表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

1.裏切られた騎士

 五年前、魔王討伐のため勇者一行が旅立った。

 勇者である王子、筆頭魔術師、騎士団長、そして、神官長。錚々たる顔ぶれが揃っていた。だが、聖女だけがいなかった。



 俺が十歳の時、俺の住む村に騎士がやって来て、身体能力の高い子どもを騎士に誘った。俺もその中の一人だった。

 父は俺が六歳の時に亡くなって、母は実家のある村へ戻ってしまった。他に兄弟はいない。仕方がないので父の兄である伯父が引き取ってくれたが、肩身の狭い思いをしながら暮らしていた。

 そんな中での騎士への誘いだ。俺は喜んで騎士団への入団を決めた。


 王都の騎士団本部に連れていかれると、そこには俺と同じような境遇の平民男児が二十人ほど集められていた。

 俺たちは毎日厳しい訓練を課せられた。しかし、村では叶わなかった腹いっぱい食い、広いベッドで眠ることができるのは夢のようだった。

 本当に感謝しかなかった。伯父も支度金を受け取って喜んでいた。

 だから、出来る限りの努力をした。騎士団に恩返しできるように強くなりたかったのだ。

 そんな努力が実り、十八歳になった俺は魔王討伐に補助として参加するようにと命じられた。本当に嬉しかった。他の成員は王族や貴族。魔力が高く選ばれた人たちだった。俺だけが魔力を持たない平民。それでも、剣を振るい魔物を討伐し、勇者を助けることができることが誇りだった。


 勇者一行が魔王城に着いた時、俺はまだ生きていた。

 魔王城に近付くにつれ、魔物は強くなって普通の剣では倒せなくなっていた。魔力を持たない俺は、食事を作るくらいしか役に立っていない。それでも、俺は勇者たちから仲間として扱ってもらえていた。

 俺に襲いかかった魔物を騎士団長が魔法剣で倒す。筆頭魔術師が強大な魔術で葬り去る。神官長が聖魔法で俺を治療する。そして、勇者が聖剣を振るい、辺りの魔物を一掃する。そんな旅が続く。


 俺は、これまで守ってくれた礼をしなければと思っていた。魔王に対峙した時、せめて囮にでもなろうと決めていた。生きて帰れるとは思っていない。俺の命が役立つのではあれば、それは喜びだと感じていたのだ。

 しかし、勇者は俺を後ろに庇いながら魔王と対峙した。誰もが俺を前には出さなかった。

 そして、壮絶な戦いが始まった。


 魔王は漆黒の髪と目を持つ美しい男だった。放たれる魔法も黒い。勇者たちの魔法は白かった。魔王城が揺れるほど勇者たちと魔王の魔法がぶつかり合う。そして、灰色の光を放ちながら消えていく。

 長い戦いが続く。


 やがて、勇者が魔王の胸に聖剣を突き立てた。

 ゆっくりと倒れる魔王。やっと戦いが終わったのだ。そう思い喜んだ俺はいきなり騎士団長に突き飛ばされた。倒れた先は魔王の亡骸の上だった。

 聖剣が刺さった魔王の胸から黒い霧が滲み出る。その霧は俺を覆い尽くし、やがて俺の体の中へと消えていった。胸を掻き毟るほどの苦しみが俺を襲い、そして、気を失った。


 目を覚ました時、俺はまだ魔王の上に横たわっていた。

 魔王は既に冷たくなっている。髪は白くなりまるで別人に変わっていたが、纏った黒い衣装と胸を貫く聖剣は変わっていなかった。


「これでしばらく猶予ができたな」

「ルードには可哀想だが、死ぬまで牢に繋がなければならない」

「仕方ない。魔王の器となるために飼われていたんだから」

「せっかく、魔力を持たない器に魔王を入れたんだから、早く聖女を見つけて浄化しなければ」

「全く魔力を持たないルードだが、五年もすると魔王として覚醒する。それまでに聖女を見つけなければ、また同じことを繰り返さなければならない」

「なぜ、今回は聖女が現れなかったのか? 聖女さえいてくれたら、こんな平民と一緒に旅をせずに済んだ」

「それにしても、魔力を持たない平民部隊を飼っておいてよかった。もし、俺たちの中の誰かに魔王が取り憑いていたら、強大な魔力を得て、魔王は急速に成長して覚醒しただろうからな。そうなれば世界が滅んでいたかもしれない」

「早く聖女が見つからないかな。聖女だけが魔王を浄化することができる。俺たちの魔力では器を殺すしかできない。器が死ぬと中の魔王は誰かに取り憑く。永遠に終わらない」

「聖女が魔王を浄化したとしても、数百年したらまた復活するけどね」

「少なくとも、私たちが生きている間には復活しない」

 勇者たちは俺が目覚めたことに気づいていないらしく、そんな話をしていた。


 勇者たちが語るのはあまりにも残酷な事実だった。

 俺は魔王を受け入れる器として騎士団に飼われていただけだった。

 始めから伝えてくれていたら、俺はその運命を受け入れただろう。だが、俺は騎士団に裏切られたのだ。魔王を身に宿したまま、牢で生き長らえることなど、とてもできそうにない。


 俺は気を失っている振りを続けた。魔王を倒した安堵からか、勇者たちは油断していて、俺が目を覚ましていることを疑わなかった。勇者一行は、俺は何も知らないと勇者一行は信じている。


「悪かったな。魔王を倒せた喜びでつい力が入ってしまった」

 しばらくして起き上がった俺に、騎士団長が困った顔で突き飛ばしたことを謝ってきた。

「いいえ、怪我もありませんので大丈夫です。それより魔王討伐、おめでとうございます」

 俺は笑顔で魔王討伐を労った。

「ルードのお陰でもあるんだぞ。美味しい料理を作ってくれたから力が出たんだ」

 爽やかな笑顔でそう言う勇者。真実を知った後ではあまりにも胡散臭く見えてしまう。


 それから俺は、王都へ帰還する勇者たちのため懸命に食事を作り生活の世話をした。勇者たちはそんな俺が逃げ出そうとしているなどとは思わなかっただろう。

 王都近くの町で宿を取った時には、勇者たちはすっかり油断していた。その隙を見て俺は逃げ出した。

 人が多くて強い魔法を放てない。探索の精度も落ちる。俺は無事に逃げ切ることができた。


 あれから五年の月日が流れた。

 俺の容姿は随分と変わっている。明るい茶色だった髪と目は段々と暗い色になった。この色が漆黒に変わる時、俺は魔王になってしまうのだろう。

 日の光は魔王を抑えるらしい。しかし、夜に輝く月の光は魔王の力を引き出す。

 俺は、この五年間聖女を探し続けた。

 聖女を殺して魔王として覚醒し、俺を裏切った勇者たちに復讐がしたいのか、聖女に殺してもらって、魔王の器などという馬鹿げたことを終わらせたいのか、俺にはわからずにいた。


 俺は、夜の記憶がない時がある。

 残された時間が少ないことだけはわかっていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ