11話 オイルヒーターの上で
昨日夕刻から振り始めた雪は止むことがなく、朝になって窓を見ると薄っすらと積もっていた。
だが、幸いな事に今日一日は晴れらしい。
俺は自転車を繰り出し、タイヤに新雪をこびりつかせながら登校した。
案の定、教室に着くころにはすっかり雪は消えていた。
こんな日を何度か繰り返している内に溶ける事のない雪が降り積もるようになり、この街は冬に埋もれていく。つまり、それまでは自転車は使えるってことだ。
「よう、一之瀬」
席につくなり、前席の工藤が俺に声を掛けてくる。
「昨日、風晴と竹浪達と遊んだのか?」
「まあな」
工藤はそれを聞くと、何故か楽しそうな顔を俺に近づけてくる。
「つーか一之瀬が竹浪達と遊ぶってレアじゃね?」
「数合わせだよ。多分、殆ど諌矢が歌ってたし」
「めっずらしー。俺も行ければな、部活さえなけりゃな」
そんな事をぼやくけど、俺は工藤が何の部活に入っていたか忘れていた……あっ、確かサッカー部だったっけか。
「そういや一之瀬って女子だったら誰がタイプなんだ?」
「は?」
工藤は人好きのする笑顔を浮かべる。
「いや、一之瀬があいつらと遊ぶって珍しいし。そう言う事なのかなーってさ」
「どういう事だよ」
どうやら、工藤は渡瀬さん関連の話を竹浪達から聞いていないようだ。俺は適当に会話に合わせるだけの受け答えに徹する。
「別にタイプは特に決まってないな。話してみて気の合う人ならそれでいいや」
「うおー、模範解答みたいなやつ!」
工藤が可笑しそうに笑うも、俺はあまり気にしていない。
「掲示板でもさ、学年で誰が可愛いかとかよく話題になってるみたいだぜ」
そう言ってスマホを取り出し、画面に出てきたのは例の学校裏サイトだった。
可愛い女子ランキングみたいなスレッドが表示されている。
「お前まだそんなの見てるのかよ」
「いや、気になってつい」
俺が本気で窘めると、流石に工藤も察したのか気まずそうに頭を掻く。
「でも見ろって。うちのクラスの女子も何人か上がってんだぜ」
そう言ってスクロールさせた画面の書き込みには渡瀬さんや山吹、驚くべき事に西崎瑛璃奈の名前まであった。
あんなきつい性格の女王も一部では人気があるらしい。
まあ、結構顔は整っていて可愛い方だとは思う、思うけど……
「西崎が人気とか、物好きもいたもんだ」
「それな。書き込んでるの他のクラスのやつだろうな。一緒のクラスにいたらこんな書き込みする気無くなるし」
そう言って工藤ははしゃいでいる。
一方、俺は心の中で考えていた。
悪口を書かれていた渡瀬さんを推している奴もいた。西崎が一部男子に人気があるように、女子に嫌われている女子も可愛ければ男子受けするんだろうか。
その辺を詳しく聞きたいけど、工藤に言ったら変に勘繰られそうなのでやめておく。
「じゃあ工藤は?」
「へ?」
スマホの画面をこちらに向けたまま呆けた面をしている前席に俺は続ける。
「だから、工藤はどういう女子がタイプなのかって話……竹浪か?」
「は、え!? なんでそれを――いや、そうじゃなくて」
あからさまに狼狽え始める工藤が面白い。
だが、これ以上茶化す間もなく始業のチャイムが鳴る。
「あ……一時限目って英語だっけ? やべー。課題やってねえよ」
露骨に話題を逸らそうとした所で、課題忘れにも気づいたらしい。
「HRの間にやれば」
「そりゃねえぜ一之瀬。十五分で終わらすなんて無理だって」
そう言っていよいよ頭を抱える工藤。その背中を見ながら、俺はすっかり終わらせた課題を取り出し机に置いた。
それにしても――
工藤の話の雰囲気からすると、昨日のメンバーに心を許されているんだろうか。
なぜそれがか嬉しかった。
♦ ♦ ♦
昼休み。教室の人数は半分くらいまで減る。
諌矢や山吹といったリア充はみんなで食堂に向かったが、他の連中も別の場所で食事を摂っている者も多い。中には飯抜きでどっかに行くやつもいるらしい。
俺はというと教室に残った他の面々と同じ、弁当持参組だ。
朝にテレビで見た時は今日一日晴れるという事だったが、窓の外はちらちらと雪が降っていた。
窓際の席なのもあって、暖房のオイルヒーターすぐ真横にある。制服の生地越しにじんわりと伝わる仄かな温かみ。それを感じながら俺はヒーターの上に乗せていた弁当を取った。
授業中、こうやって温めていれば昼休みにほかほかで食べられるという訳だ。この席でよかった!
箱一杯に詰め込まれたオムライスを頬張る。
「美味しそうだねっ」
不意に真横の渡瀬さんに話し掛けられた。さっきまでいなかったのでどこか別の所で昼食かと思いきや、戻って来てこのまま教室で食べるらしい。
軽やかな足どりでヒーター側に周ると自分の弁当をヒーターの上に置く。
「わ、オムライス? すっごい綺麗」
オイルヒーターにちょこんと腰かけた所を見る限り、ここに居座るつもりらしい。
予期しない展開に飲みこもうとする喉の筋肉が変に強張る。
食べる動きを一時停止していると、こちらを見ていた渡瀬さんと目が合った。
「これ、一之瀬君のお母さんが作ってくれたの? マジでおいしそう」
天真爛漫な笑顔でぐっとオムライスに近づく渡瀬さん。相変わらず距離感が近い。
確かに、弁当持参の男子高校生の大多数は親が作ってくれていると思う。だけど、こうはっきり言われると何か照れ臭い。
だって、俺の場合は――
「一応これ、自分で作ってるんだ」
「え! このオムライス一之瀬君が作ったのー!?」
大きな声で渡瀬さんが言うと、教室に残っていた何人かがこちらに興味を向ける。
何か恥ずかしい。
「親が殆ど家にいなくって、ある程度は自炊してる」
特に、オムライスは結構手っ取り早く作れるから楽だった。
チキンライスの素を使ってご飯に味を付けたら、後は卵焼きの要領で畳んだオムレツを上に乗せるだけ。俺はこのタイプのオムライスばかり作っている。
世間的にオムレツ乗っけただけの物をオムライスと呼ぶかどうかは分からないけど。
「へえ! 料理めちゃくちゃ上手いじゃん。ねー、テレビとかでやる中がとろーっとしたオムライスとか知ってる?」
「切腹オムライス?」
それ! と言わんばかりに渡瀬さんが指を向けた。
「もしかしてそういうのも作れる?」
「まあ、それなりには」
「すごーい!」
答えると彼女の笑みが更に緩んだ。
「私下手でさ。今度作ってもらおうかな」
「へ?」
思ってもいないような事を簡単に口にする渡瀬さん。
人によっては余所の家が作った手料理は苦手って人もいるみたいだけど、渡瀬さんは平気なのだろうか。それともリップサービス?
いろいろ勘繰ってしまってこれ以上深くは聞けなかった。
すっかり乗り気の渡瀬さんはヒーターの上で足をぱたぱたさせ自分の弁当を触る。
どれくらい温まったか確認しているようだけど、こんな短時間で熱が回る訳もない。
「ね。一之瀬君ってどこに住んでるの?」
「駅の西の方だけど」
「へー。じゃあ海側? 私と結構近いんだね? 私は南側だよ」
「確かに。近いね」
俺は高校に上がると同時にこの街にやってきた。もしかしたら中学校の学区だったら渡瀬さんと被っている範囲かもしれない。そんな事を考察する。
「じゃあチャリ通?」
「まあ」
静かな教室内に俺と渡瀬さんの会話の声だけが響いている。それが何だか恥ずかしい。
他の連中は皆黙々と飯を食うか、机をくっつけた少人数でささやかな会話を楽しんでいた。
「あー駄目だ。あったまんない」
しばらく話していたのだが、渡瀬さんが自身の弁当を持ち上げる。
壁掛け時計を気にしている。あまり時間をかけると昼休み自体が終わってしまう。
「午前の授業から乗せておかないと昼休みには間に合わないよ」
「じゃあ! 今度から一之瀬君の隣に一緒に置いといい?」
そう言って渡瀬さんが懇願するような目を向けてきた。
「いいけど」
「やった!」
そう言って可愛らしくガッツポーズを取り自分の席に戻る。
――そんな風に頼まれて断れる男子がいるんだろうか。
隣で弁当を食べ始める渡瀬さんを見ながら俺は思った。




