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#1 逃げた羊①

人間や異種族が入り混じる町:アングラで、ダウナー系の元刑事×高慢な金持ちリザードマンが独自に捜査協力するお話。ちょっとグロい瞬間アリ?

※魔法もあるけど、「神々」によって物を動かす程度の低レベル魔法しか許可されていない。

※文明的にはホームズとかポワロらへんの1920年代が近い。

 その朝、セドリック・ウィンザームは、普段通りお気に入りハーブティーを飲んでいた。


 窓の外はあいにくの雨で、空には鈍色の雲が広がっている。

 そんな空模様だからか、せっかくの彼の庭も今日はいつもと比べて少し元気がないように見えた。

 その庭に今度は何を植えようか思案しつつ、シーグリーンカラーの鱗の指をカップに伸ばした時、ふと電話が鳴った。


 画面に映った名前はクラウス・シュヴァルツ。

 セドリックの所有する五つ星ホテル【ザ・ローズウッド】の支配人であり、非常に忠実かつ合理的な人物である。その彼が朝に電話をすることは珍しく、それは緊急事態を意味していた。


「どうした、クラウス。こんな朝に電話とは…。君らしくもない」


 受話器を取るなり、皮肉たっぷりにセドリックがそう言う。

 一方、電話向こうの男は「申し訳ございません」と静かに謝った。


「……会長。至急、ホテルのロイヤルスイート201号室までお出でいただけますでしょうか」


 クラウスの声は普段よりも低く、固かった。

 電話が来た時点では変だとは思っていたものの、セドリックもこの妙な異変から相当の事態を悟った。

 この男が取り乱すことなど、まずないのである。


「何があった?」


 落ち着いた声で尋ね、カモミールティーを一口飲む。

 すると、電話の向こうからわずかに間をおいて、答えが返ってきた。


「お客様のひとりが……お亡くなりになられました」


 カップを持つ指が、かすかに揺れた。

 だが、まだセドリックの表情は変わらない。


「事故か?」

「いえ…。まだ分かりません。ただ、もしかしたら自殺ではないかと」

「自殺?一体、どこの誰が、我がローズウッドのロイヤルスイートで死ぬと?」


 あそこは天国だぞ、とやや拗ねたようにセドリックが唸り、小さくため息をこぼす。


「…それで、誰が死んだ?」


 その問いに、一瞬クラウスが身を震わせたように感じる。

 それでも黙って待っていると、しばらく後に観念したように彼が答えた。


「アルベール様です。ニック・アルベール。……会長のお友達の」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ニック・アルベール。人間種(ヒューマン)の男性、52歳。革製品の有名ブランドの社長で、この部屋には昨日の夜8時にチェックインしています。

 ホテルの常連だったらしく、モーニングコールに出なかったことを不審に思った従業員が確認しに来たところ、遺体を発見したとのことです」


 部下からそのような報告を受け、女警部ヘレン・キースは小さく頷くと、改めて目の前の中年男の遺体を観察した。


 彼の顔はなんとも苦しそうで、ベッド脇にある電話の置かれたサイドテーブルに寄りかかるようにして床に座っていた。

 その胸には1つの銃痕があり、垂れた血で天使の羽のように真っ白なローブが台無しになっている。

 よく見ると、その穴付近のローブには黒い粉のようなものーーー恐らく発砲時の火薬であろうーーーが付着しているため、至近距離から弾を撃ったことは間違いなさそうだ。

 なにより彼の右手には護身用サイズの9mm拳銃が握られているし、状況的にはその拳銃から放たれた一発が、この男から命を奪ったと思われた。


「自殺ですかね?」


 先ほどの部下がヘレンの後ろから呟く。

 しかし、彼女は首を横に振った。


「アンタ、もし死ぬとしたら、わざわざ胸なんか撃つ?頭に1発入れて終わりたいでしょう」


 ”魔女”の異名を持つ彼女の威圧感は、伊達ではない。

 初老の上司から鋭く睨まれ、部下は恐縮したように後ろへ下がった。

 すると、それと入れ替わるようにして、今度は緑色の鱗を持った蜥蜴人(リザードマン)が現れた。

 

 彼は仕立ての良いスーツに身を包み、中折れハットを頭に乗せ、上質そうな紫檀(ローズウッド)のステッキまで持っていた。

 その恰好から、名前を聞かずとも誰だか分かる。


 このローズウッドホテルを所有する巨大企業【ウィンザーム・グループ】の会長であり、数々の怪しい噂が囁かれるセドリック・ウィンザームである。


「やぁ、マダム。ごきげんよう」


 目の前に遺体があるというのに、元気そうな挨拶。

 単純にこういった現場に慣れているのではと思わせるくらい、彼は落ち着いて見えた。


「支配人から話は聞いたよ。我がホテルでこのようなことになるとは、実に遺憾だ。何か協力できることがあったら、遠慮なく言ってくれたまえ」


 もはや名乗る気もないらしい。

 自らを知っていて当然といいたげな高慢な態度に、ヘレンは苦笑するしかなかった。


「こんにちは、ウィンザームさん。この事件を担当するヘレン・キースです」

「よろしく、マダム・キース。それで?我が友人が自殺したというのは、本当なのかな?」

「あら。アルベール氏とお知り合いで?」

「ああ。良きゴルフ仲間だったよ。つるつるハリネズミをぼさぼさフラミンゴで打つほうのね。で、彼は自殺したのかね?」


 その問いにヘレンは肩をすくめてみせた。

 蜥蜴人の会長は「ふぅむ」と小さく唸ると、向こうにある友人の遺体にちらりと視線をやり、静かにため息をついた。


「彼が自殺したとは考えられない。確かに最近は『会社がゴタゴタしていて心配で、もう胸が張り裂けそうだ』なんて言っていたが、本当に胸を撃ちぬくような肝っ玉の小さい男ではない。

 むしろ、恨みで殺されたと言われたほうが、私は納得できるね」

「なるほど。では、最近、特に彼を恨んでいた人はいますか?」

「いるさ!何百人とね。彼はライバルを蹴落とし、這い上がってきた男だぞ?恨みの規模を、そんじょそこらのチンピラと一緒にされては困る」


 ふんと鼻を鳴らし、セドリックがステッキの尻で床を叩く。


「ともかく、彼が自殺したなんておかしな話だ。だが、そうなると、我がホテルで殺人などという度し難い事態が発生したことになってしまう。それは、いただけない。 

 マダムの負担を増やして申し訳ないが、この件は早々に解決していただきたい。他のどんな事件よりも」

「ええ、もちろん。こちらも、できる限りのことはします」


 その時、ヘレンが言い終わらないうちに、蜥蜴人(リザードマン)特有のシューっというような舌打ちが聞こえた。

 案の定、目の前ではセドリックが爛々と目を輝かせており、不機嫌そうに牙を見せている。

 反射的に後ずさって身構えた刑事に対し、男は威嚇するように言った。


「『できる限り』などという、気休めの言葉を言うんじゃない。この部屋は、君たちの月給よりも高いんだぞ?数日使えないだけで、いったいどれ程の損失が出ると思っている。君にその分が払えるとでも?」

「いえ、そういうことでは……」

「言い訳はいい。とっとと、この不愉快な事件を解決してくれ。ーーーーでは、ごきげんよう」


 言うなり、セドリックは帽子をちょっと上げて会釈し、ヘレンの返事を待たずにそのまま退室してしまった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 その日、烏丸仁カラスマ・ジンが仕事先のローズウッドホテルへ出勤すると、その玄関前には警察の車が何台か止まっていた。

 空気がどんよりと重々しいのは、この春の長雨のせいだけではあるまい。


 一体何事かと思いつつ、彼がホテルのスタッフルームへ行くと、そこにいた従業員たちーーーー仲良し3人組のクロエ、ディアナ、レイモンドであるーーーが一斉にこちらを向いて駆け寄ってきた。


「ジン!大変なのよ…!」


 いつもは勝気な豹人(パンサード)のクロエが、金の目から涙を流しながら、ロイヤルスイート201号室で起こった惨状について訴えてくる。

 簡単に言うと、金持ちの常連客が死んでしまい、友人かつ太客だった男の悲報に会長もご立腹だということらしい。


「今、支配人が刑事と話してるけど、この後は昨日のVIP対応のシフトに入っていた私たちの番だわ。彼を見つけたのは私だし…。それに会長は怒って洗濯室にこもっちゃってるの。ねぇ、どうしたら良いと思う?」


 上目遣いで見てくるのは、もはや彼女のクセなのだろう。

 烏丸は内心で少し面倒に思い、頭を掻いた。


「どうって言われてもな…。まぁ、刑事たちには素直に話せばいい。俺には俺の仕事があるから、洗濯室から出て行ってもらえるよう会長を説得してくる」


 烏丸の物言いにギョッとしたように3人が顔を見合わせる。


「危ないわ、ジンさん。会長、ホテルの名前に傷がついたって今にも噛みつきそうな勢いよ。もう少し待ってみてはどうかしら」


 いかにも妖精族(フェアリー)っぽいディアナの提案に、慎重派のレイモンドも頷く。


「ジンさん。俺たちみたいな人間族(ヒューマン)が、会長みたいな蜥蜴人(リザードマン)に噛みつかれたら終わりですよ。あと10分もすれば出てくるでしょうし、ここで一緒に待ってましょうよ」

「そうしたいのは山々だけどな。昨日の分も残ってるし、時間がねぇんだ」


 そわそわして落ち着きのない三人に淡々と手を振り、スタッフルームを出て西に向かう。

 そうして急ぎ足で洗濯室へ着いた途端、烏丸は不機嫌そうな男の顔を拝むことになった。


「誰だね?君は」


 パイプを蒸しながら、セドリックがぎろりと睨んでくる。

 まるで、すぐに出て行けと言わんばかりだ。


「……会長さん、悪ぃけど、仕事をさせちゃくんねぇか」

「?ああ、君はここの洗濯係なのか。いいとも。せいぜい頑張ってくれたまえ」


 嫌味な言い方だが、この会長が不思議と洗濯係や掃除係に優しいことは有名である。普段は決して許さないが、なぜか彼らに対してだけは、タメ口も許してくれるのだ。

 故に烏丸も変に突っかかったりせず、「そりゃどうも」と会長の横を抜けて仕事を始めた。



 暫く2人の間に会話はなかった。

 セドリックは相変わらずパイプを蒸しながら何かぶつぶつと呟いていたし、烏丸は彼に背を向けたまま黙々と作業をこなしていたからである。


「なぁ、君」


 数分後、セドリックが不意に声を掛けてくる。


「君は今回の件、どう思う?ニックが自殺じゃないとなると、誰に殺されたと思うかね?」

「なに?」

「だから、今日ロイヤルスイートであったことだよ。まさか知らないのか?」

「ああ、そのことか。……別に、俺は意見なんかねぇよ。現場を見たわけでもねぇし」

 

 烏丸が後ろを振り返らずに肩をすくめる。

 セドリックは呆れたように手を広げ、わざとらしく大きなため息をついた。


「あぁ、まったく!それでは壁打ちができんだろう。

 いいか?我が友ニックが今朝、ロイヤルスイートで死んでいたのだ。胸を1発撃ち抜かれてな。さっき鑑識とやらに聞いた話だと、昨日の夜2時には死んでいたらしい。

 ぱっと見、手には拳銃を持っていたし自殺にも見えるのだが、奴はそんなタマではない。だが、そうなると犯人がわからんのだよ。

 なぜなら、このホテルのVIPルームに行くには、通常の入り口とは違う”特別な入口”から入らねばならん。そして、そこには門番兼用心棒たちが24時間365日立っていて、彼らの目の前でVIP用カードを見せる必要があるからだ」

「つまり、部外者の犯行とは思えないってことか?」

「そういうことだ!話が早くて助かる」


 綺麗なフィンガースナップの音が部屋に響き、しなやかな尾が揺れて部屋にこもっていた水蒸気を掻き回す。


「部外者でないとすると、考えたくはないが、内部の犯行ということになる。だが、一体誰がそんなことをする?彼を殺したところで何の得が?そもそも彼はここの常連で、今回のことはホテルにとって大きな損失だ。下手をすれば、自分の職を失いかねんのだぞ。いや、むしろそれが狙いだとすると、本命は私か…?」


 どうやら会長は思考の迷路にハマるのが好きらしい。

 だんだんと声が小さくなり、壁打ちの存在をすっかり忘れて独り言を量産するセドリックに対し、烏丸は少ししてから口を挟んだ。


「なぁ、会長さんよ。今回死んじまったニックって客は、どんなヤツだったんだ?」

「ニックか?彼は実に優秀な経営者だったよ。それに彼の革製品は”星々を宿す”と言われるほどの美しい光沢があるんだ。私も彼の会社の靴を愛用している」

「成る程。なら、性格はどうだ?人望の厚いヤツだったか?」

「ある意味では。ビジネス上、姑息な手を使うこともあって恨まれることも相当だったが、経営者として彼を崇めている者も少なくない。

 まぁ、最近は会社でトラブルがあったのか少し疲れているように見えたがね。それもあって、彼をホテルへ招待したのだ」


 それがこれだよ、とセドリックがまた大げさに手を広げてみせる。

 きっと、この芝居掛かったジェスチャーは彼のトレードマークなのだろうと思いつつ、烏丸は暫し腕組みして自分でも事件について考えてみた。

 しかし、20秒もしないうちに、その思考はセドリックのよく通る声に邪魔された。


「なぁ、君。君は事件があったというのに随分と冷静だね。それに、どこかさっきの刑事さんと似ている雰囲気がある」


 さすがはウィンザームグループの会長。人を見る目は確かなようだ。

 烏丸は腰に手を当て、口の端を少しばかり上げた。


「ああ。そりゃあ、俺が前に刑事やってたからだろ」

「なに?刑事だったのか」

「ああ。とはいえ、もう三年も前の話だ。この地区を担当しててな」

「ほほぅ。ちなみに、何年勤めていた?」

「あー……。ざっと12年ってとこだ」

「素晴らしい!」


 セドリックはぶわっとパイプからは紫煙を吐き出すと、椅子から立ち上がって烏丸の目の前に立った。

 烏丸自身、180㎝くらいの身長はあるのだが、やはり蜥蜴人(リザードマン)のセドリックはそれよりも大きく、丁度頭一つ分ほど違った。

 そういうわけで、不本意にも会長を見上げるかたちとなり、烏丸もつい嫌そうな顔で彼を見上げてしまう。

 しかし、興奮したようなセドリックはそれに気付いていないらしく、鼻息を少し荒くして言った。


「君。今から事務補佐員として私と一緒に来なさい。事件を解決するぞ」

「あぁ…?何言ってんだ、アンタ。もう警察も来てるし、任せとけよ」

「いいや、ならん。あの刑事さんには悪いが、これは我が会社にとって一大事。早く解決しなければ、社名に傷が付く」

「おいおい…。死んだのはアンタの友達なんだろ?もっとこう……弔い合戦的な感じじゃねぇのか?」

「もちろん、それもある。しかし、死んだ者より生きている者のほうが大事だろう?我が社の数千の従業員たちを路頭に迷わせるわけにはいかんからな。悠長に警察の捜査を待っている気はない。

 さぁ、とっとと来たまえ。まずは当日ホテルにいたスタッフたちに話を聞いて回るぞ」


 言うだけ言って踵を返し、意気揚々と会長が部屋を後にする。

 残された烏丸はどうしたものかと頭を掻いて悩んだが、開けっ放しの扉から「早く来い」とセドリックが顔をのぞかせたため、渋々おろし立てのタオルで濡れた手を拭いて出口に向かったのだった。

主要人物まとめ

★セドリック・ウィンザーム

・緑色の鱗を持つ蜥蜴人リザードマンの男。四十代前半くらい

・高級ホテルやレストランを持つ巨大企業【ウィンザーム・グループ】会長

・高慢な性格

・なぜか洗濯係と掃除係には優しく、タメ口を許している


烏丸仁カラスマジン

人間族ヒューマンの男。30代ぎり前半

・高級ホテル【ザ・ローズウッド】の洗濯係

・元刑事で約12年ほど勤めた

・不愛想だが、情に厚い


★ヘレン・キース

人間族ヒューマンの女。40代後半くらい

・アングラの東区担当の警部で”魔女”の異名を持つ

・したたかな性格


ホテルの従業員たち

■クラウス・シュヴァルツ

半吸血鬼ハーフヴァンパイアの男

・ローズウッドの支配人

・忠義に篤く、合理主義者


■クロエ

豹人パンサードの女

・小悪魔的な性格


■ディアナ

妖精族フェアリーの女

・大人しく、平和主義的


■レイモンド

人間族ヒューマンの男

・慎重派だが、気さくな人物でもある

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