」

「本当に行くの? 渡瀬さん来れないみたいだけど」

 確認に来たみたいだけど一番の目的である渡瀬さんは来そうにない。それを伝えるが諫矢はあまり気にしていない風だった。


「ああ、そっちの方は仕方ないって。でも美央のヤツが()()と行きたいんだと。嬉しい?」

 ニッと、白い歯を見せつけながら言う。なんだこの笑み。


「言い方胡散くせー」

「じゃあとりあえず後でな」

 諫矢はまだ用事があるらしい。帰ろうとする俺を見ても支度を始めない。


「諫矢は行かないの? あと山吹は?」

 どうせ今から帰るなら待ち合わせるよりも三人で行った方がいいんじゃないか。しかし、それを言うと諫矢は気まずそうに頬を掻く。


「あいつはまだ女子同士の用事があるらしくって。それに俺もちょっと西崎と話があるんだよ」

「げっ」

「大丈夫、西崎は来ねえから、それは心配しなくていい」

 諫矢は俺をなだめる様に言った。

 西崎瑛璃奈はこのクラスのリーダー格で諫矢と仲がいい女子。しかも諫矢と仲が良い俺を嫌っている。


「じゃあいい感じになったら抜けてきてくれ」

「ほんっとうにすまん、夏生!」

 諫矢はオーバー気味に俺に謝り戻っていった。



 地方都市の駅前は東京に比べると不気味なほど人がいない。静かすぎるくらいで終末ものの映画に出てくる人のいなくなった街みたいだ。

 指定されたイタリアンなファミレスの前に着いた俺は自転車を停める。

 そして店前でぼーっとしながら、駅前のロータリーを見ていた。

 いつもなら素通りしているであろう場所を観察するのは新鮮な気分だ。

 タクシーに背を預けて暇そうにタバコをふかしている運転手。俺の高校とは別の制服の女子二人がバスから降りるとそのまま駅へと入っていく。すると、また人通りが絶えた。

 過疎化が進んでいるというけれど、いくらなんでも人いなすぎだ。

 だけど、これくらい人がいない方が今の俺には都合が良かった。


 ――こんなところで一人待ちぼうけをしているのを見られたくないからな!


 東京なら誰の目にも止まらないけど、田舎だと人が一人突っ立っているだけで悪目立ちしてしまう。

 なら、歩いている人なんていない方がいい。それなら例えぼっちだろうが恥ずかしくない。目撃者ゼロだもの。


「何この理論」

 一人呟きながら振り返る。

 ビルの一階にあるファミレスの店内に客は殆どいない。おばちゃん数人が談笑しているだけだった。

 それならばと二階のハンバーガー店も見上げてみる。

 見えるのは窓際のカウンター席だが、座っているのはサラリーマンらしき一人だけ。夕飯時も近いのに閑古鳥が鳴いている。


「これなら余裕で席も取れるんだろうな」

 しかし、スマホを見ても諫矢からの連絡はなかった。

 ほんとに来るんだろうか。

 焦りを感じ始めた、その矢先の事だった。


「あー、一之瀬君だあ」

 よく聞こえる大きな女子の声。

 どこかわざとらしい口調でこちらに手を振っているのは山吹美央だった。


「悪い、没頭してて気づかなかった」

「ウケる。何で一之瀬君が謝るの」

 女子にしては身長の高い山吹は殆ど俺と同じ目線にいる。


「ここで一人で待ってたんだ?」

 そう言って首を傾ける。長い前髪のせいで妙に大人っぽく見える。

 同い年のクラスメートの女子なのにまるで子供を褒めるかのような言い方。背も高いしほんとに高校生かと聞きたくなる。


「べ、別に。そんなに待ってない」

「なにそれ、デートの定型句?」

 おかしそうに山吹が肩を揺らした。

 この光景を諫矢に見られたら後でからかわれそう。ここに来たのが山吹一人で本当に良かった。


「他の連中はどうしたの?」

「さあ。なんか話し込んでたし先に来ちゃった。一之瀬君が寂しくしてるだろうと思って」

 わざとらしく語尾を強調される。

 嘘つけ。そんな事を思いながらも傍らから漂ってくる甘い香りは拒めない。

 香水か? シャンプーか何か? 俺や諫矢みたいな男子の身体からは絶対に発せられない香りに惑わされそうになる。

 俺はこの緊張感を気取られないようにそっと距離を置く。


「私さ、聞いてたんだよね」

「なにを?」

「一之瀬君と工藤で掲示板見てたじゃん。渡瀬さんの事話してたっしょ?」

「ああ」

 ようやく思い出したのは二学期が始まってすぐの出来事。工藤がスマホの学校裏サイトを教えてくれた時の話。

 まさか山吹に見られてたなんて。


「工藤声でかいから丸聞こえ」

 山吹はそう言って俺を見る。俺が警戒しているのを見抜いているんだろうか。


「工藤は真に受けてたけどさ、一之瀬君は違ったよね?」

「えっ」

 気づけば、離れていた距離がまた詰められていた。

 間近で俺を見つめる山吹の薄い鳶色の瞳。吸い寄せられるように凝視してしまった。


「ふふ」

 そっと頬にかかる髪束をかき上げながら、

「奏音の事信じてるって、熱い事言ってたね」

「忘れた」

 すっとぼける俺を見て、山吹は少しだけむきになったように唇を引き締める。


「言ってたよ」

「言ってない。山吹さんの聞き間違いだよ」

「はっきり聞いたし、こういうの覚えるくらいの頭はあんだけど」

「意外と執念深いな?」

「はは」

 指摘すると山吹が静かな口調で笑った。


「一之瀬って素直だね」

 山吹がつんつんと、俺の小脇を小突いてくる。


「やめろ」

 山吹の細い指をそっとどけようとしかけたものの、ゆっくりと手を下ろした。

 彼女はこんな俺を肯定してくれている。それをこれ以上謙遜するのは何か悪い事のように思えたのだ。


「俺は陰口とか、誰々が陰口を言っていたとかそういうのが嫌いなだけだ」

 こちらを見ている山吹。いつもの余裕綽々っぷりは消え、どこか上の空で俺の話を聞いている。

 そこでハッとさせられた。


「もしかして、引いてる?」

「いやいや、違う違う。カッコいい思っただけだから」

「そ、そうか……って、カッコいい?」

「うん。カッコいいしカワイイ。なんつーか一之瀬って()()だわ」

「あり?」

 うーむと唸る山吹にでこぴんされる。


「あのさ、さっきからオウム返しやめろ」

「いった、俺は単純に女子との会話が慣れてないだけだ」

 やけくそ気味に言うと山吹が噴き出す。


「そういう系ね! 今度から私も気を付けるっ」

 あんま気にしてなさそうに山吹に笑い飛ばされた。

 諫矢みたいな掛け合いが女子なのに山吹とはできる。それが不思議な気分だった。


「でもさ、私は一之瀬みたいにはできないかな」

 山吹は背中を店の壁に押し付けたまま、ずるっと長い足を延ばす。


「私が一之瀬みたいなら、奏音とも今こんな風になってなかったのかなって。そんな感じ」

 夕空を見上げる美しい横顔。さらさらと艶めく長髪が金色に輝いて――

 見とれていたら、ふっと山吹が何かに気づいたように身を起こす。


「おー、美央じゃん!」

 そこには今到着したのだろう。諫矢ともう一人、ポニーテールの女子もいた。

 竹浪愛理、西崎グループに属する活発なギャル系の女子だ。

 集まった面々の中に渡瀬さんは残念ながらいない。


「つか、あれ……一之瀬いるじゃん。もう来てたん?」

「よし、じゃあ皆揃ったところで」

 何気に俺の扱いがひどい気がする。

 とか思っているうちに諫矢が一同を見渡す。


「諫矢は何喰うつもりで来たんだ? パスタ? スパゲッティ?」

「んじゃ、あそこのカラオケ行くかー」

 俺の言葉をナチュラルにスルーしながら、三軒ほど隣に看板を掲げたカラオケ屋を指さした。

 はあ、ええ!?


「聞いてないぞ」

「えー、一之瀬君歌わないの~?」

「そうだぞ。なんだよ一之瀬。ここまで来て帰るのかよ」

 竹浪が残念そうな声を上げ、それに乗っかる諫矢。

 女子の嫌がる事はするなという無言の同調圧力を感じる。


「行かないよ、俺は」

 だが、俺は必死だった。イケメンと陽キャ女子二人、こんな面子でカラオケなんて冗談じゃない。


「音痴だし。元々ファミレスで飯を食うって話じゃなかったのかよ」

「わ~。いいじゃん一緒に行こうよ」

 山吹が俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。


「いいじゃんいいじゃん。このまま行こ?」

 絡みついたまま離してくれない。そもそも、いつものクールビューティーですまし顔決めてるキャラはどこ行った。

 だが、そのあからさまな演技は俺の心をたちまち揺らがせる。


「別にうちらだけなら恥ずかしくないっしょ?」

 先ほどまで断固拒否する勢いだったのに声が勝手に萎むのを俺は感じていた。

 山吹は俺をもう一押しと言わんばかりの勢いで畳みかけてくる。


「それに一之瀬君の歌とかすごい聞いてみたいんだよなー」

 とどめの一撃。

 顔が一気に熱くなる。


「いや、それは……」

「ええ!? 一之瀬ってどんな曲歌うん!?」

 山吹が煽ると簡単に竹浪が乗っかってくる。その辺コントロールが上手い。もう音痴でも構わないからカラオケに参加するしかない、そんな流れに追い込まれていく。


「じゃあ、決まりな」

「「うぇーい!!」」

 がっちりと山吹に腕をホールドされる。

 絶対に獲物は逃がさない、そんな強い意志を感じた。

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