4話 考察
体育祭も終わり、秋も深まってきた。
ほんの一月前まで涼しげな夏服を着ていたクラスメートも今は殆どが秋の装いだ。
ペールピンクのカーディガンを羽織った生徒に指定外だぞと生活指導がしかりつける。朝の校門でそんなやり取りを見るようになる季節の到来。
遥か前方、教室入り口近くにも生活指導に目をつけられそうな女子達がグループを形成していた。
「でさー、その時声かけてきた男が本当におかしくって!」
窓際後方の俺の席まで届く甲高い声の主はいかにも陽キャな女子だった。短いスカートをひらひらさせた、明るく染めたポニーテールを振るわせてはしゃいでいる。
その横で延々と相槌を打つ黒髪ショートカットの女子。一見、派手な一団の中で一番まともそうな身なりだけど、中身はそんなでもない。
一学期半ば、教室入り口で立ち話していたおとなしめ男子コンビを『どいてよ』と文字通り『除去』させたのを俺は目撃している。
「ねえ、いくらなんでも話盛ってない? あいつらどう見ても私ら以外にも声書けまくってたじゃん」
黒髪ショートとは対照的に、積極的なダメ出しを繰り出したのは長身のロングヘアの女子だった。
長いネイルで鬱陶しそうに顔にかかった前髪の束を寄せる仕草をしていて、そんなに邪魔なら切ればいいのにとか思っちゃう。
三人ともいわゆるギャル系、俺の苦手なタイプ。
だが、彼女達よりももっとヤバいのがこの集団の中にいる。
「つーかさ、そんな話どうでもよくない?」
かったるそうな、或いは苛立ちに満ちた一言。それだけでこれまで雑談に興じていた三人が黙りこくる。
「たかがナンパでしょ? 大げさすぎ」
グループの中で唯一、席に着いて話を聞いていた金髪の女子。このギャルグループのリーダー、西崎瑛璃奈だ。
西崎は休み時間になると取り巻きを自身の席周辺に集めて好き勝手騒がせる。
制服を着崩しピアスやブリーチでオシャレをしているギャル達の中で一際存在感を放つ明るい金髪。毛先になるにつれライトブラウンのグラデーションがかけられ、髪全体には緩いパーマが掛けられ、動くたびにふわりと揺れる。
「愛理はいちいち騒ぎすぎだって。ねえ、紫穂?」
ふわふわロングの金髪を指先に絡ませ、巻くように撫でながら取り巻きの一人、ショートカットのギャルに振った。
「う、うん。ナンパされて驚いたんだよね?」
紫穂と呼ばれたショートカットの黒髪女子は気前悪そうに頬を掻いた。
隣でそれを聞いていた――西崎に愛理と呼ばれた――言い出しっぺのポニテギャルもこれには苦笑いだ。
西崎はそんな取り巻き達の反応を見て満足そうに足を組み替えた。
「ねえ、さっきの話。諫矢がバスケやってた時の話。どこまで行ったん?」
振られた話題はこのクラスの完璧超人イケメンの諫矢の話。西崎は諫矢のグループとも仲が良く、いつも一緒にいる。
もしかしたら、このクラスのカーストトップの男子生徒は自分が独占すると周囲に誇示しているのかもしれない。
たまに俺が諫矢と会話していると唐突に割り込んできたり、そのまま話題を奪って諫矢を連れ去っていったり、そんな経験が四月から何度もある。はっきりと西崎本人から言われた事はないが、俺が諫矢を取ってしまうのが気に入らないらしい。
そんな独占欲と自分が一番でないと気が済まない我儘ギャルが西崎なのだ。
俺以外にも西崎に恐怖を抱いている男子は多い。最早、一グループのリーダーに留まらずクラスの女王とも言える存在だ。
「ほら、諫矢がバスケやってた時の話。中体連どこまで行ったの?」
内履きにまで垂れ下がった分厚いルーズソックス。そんなだらしない靴先を退屈そうに揺らしながら、配下の女子達を睥睨する。
「あー、私が風晴の同中だった子から聞いた話だと――」
取り巻きの一人が口を開いた、その瞬間の事だった。
「ちょっとー。本当こういうのやめてよー!」
不意に西崎グループの歓声を割るような声が教室内に飛び込んできた。
「もう、何で笑わせてくるのっ。マジ腹痛いから~」
もう一人の女子と冗談を言い合いながら教室のドアをくぐり入ってきたのは渡瀬さんだった。
「ほんとリカってなんでそんな面白い事言うん?」
渡瀬さんの声は教室に良く響く。彼女の登場で教室内を支配していた西崎達の喧騒が上書きされたようだ。
「……」
俺は見逃さない。教室前方のドア近くで談笑していたギャルグループ、西崎が通り過ぎていく渡瀬さんの背中を睨みつける姿を。
あれは、俺が諫矢と話をしている時にも向けてくる西崎の八方睨み。男子ですら畏怖するクラスの女王の示威行動。だが、そんな眼光を向けられても渡瀬さんは動じる気配が無い。
「はぁっ。ほんとさぁ、あの子っていつも面白すぎる動画見つけて私に見せてくるんだよ?」
テンション高く、俺に聞こえるように言いながら隣の席に渡瀬さんが戻る。
――おいおい、俺を巻き込まないでくれ。
もう一度様子を窺うと西崎達は既に渡瀬さんから興味を失ったようだった。元の内輪に戻っての会話に夢中になっている。
だが、これで西崎達が渡瀬さんを相当嫌っている事は分かった。
もしかしたら、掲示板に悪口を書いているのも西崎かその一派の誰かなのかもしれないな。
ふと、そんな事を考えつつ、俺は次の授業の準備を始めた。
♦ ♦ ♦
「違うと思うけどなー」
放課後の廊下。窓に頬を付きながら諫矢は俺の考えを一蹴した。
後ろを振り返るといつも諫矢と一緒にいる連中はおらず、先に帰ったようだ。
俺は様子をうかがいながら問いかける。
「西崎達じゃないなら諫矢は誰が悪口書いてると思うの?」
あのギャル連中は露骨に渡瀬さんに敵意を向けすぎだ。悪口を書いている最有力候補だと俺は思っている。
「逆に何で西崎達だと思うんだ?」
「俺から見ても分かりやすすぎなんだよ。今日だってずっと睨みつけられて……普通に怖かったよ」
そう答えると、諫矢は面白おかしそうに笑う。
「諫矢は渡瀬さんともたまに会話してるじゃないか。西崎達との関係が険悪なのも分かってるだろう?」
「まあね。渡瀬さんが来るときって西崎達も来ないからな」
要は妬いてんだろうな。そう付け加えながら諫矢が苦笑いする。
だが、俺の方からしたら面白くない。
「しっかし、夏生も掲示板サイト見るのかー」
「俺は工藤から画面を見せられただけだ。んで、書いてあった悪口がなんかむかついたんだよ」
「へー。まあ、可愛い女子のスレッドとかもあるけど、そういうのも?」
茶化すような口調に俺はむきになる。
「言っとくけど、いつもは見ていないし、書き込んだりなんて絶対してないからな」
「ほんとか?」
軽いノリで諫矢が言う。俺の言っている事も半分冗談として受け取っている、そんな顔。
だが、俺は本当にあの裏サイトはもう見ていない。検索して見つける気にもならなかった。
「あんなしょうもないサイトが今時流行るなんて。だいたい、ああいうのって俺の親の世代の時代にあったやつだろ?」
しょうもな。そんな風に俺が呟くと、諫矢は窓辺を向いていた。
窓から吹き込むすっかり冷たくなった秋風。それを心地よさそうに受けながら、
「寧ろ、誰も見てない過疎サイトだからこそ、誰かが見つけて秘密裏に流行ったのかもな」
ぽつりと、そんな事を口にする。
「すぐに気づかれるようなサイトだったら絶対PTAとかでも問題になると思う。ああいうのは一部の生徒の間だけで内緒で使われてて、口の軽い奴から広まっていくんだよ」
「工藤みたいな?」
「だな、あいつはあまり考えずに野次馬みたいなノリで見てるんだって」
気にすんな、そう言いたげな諫矢。
だが、俺の心は穏やかじゃなかった。
「早くこんなの廃れてほしいな」
他人の悪口を見たくないのもあるけど、俺も何か書かれていたら嫌だ。
できるなら、こういうサイトの存在は最初から知りたく無かった。
そんな保身的な事を考えて言っているのかまで分かっているのだろうか。
「西崎達があれを見てるか分からないけどさ――あいつらって、ネットで陰口みたいなコソコソした事はやらないタイプだぜ?」
「そうかな?」
諫矢がそう弁護するも、俺は疑念を払えない。
「マジだって。いい意味でも悪い意味でもまっすぐなんだよ。もし、渡瀬さんに不満あるならはっきり面と向かって言うタイプだと思うぜ」
「うーん」
「ほら、夏生も覚えてるだろ。西崎の……一学期のこと」
「え?」
思い出せ、そう言いたげな諫矢。俺は記憶を掘り返す。
「一学期の時|か……あっ」
ふと、入学した頃のある出来事が脳裏に鮮明によみがえった。
ある教科担が勘違いをし、西崎グループの女子を叱った事があった。
それが間違いだった事はすぐに判明したが、教師は何食わぬ顔をして授業を再開させた。
だが、その振る舞いに腹を立てた西崎は声を荒げて反論したのだ。授業を無理やり止め、謝罪の言葉を引き出すまでその教師を糾弾し続けた。
さしもの教科担もその剣幕には驚いたのか、謝っていたと思う。
「数学の佐藤ってすげえ偉そうにしてんだろ? そんな大人を謝らせたんだぜ」
「みんなドン引きしてたよな」
俺が言うと、諫矢が笑う。
「まあな。でも、素直におもしれー女とか思った」
諫矢は晴れ晴れとした顔で言ってのけた。
入学当初のまだ手探りで高校生活の雰囲気を掴もうとしていた時期の話だ。
はっきりと自分の意見を主張する西崎の気質をクラスの皆は思い知っただろう。そして、彼女はクラスの女王の地位を確固たるものとしたのだ。
「西崎みたいに思ってる事はっきり言うなんて俺には無理だ。ある意味憧れるね」
「あっそ」
どこまでもお人好しだ。諫矢の一言に薄ら笑いを浮かべながら俺も一緒に窓辺を向く。
諫矢は確信を帯びたような口調で続ける。
「俺は西崎を信じてる。あいつは確かに渡瀬さんをあまり良くは思っていない。けど、そんな小賢しい悪口をこそこそ書いて憂さ晴らしするような奴じゃない」
諫矢は西崎といつも関わっている。ろくに話をした事の無い俺よりかはあいつがどんな性格の女子かもよく知ってると思う。
だとしても―
「本当お人好しだな諫矢。俺はあのギャルを見てもいいとこ探しはできない」
そう言うと諫矢は軽く俺の小脇を小突いてくる。
「うっせ。人の好さなら夏生だって負けてないだろ」
はは、と白い歯を見せて爽やかに笑う。だが、俺はそんな風に自分を笑い飛ばせないのだ。
ぐっと口ごもり、砂埃の溜まった窓の縁に何となく指を這わせた。
俺と諫矢は根本的に違うタイプの人間だ。
諫矢は本当に女好きの軟派野郎だけど、何故かモテる。この妙に人を信じて良いとこ探しばかりする性分のせいだろうか。
だけど、俺は気弱で相手に合わせているだけだ。それをお人好しだなんて。
「まあ、だが……西崎の態度は確かにマズいよなあ。一度言っとけばいいか?」
諫矢は少し気分を落ち着けたように、静かな声で言った。
「だけど、諫矢が渡瀬さんの肩を持ったら、おかしなことになるぞ」
「俺は別にいいよ。嫌われ役は慣れてる」
諫矢はかっこいい事をさらりと言ってのけた。流石イケメン主人公ポジションはいう事が違うな。あいつらがガタガタになったら、クラス内が相当荒れそうだ。
「俺に何かできるなら協力するけど」
「えっ」
狐につままれたような顔の諫矢に向かって俺は続ける。
「俺、渡瀬さんの隣の席だし。今は掲示板の中だけの話だけど、この先、もしこのまま何かあったら」
「マジか」
諫矢はそう言って眉を優しげに下げる。
「だけど、具体策はないけど」
「ありがとな、夏生。今はお前のそういう気持ちだけで今は十分だよ」
悪口の問題もある。クラス内の調和にも気を配らなければならない。
いろいろと面倒な条件が重なっているけど何とかしたい。
俺と諫矢でそんな共通の考えがあると確認した所でこのやり取りは終わった。
「流石、完璧イケメンは俺にまで気を掛けてくれるのか」
同性相手ですらここまで気配りが利くのだ。異性の女子からしたら惚れない理由がない。
西崎や渡瀬さんが諫矢には気を許すのも分かる気がする。
そんな事を思いながら、俺は諫矢の背中を見送った。




