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6.魔王との遭遇(聖女視点)

「ハルカ、ハルカ」

 私を呼ぶ声がする。男性の声なので義父なんだろうけれど、いつもと違う気がする。

「お義父さん、風邪でも引いたの?」

 目を開けると、最初に目に入ったのはぼんやりと光る球体。

「え?」

 見慣れない風景に思わず声が出た。そして昨日のことを思い出す。村を逃げ出して、必死で森を抜け、真っ黒な魔物に出会った。そして、魔法剣を使うルードさんに助けられたんだ。親切な彼は私を幌馬車に泊めてくれた。

 そう、ここはルードさんの幌馬車。私は慌てて幌を持ち上げた。

 予想通り、幌馬車の外に立っている人物はルードさんのようだった。だけど、よく見ると全く違う。

 ルードさんの髪は濃い茶色だった。でも、目の前の男の髪は真っ黒だ。そして、光球に照らされた目はすべて黒い。そう、白目がない。優しそうなルードさんの笑みは酷薄そうな冷笑に変わっている。

「まさか、魔王」

「正解。さすが私の聖女だ」

 思わず呟いてしまったけれど、魔王で正解だったみたい。でも、魔王なんてどう対応すればいいのかわからない。それに、なぜルードさんとこんなにも似ているの。しかも、私の聖女って何?


「ハルカ、かなり混乱しているようだな」

 寝起きに魔王に出会ってしまって、混乱しない方がおかしいと思う。でも、そんなことは言えない。私には魔王と戦う術などない。


「安心しろ。私にはハルカを害することができない。この距離にいても肌がピリピリする。聖女にはこれ以上近づくことができないのだ。ただ、ルードのことを教えてやろうと思い、こうして会いに来た」

 近づけないと言われても、魔王の存在が凄すぎてとても怖くて動くことも声を出すこともできないでいた。ただ、黙って聞いているしかない。それに、ルードさんのことを知りたいと思う。

「ルードは魔王を育てる器だ。もちろん望んでそうなったのではない。ルードは勇者たちに騙されて器にされたのだ」

 魔王の器? 義父母からそんな話を聞いたことはなかった。

「魔王を殺せる唯一の方法を知っているか?」

 そう聞かれたので、黙って首を横に振る。勇者様が魔王を滅ぼしたと聞いていたのだけれど、違うの?

「魔王の心臓を聖剣で貫き、聖女の血を浴びせることにより魔王は滅びる。そう、私を倒すためには聖女の血が絶対に必要なのだ。しかし、勇者たちはハルカを見つけることができなかった。だから、時間稼ぎのために魔王の器を用意するしかなかった」

 私の血で魔王を倒すために世界に呼ばれたの? もし、五年前に勇者に見つかっていたら、私は殺されていたというの? 目の前の魔王より、見たこともない勇者の方が怖いと思った。


「魔王の心臓を聖剣で貫いても、倒せるのは器だけだ。本体は霧となって染み出し新たな器に宿る。ただ、魔力を持たない器だと覚醒に時間がかかる。それを知っている勇者は平民のルードを器に選んだ。本来ならばルードを牢に閉じ込めて、私が覚醒する前にハルカを探すつもりだったのだろうが、騙されたと気づいたルードが勇者たちから逃げ出した」

「で、でも、ルードさんは魔法が使えるわ」

 思わず声が出た。魔物を退治した時、ルードさんの剣は白く輝いていた。優しく辺りを照らしている光球もルードさんが魔法で作ってくれた。

「それは私を宿したからだ。本来は薄い茶色をしているルードの目と髪も段々と濃くなっている。とにかく、勇者に騙されたルードは聖女を探している。おそらく聖女を殺して、この世を終わらそうとしているのかもしれないな。もしかしたら、魔王の器という自らの生を終わらせたいのかもしれないが、いずれにしろ、聖女だと知られるとハルカの命はない」

 確かにルードさんは人を探していると言っていた。それは聖女を殺すため?


「なぜ、そんなことを教えてくれるの?」

「何も知らずに殺されようとしているハルカが哀れだったから。その昔、この世界の人々は我欲のため戦争を繰り返していた。それに怒った男神がこの世界を終わらそうとして、私を生み出したのだ。しかし、慈悲深い女神はこの世界を救いたいと思い、聖剣を人々に与え、異界の女を聖女としてこの世界に呼び込んだ」

「そ、そんな、酷い! 何が慈悲深い女神よ。そんなの邪神じゃない!」

 日本にはや八百万やおよろずの神がいるという。そんな神様たちはこんな理不尽な行いを黙認しているの? 実母に殺されそうになった女なんて、神様も守ってくれないの? 優しい義父母に拾われて、五年も余計に生きることができたので、それで我慢しろとでもいうの。


「魔王が倒されても、また復活するのはなぜか知っているか? それは聖女の恨みつらみが核となり、この世界の人々の負の感情が凝り固まるからだ。勇者たちはこの世界に呼ばれた聖女に優しくして信頼を得て、騙すようにして魔王討伐の旅に同行させる。そして、魔王を倒すために命を奪う。恨まないはずがない」

 それは恨んでも仕方ない。私だって恨みそう。


「何か質問はあるか? ルードの近くに聖女がいると、魔王の覚醒が遅れる。そのため、しばらくは会えないだろうから、聞くならば今だぞ」

「勇者に倒された歴代の魔王も貴方なの? 記憶はあるの?」

「その通り。私は何度も聖剣に貫かれ、何人もの聖女の血をこの身に受けた。聖女の悲痛な断末魔の叫びは何度聞いても慣れることはない」

 魔王は少し疲れているように見える。彼も神の犠牲者だと感じる。

「もし、勇者が貴方を倒せなかったら、この世界はどうなるの?」

「大型の魔物がはびこり、瘴気を含んだ黒い雨が降り続く。太陽が照ることはなく、木も草も枯れ果て不毛の大地となるだろう。そんなところで人々は生きていけない。そうだろう?」

 魔王は笑みを見せながらそう言った。彼はこの世界の滅亡を望んでいるのだろうか? それとも、この残酷なループは終わることを期待して私のこんなことを話したの? 私が恨むことなくこの血を魔王討伐のために捧げると、魔王は永遠に復活しない。


「ハルカ、それでは再び会えることを期待しているぞ」

 魔王はそう言い残し、焚火の方へと去っていった。


 私欲のため戦争を繰り返したという当時の人々ではなく、後世まで魔王という呪いを残した男神も、異世界人を生贄にしてこの世を救おうとしている女神も、許すことはできない。聖女を騙して聖女の命を奪う勇者たちも大嫌いだ。

でも、この世界には優しい義父母がいる。五年も実の娘のように慈しんでくれた。とても、この世界が滅亡してしまえとは思えない。

 だけど、この世界を救うためには、ルードさんと私が死ぬしかない。そして、私のような悲劇を繰り返さないためには、この世界を恨まないこと。

 私にできるだろうか? 今でも恨みそうなのに。

 何もかもが理不尽だ。でも、ルードさんから逃げ出したって、この世界が滅亡するとどうせ死ぬことになる。


 とりあえず、ルードさんと一緒にいることに決めた。私が近くにいると魔王の覚醒が遅れるらしいから、時間稼ぎにはなるだろうから。


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