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「諦める」ということ

作者: 相浦アキラ

 一昔前のアニメを「懐かしいなー」なんて思いながら見ていると、やたら「希望を捨てるな」とか「俺は最後まで諦めない」といった言葉が繰り返され、ちょっと胸やけがしてしまいました。近年は飽きられたのかそのようなスポ根系の作品は減ってきてはいますが「どんなに苦しくても最後まで諦めずに100%のハッピーエンドを目指す」という構成自体は今でもループ物なんかに見受けられます。ループ物は序盤に最悪の未来が提示され、最悪を回避して平穏な日常を手に入れるために主人公がタイムループなんかを駆使して奮闘していくといった構成になっている事が多いです。こういった作品の多くで最悪の未来は平穏な日常と対比的な打破すべき事態として描かれ、運命愛とか平穏に潜む悲しみといった観点はほとんど見られません。


 最近気付いたのですが私はこの手の作品がどうにも苦手です。100%娯楽作品ならいいんですが、ストーリーものだとなんだかなあという感じです。私は「諦めるな」連呼で完璧なハッピーエンドを目指す作品より、何かを諦めて妥協しつつ新たな道を模索するような作品の方が断然面白いと思います。もちろん諦めずに希望を持って頑張る事も時には大切かもしれませんが、実際の人生というのは諦めの連続で、人はプリンセスやヒーローになる事を諦めて大人になって行くわけです。


 もちろんプリンセスやヒーローを諦めるからといって全てを諦める必要はなく、プリンセスになれないならせめてプリンセスのように美しくなろうとか、ヒーローになれないならせめてヒーローのように強くなろうとか、妥協して弁証法的に新しい道を模索していく事も出来る訳です。そういった何かを諦めて妥協に至る過程の中から人間らしい葛藤が描き出されていくのが作品の本来の醍醐味だと思います。聖書もギルガメッシュ叙事詩もそうですが、優れた作品は大体そのような構成になっています。主人公がただ苦難に立ち向かうだけで深い所では何一つ変わろうとせず何一つ受け入れようとせず、気に喰わない運命をひたすら憎悪して「100%のハッピーエンドしか認めない」なんてのは、駄々をこねるわがままな子供の様なものでいまいち鑑賞に堪えません。もちろん弁証法的に新たな道を見つけてもその道が進歩や良い結果をもたらすとは限りませんが、何はともあれ立ち止まって道を選んで進むのが人間らしさという物でしょう。ただひたすら希望に向かって突進するだけなら虫にだってできる事です。


 そもそも「諦め」と「希望」を二元論的に切り分けてしまうのもどうなんだという感じがします。人間というのは、希望の正反対という意味で「諦める」事はできないと私は思っています。鬱になって何もやる気が起きなくなるのも、無駄に体力を消耗せず環境の変化を待つという意味ではある意味希望を持った合理的行動とも言えますし、自殺しようとする人だって「生きる苦しみから逃れる」という希望を持っているからこそ自殺しようとしているという場合もある訳です。野球選手になるのを諦めた少年にしたって、彼は野球の練習時間を勉強や遊びに当てて何か別の希望を探し求めようとするかもしれませんし、プロになれなくても野球が好きだからそれでいいという結論に至るかも知れません。いずれにせよ人はそのうち死ぬのですが、無駄だと分かっていても人は死ぬ瞬間まで何かしら希望を持ち続け、全身の細胞も死ぬまで個体を生存させる為に必死で活動し続けます。人間はそういったひた向きな美しさと悲しさを背負った存在であり、そういった視点からでなければ真に人間を描く事はできないと思います。


 もちろん自分の中に全く軸がなくその時その時でフラフラと気まぐれに方向転換するような主人公では、作品は面白くなりようがないのも確かであります。主人公にしっかりした軸がありながら、他者や現実と衝突し、「愛とは何か」「力とは何か」「生とは何か」といった洞察を深めて成長していき、そして最終的に主人公が殆ど別人のようになってしまっても、一番深い所の軸そのものは最初から最後まで一貫している。そういう作品が優れた作品なのではないかと私は思います。


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