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2話 体育の出来事

 それから数日後の事だ。

 俺達の高校の体育は男子が屋内なら女子は屋外、といった風に場所が被らないようになっている。

 だが、今日は体育祭が近いせいか男女とも屋外のグラウンドに出ていた。

 互いに離れたトラックで俺たち男子は長距離走、女子は短距離走のタイムを計る。体育祭の予行演習的な内容らしい。


「疲れたぁ……」

 校庭を十周も回らされた所で、俺は野球部が使っているベンチで休憩に入った。

 ふと、何人かの男子が遠くを見ていて、自然と目で追った。

 遥か先、陸上部の短距離トラックを走っている女子の姿。


「あれ……」

 その中でぽつんと佇んでいる女子に目を凝らすと、渡瀬奏音だった。

 普段は短めのツインテールの渡瀬さん。だが、動きやすさを重視しているのかこの時間はポニーテールに括っている。

 女子の誰もが何人かで雑談しながら順番待ちしている中、渡瀬さんだけ一人明後日の方を向いている。その先にあるのは校舎に掛けられた時計。

 授業が早く終わらないかとでも思っているんだろうか。

 そんな風に勝手に彼女の心境の妄想をしていたら、いつの間にか俺の隣に長身痩躯が腰掛けていることに気づいた。


「何だ夏生。渡瀬さん見てんの?」

諫矢いさやか」

 クラスのイケメン、風晴かぜはれ諌矢いさや。このイケメンはクラスカースト最上位のリア充だが、それを鼻にかける事もなく、誰かにマウントを取ることもい。

 平等に誰にでもいつもと変わらない気さくな性格で話しかけてくれる。

 物言いも穏やかな諫矢は話しやすく、俺にとっては貴重な話し相手でもある。


「つか、どうしたんだろ。渡瀬さんいつもと様子違わね?」

 諌矢は持ってきたスポーツドリンクに口を運ぶ。

 他の女子はそれぞれ仲の良い相手を見つけて固まっているようだが、渡瀬さんだけ孤立しているようだ。


「あれ? 渡瀬さんっていつも一緒にいる女子いなかったっけ?」

「みんな先に走り終えたみたいだな」

 諫矢の指さした方向には計測を終えた女子たちが集まっていて、渡瀬さんと仲のいい女子も違う相手に話しかけられているようだった。

 さっさと走り終えて合流すればいいのだが、一向に短距離走をしようとしない。ただ時間を潰しているように見える。


「なあ、諫矢。渡瀬さんって女子だけだといつもあんな感じなの?」

「まあ、そうかもな」

 ふと、先日見た掲示板の悪口がもう一度脳裏によぎった。

 渡瀬奏音は男子相手に媚を売りまくっているとか、そんな内容だ。

 書いたのはもしかしたら彼女を疎ましく思っている他の女子なのかもしれない。


「もし、男女一緒にタイム計ってたら渡瀬さんは男子を見つけて話しかけたりするのかな」

 この前の英語の授業。渡瀬さんは教科書を忘れたが反対側の席の女子に声を掛ける事もせず、真っ先に俺の方に助けを求めてきた。

 ――俺なら寧ろ、男子相手の方がそういう頼み事はしやすいが、渡瀬さんの場合は違うのだろうか。

 彼女の行動を思い出しながら、心の中で考える。


「なあ諌矢。渡瀬さんって仲が悪い女子とかいる?」

「うーん」

 俺が尋ねると諌矢は少し考え込む素振りを見せた。流石にこういうのは知っていても言いづらいところがあるんだろうか。

 だが、他でもない諫矢にしかこういう質問はできない。大して話さないクラスの連中に同じ事を聞いたらそれこそ『一之瀬が渡瀬さんの悪口を言っていた』とか、そんな風な事を書かれそうだ。


「それなりに仲のいい女子は分かるけど、特別険悪って女子はわかんないな。つか女子ってそういう人間関係的なの難しいだろ?」

 諫矢は相当選んだ言葉で答えた。


「分かったよ。変な事聞いて悪かった」

「いいっていいって。夏生がこのクラスの事、ちゃんと気にかけてくれてるようでよかったよ」

「え」

 思わず問い返すと、諫矢は少しだけ寂しそうな笑みを浮かべていた。


「いつもはクラスの事なんか知ったこっちゃないってスタンスじゃんか。浮いてるというか」

「浮いてるって言い方酷くない?」

 俺は言いながら首を振る。


「俺はただ、くだらないゴシップに興味を抱いただけだ」

 それこそ工藤みたいに。


「でも気にかけてたんだろ? 案外優しいんだ――ってあれ見ろ夏生」

 不意に肩を叩かれ、諫矢の長い指が向けられたその方向。

 見ると、渡瀬さんが俺達に向けて手を振っていた。


「渡瀬さんだ。おーい!」

 爽やかな笑みを向けながら諫矢も渡瀬に手を振り返す。

 そうしていると、それまで仲良し同士固まっていた何人かの女子もさっきまで一人きりだった渡瀬さんの方にやってくる。そして、一緒になって手を振り始めた。


「おい夏生。お前も手振り返せ」

「いや、多分諫矢に向かってあれは手を振っているんだ」

 俺はあくまでもおまけで諫矢が本命なのは分かり切っていた。

 それでも、諌矢はすっかり俺の手を取って無理矢理手を振り返させようとするのだった。



 ♦  ♦  ♦



 タイムを計測し終え、やることもなくなった俺たち男子はサッカーに興じていた。

 男子の体育教科担の猿倉は、女子を担当する教師と何か打ち合わせをしている。

 教師の目が離れ俺たちだけで行うサッカーの試合。審判役にクラスのまとめ役の諫矢を置いて、俺も一緒になってグラウンドを駆ける。

 と言っても、後ろからボールを追いかけるディフェンダーだけど。


「おい! 成田、何してんだよおめえ!」

 急に前線でフォワードをしていた男子生徒が声を荒げた。ボールはゴールの脇に逸れ、試合は中断している。


「どう見ても今のシュートだったろうが。せっかくいいボール送ったのに意味わかんねえパスしてんじゃねえよ」

「だって、急にボールが来るから……」

 どうやら、決定機を外した事を責めているらしい。

 成田はクラスでも俺以上に大人しい性格の持ち主。オラオラ系のその男子に言い返せないまま、背を縮こませて俯いていた。


「何だよ、試合止めるなって」

 相手チームの四組の連中も集まってきて、何やら物騒な雰囲気になってきた。


「どうしたん?」

 諫矢が揉めていた男子を止めるように入ってくる。

 クラスのまとめ役の登場に成田も助かった、そう言いたげな明るい表情をする。


「こいつがボール外したんだよ。あんなんゴールにボールをシュートするだけだろうが! 外しやがってゲロムカつくぜ」

「まあまあ」

 怒りをまき散らしている男子生徒。こいつは諫矢ともそれなりに仲のいいグループメンバーだ。

 だが、仲が良い事が逆に諫矢が彼に対して強く言えない空気を作ってしまっている。

 ここで変に彼を逆上させたら、諫矢の人間関係も拗れてくるからだ。


「ねえ、どうしたんだろあれ」

 離れた場所で男子の試合を見ていた女子たちも近づいてきた。

 しかも、あろうことか諫矢やそのオラオラ系男子と仲のいいギャルグループまでいる。


「てか、成田君何でフォワードしてんの」

「知らね。一人で突っ立ってたっぽいよ?」

「は? 意味わかんない。それってさあ……オフサイド? っていうんじゃないの?」

 リア充グループの男子と女子がそんな会話を始めた。第三者の好き勝手な物言いは成田を余計に傷つける。流石に見ていられなくなった俺は、そっと成田の傍に近づいた。


「気にすんな。あいつが勝手に癇癪起こしてるだけだ」

「一之瀬……ごめん」

 俺だってオラオラ系は怖い。でも、あいつには聞かれないように成田をフォローする必要があると思ったのだ。


「大丈夫大丈夫。切り替えていこうよ――」

 ふと、向けられる視線に気づき顔を上げた。

 その向こうでは渡瀬さんが心配そうな目でこちらを――いや、諫矢を見ているのか。また俺の勘違いか。

 ふと、そんな俺に気づいた渡瀬さんが一瞬だけこちらにも視線を向けてすぐに逸らした。


「つかさー。こんな体育の授業で何ムキになってんの? 小学生じゃないんだから」

 そういって男子の集まりに割り込んだのはギャルグループのリーダー格の女子だった。


「けど西崎。悪いのは成田だぜ」

「いや成田がゴール決められるわけ無いじゃん。脚遅いのあたしらでもわかるし。最初からアンタが決めれば良かったんじゃないの」

 成田をナチュラルにディスりながらクラスの女王は反論を切り捨てる。

 金色混じりの明るい茶髪に指を巻きつかせながら、イライラを隠そうともしない。怖い。


「つーかこんな事で本当しょうもなくね」

 女子グループリーダー、西崎瑛璃奈は心底めんどくさそうだ。

 事情もろくに知らない筈なのに好き勝手と男子のやり取りをディスりまくる。

 だが、まあ西崎の気持ちも分からないでもない。随分と長い間このやり取りに時間を使っていて、サッカーの試合が再開される気配がない。


「だよねー」

「そろそろ試合再開させようぜ、なあ諫矢~」

 いい加減この状況を終わらせたいのは多分みんな同じ、俺もその中の一人だ。そのせいだろうか。


「本当だよ。たかが体育の授業なのに」

 他の生徒に混じりながら、思わず便乗した一言が出たのは本当にうっかりしていた。

 俺は思わず傍らで申し訳なさそうに立ち尽くしている成田に視線を向けた。

 何でもいいから成田をフォローできれば。その一心と便乗根性で飛び出た一言。

 だが、本来成田だけに聞こえればいいそれは、声量が意外に大きかったらしい。


「あ? 何だよ一之瀬」

 さっきまで成田に絡んでいた男子が俺にまで絡んでくる。


「お前ずっとボール来ても後ろにパス回してただけじゃねーか。なあ?」

「なんだそれ」

 流石に俺もイラついてきた。

 そして――


「地獄耳か……」

「おい! 今何つった!?」

 思わず口走ったところでしまったと思う。だが彼をプッツンさせるには十分すぎる煽り文句だったらしい。


「ぷっ」

 盛大に噴き出す音がどこからともなくした。


「一之瀬。聞いてんのかよ」

「いや、今吹いたのは俺じゃなくて」

 強面男子に詰め寄られながら巡らすと、何故かギャルグループが俺たちとは別方向を見ていた。何やら苛立って表情で向けられた先には別の女子の集団があった。

 その中にいるのは――


「おい、話がずれてる。お前もいい加減落ち着け」

 諫矢が割って入り、いよいよ俺も面倒な事に巻き込まれるのを自覚し始めたその時。

 ちょうど遠くの校舎から鐘の音が流れてきた。


「なにやってる!? さっさと校舎に戻るぞー」

 体育教師の合図で撤収が始まった。


「つかさっきの一之瀬君笑えたー」

 ふと、女子のそんな一言が風に乗って聞こえてきた。

 少し前を歩いている渡瀬さんがこちらを一瞬だけ振り返りながら歩いていく。


「奏音ちゃん。あの場で笑うのは流石に……」

「いや、だって普通に笑えたし。あの場面でいう?」

 隣にはもうひとりの女子生徒。何故か上機嫌の渡瀬さんを窺うように歩を合わせている。

 だが、そんな事はどうでもいい。


「笑われた……」

 クラス全体を巻き込んだいざこざ。一番損な役回りを負ってしまったのはどうやら俺だったようだ。しかも、渡瀬さんに笑われる要らないおまけ付き。


「最悪だ……」

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