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10話 初雪

 先程までいたカラオケ屋を通り過ぎ、俺が立ち寄ったのはコンビニだった。

 今週発売の漫画を買うのをすっかり忘れていることに気づいたのだ。

 店から出て、もう一度自転車に乗ろうとしたところで、思いもしない人物が俺の前に現れた。


「あの!」

 小柄な体躯が視界の端から飛び出す。そのシルエットかが俺達の通う高校と同じ制服である事にまず目が行く。


「一之瀬君。美央と何か話した?」

 開口一番にそんな事を尋ねてきたのはなんと渡瀬さんだった。

 本来なら今日一緒にカラオケに来ていた筈の人物。

 何故、解散した今になって現れたのか。俺は違和感を覚えた。


「まさか、渡瀬さんとここで会うなんて」

「私も、ここに来たくなかったのに」

 ――来たくなかった。はっきりとそう言った渡瀬さんは口元をぎゅっと結ぶ。


「私、一之瀬君にも美央にも誘ってもらったのに断っちゃった……」

 今にも泣きだしそうな声。思わず俺は自転車から降りる。


「気にしなくても大丈夫だって。いろいろ事情があったんだろ?」

「私、私……」

「本当に気にしなくていいから。山吹たちとは飯を食ってカラオケしてきただけだよ」

 小動物みたいな怯えた顔でこちらを見上げる渡瀬さんの姿があった。かわいい。


「美央に誘われた時、気づいたら首横に振ってた。何かイヤだった」

 そんな事をしたら互いの関係がこじれてしまう。渡瀬さんはそれを知っているが、ここに来れなかったのだと言う。


「西崎なら今日は来てなかったよ」

「ほんと?」

 渡瀬さんは驚いた顔をしてこちらを見た。


「じゃあ、来ればよかったかな」

 少しだけ悲しそうな顔で微笑むが、その一方で本当に西崎を嫌ってるんだなっていうのもわかった。


「ずっと言いたかったんだ。一之瀬君。ありがとう」

「え、おお?」

 いきなり頭を下げられたけど、俺は何の事か分からない。

 渡瀬さんは顔を上げると少し首を傾げ、にっこりと微笑む。


「工藤君と掲示板の悪口の話してたでしょ? その時に一之瀬君は必死に私の味方してくれたよね? それ聞こえてたから」

「そういえばそんな事もあったな」

 俺はしれっと流す振りをするけど、まさかあの場で渡瀬さんが聞いていたとは思わなかった。

 かなり教室の遠くにいたはずなのに。

 意外と地獄耳らしい。女子ってこええ。


「渡瀬さん。家近くなの?」

「うん。あっちの方――あ」

 指を向けた渡瀬さんだが、その視線が不意に頭上へと行った。

 おれも釣られて空を見ると、小さな白い粒が落ちてくるのが見えた。雪だ。


「降って来たな」

「だね」

 顔を合わせた渡瀬さんがぎゅっと肩をすくめ、笑う。

 まだ首筋にマフラーは無い。


「じゃあ、私帰るね。あそこのマンションだから」

 雪の降り始めた路地。遠くに立つのは駅前で一番高いマンションだった


「うん。じゃあまた」

 こくりと頷く渡瀬さん。その小さな背中を見ていたら、不意に言おうとしていた言葉が湧いた。


「俺は渡瀬さんを助けたい」

「え。一之瀬君?」

 振り返った渡瀬さんにもう一度言う。


「悪口なんて気にするな。それに山吹たちも気にしてない感じだったよ」

 聞こえるよう声を大きくさせる。

 渡瀬さんはこちらを振り返ったまま、しばらく考えているようだったが、


「うんっ! ありがと」

 にかっと笑う。

 降り続く粉雪が街灯に照らされてきらきらしていた。

 殆ど人気の無い小道。俺と渡瀬さんの間にしばしの時間が流れる。

 だが、それも考えてみれば一分にも満たないほんの僅かな瞬間だった。

 不意に現れた通勤帰りの男が通り過ぎ、止まっていた俺達は再び動き出す。


「一之瀬君。頼らせてもらうからねっ」

「おう」

 先ほどまでの弱気な姿はもうない。

 渡瀬さんはあざとさいっぱいの声音で俺に手を振ると、踵を返し帰っていった。


「雪か」

 そろそろこの自転車で通学するのも難しくなるな。

 俺はペダルをこぎ出しながらそんな事を思った。


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