ep.2 俺の願いのせいだ、、、
「はぁぁぁぁ!?ここ何処だよぉぉぉぉ!?」
ただまぁ、正直覚悟は出来ていた。形式美的に叫んでみただけで。
俺が家に居る時にもう魔法陣なんて非日常の究極系のようなものを見たことや、家でちょくちょく異世界物のライトノベルを読んでいたせいでちょっと耐性がついていたというのもあるかもしれない。
更に言うと、あんな誰かがコケる事を前提とした悪戯が仕掛けられているとも思えなかったというのもある。ってか驚きのあまりいつものかすかすの声が若返って聞こえるわ。
刺激は人生にハリをもたらすってやつ?
いったん叫んで、少し冷静に考えると、
───もしかして、異世界に行きたいという俺の願いを叶える為に、転移させられたということなのだろうか。
なら、この状況は俺の願いのせいだ、、、
いや、状況的にもしかしても何もないのかもしれないが。
まあそれはそれとして、だ。異世界物を見てきたのはいいのだが、こんな状況にはあまり馴染みがない。
よくある展開だとこういうのって王城に召喚されて魔王の討伐を要請されたり、女神さま挟んで矢鱈強いスキルやら特性やらを貰ったりするもんな気がするが。いや、、、ちょっと古いか
しかしそれはそれとして何にも説明されずに即異世界に現着とは、なかなか趣深い!
、、、どうするんだよコレ。
俺はそんなしょうもない回想から意識を戻し、今の状況に向き合い始める。
説明なし、知らない場所、知らない人、知らない景色、そしてめちゃくちゃ周りに人がいる。コミュ力不足の引きこもり絶対殺すセットだな。麻雀だったら役満だぜ!そういえば麻雀なんて久しくやってないなぁ。そう、あれは俺が中学1年の頃のこと、、、
「あの、ヴィーゼ君?大丈夫かい?」
俺がまた回想に入りそうになっている所で、声があがった。その声はぁ───目の前の若い神父様から発せられたもののようだった。その酷く優しく、少し動揺している声は、少なくとも彼の見知った人間に贈られるもののようだった。目の前で叫び声をあげている人がいるというのにそれを超える何かが起こったというのだろうか?
改めて周りを見回してみる。それらしい反応をしている人は誰もいない。
というか、皆の視線を辿ると全員が俺を見ているではないか。
ますます状況が分からなくなってくる。まず誰だよヴィーゼ君。そんでなんで皆そんな見てくるの?え、怖い。もしかして叫んだら即打ち首の世界だったりする?
それとも、、、あぁ!
恒例の!服に文化の違いが表れすぎていて注目されるというやつか!
いやー、異世界転移もののお約束をまさか自分で体験することになるとはなぁ、、、ちょっと感動。
さて、本当に人に合わないのでまったく気にしていなく覚えてないが、今日はどんな服着てたかな?
まぁ服なんて着やすいジャージ位しか持ってなかったような気がするが。
自分の体を見てみると。
は?
体の全身を覆う白を基調にしたローブに黄色のラインが体の横に入った服を着ている。そう、イメージ的には聖職者とかが着ていそうな服になっていた。いくら自分の服装に興味がないとはいえこんな服を着ていなかったこと位は覚えている。
あれ、しかもなんか、何だろうか。なにか変だ。どう変なのかと言われるとちょっと表現し辛いが、若干視界から床までが遠い?
なるほど、身長が高くなったらしい。160㎝台しかなかったんで嬉しいぜ!
、、、なるほどじゃないんだが?急いで他の箇所も確認してみると、暫く切っていなく顎を覆っていた無精ひげはつるつるの若々しい肌に席を譲り渡し、伸び放題だった髪は自然な見た目に切り揃えられていて、更には栄養失調まっしぐらで瘦せた体は少し筋肉のついた健康的なものになっていた。
つまり、今までの情報を統合すると俺は異世界物の中でも"憑依"というタイプの転移をしたようだなぁ。
憑依とは簡単に言えば、異世界にいる人間の体を乗っ取って、そこに転移・転生者の人格をインストールするといった感じの方法だ。持ち主にはマジで申し訳ないが、今は使わせてもらう他ないだろう。
「えーと、聞こえてますか?ヴィーゼ君?」
先ほどの優しそうな神父様が再び声をかける。かなり長いこと考え事をしてしまった。せっかく心配してくれていたのに申し訳ないことを、、、。
状況から察するにこの体の元々の持ち主の名前がヴィーゼなのだろう。
まだまだ考えたいことはあるけど取り敢えず今は返答しなくては。
「えーと、ぁはい、大丈夫、、、ではないです、、、」
さっき叫んだ声とは裏腹のかっすかすの声が出た。
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「取り敢えず、ここで待っていてくれるかい?」
神父様に懺悔室?告解室?みたいな部屋に連れていかれる。
部屋の扉の向こうから殆ど途切れることなく不明瞭に聞こえていた神父さまの声が止む。一時間は経っただろうか。人を待っている時は時間が長く感じるもので実際には30分位しか経っていないのかもしれないが、、、さっきまで人を待たせて奴が言う事でも無いよな、、、あーほんとに俺ってなぁさっきはもう。
そんなことを考えていると、神父様が厚いカーテンに隔てられた向こう側の部屋に入ったようだ。
カーテンが開かれ、顔を突き合わせて向かい合う形になる。本来カーテンを開いて使われる事を想定していないのか、かなり狭い。
「大したものは無いけど、クッキーとミルクでもどうだい?」
微笑みと言って良いのか微妙な笑みを浮かべる彼のその手のおぼんには、形のよく、いい匂いのクッキーとミルクが置かれていた。
「とりあえず、君について質問してもいいかな?」
神父様が気まずそうに話しかけてくる。そりゃそうだ。突然知り合いが正気を失った事を言い始めたのだから、どう対処していののか困るに決まっている。
「はい、答えられるものならなんでも」
俺は、その仕事に出来るだけ冷静に努めようとした。
また、彼に迷惑をかける訳にはいかないということもある。ただ、それ以外にも、自分の平静を保つ為にもそれが必要だと考えたからでもある。
さっきは不安や混乱を思考し続ける事で塗り潰し、圧し潰すことが出来たが、人と話しながら別の事に思考を巡らせるなど器用なことを、暫く人と話していない俺が出来るはずがない。
少し落ち着いて来たとは言え、その状態でもしも一度パニックに陥れば、簡単には復帰できない気がしたからである。
「おっと、人に質問するのに自分の事を言わないのは失礼だね。僕の名前は、クリシア=スペルギアというよ。多分分かってると思うけど、この教会の神父をやらせて貰ってる。趣味は、お菓子集め。といっても集めるだけで食べるときは皆一緒に楽しみたい派だよ。宜しくね?」
神父様、、、スペルギアさんが軽く自己紹介を終え、彼は真っ直ぐ綺麗に整えられた茶髪を彼の頭と共に少し傾ける。
その顔は紛うことなき微笑みであった。
話す事も仕事内の聖職者は人の機微に敏感なのか、緊張をと読み取られ、気を遣われたようだ。彼の混じり気のない純粋な黒目には何もかもお見通しのようだった。
「、、、よろしくお願いします」
質問が直ぐにくるもんだと身構えてあんな覚悟を決めていたのにちょっと肩透かし。ただ、その気遣いは素直に嬉しかった。正直まともに喋れるかもわからないのだ。
その後、直ぐに彼の質問は始まった。
彼は微笑みを絶やさぬまま、質問を投げかける。
「じゃあまず、君はここが何処か分かるかい?」
「いや、全く」
「ええと、じゃあ自分の名前は?」
「少なくとも自分では草原颯人という名前であると認識しています。」
「ふむ、ヴィーゼではない、と。草原颯人、珍しい名前だね、、、あ、いや、別にバカにしてるとかじゃなくてね?」
短すぎる付き合いではあるが、お人好し感溢れる彼がそんな理由で言っていないことは分かっている。が、それだけ険しい顔をしていたということか。
「じゃあ、君は今の状況や自分について、何もわかっていないという認識で構わないかな?」
「はい、、、そうですね。」
正直、推測でしかない転生理由やこの世界の全容が掴めていない事を考えると、何も分かっていないと言って差し支えないだろう。
「、、、まぁそういうこともあるのかなぁ?」
彼は呟く。
「取り敢えず君も、、、颯人君と呼べば良いのかな?色々知りたいことがあるだろう?」
「今の状況について一通り説明しようか?」
俺は声を出さず頷くのみで応答する。
「じゃあまず一番大事なこれからの颯人君の行き先だ。それは僕の家、、、この教会の裏になるかな?」
「え?スペルギアさんの家、、、ですか?」
別にスペルギアさんが嫌だというわけではない。どちらかと言えば、この世界では今最も信頼できるのが彼なので嬉しい位だ。まぁそれ以外の人と話してないから当然だけどな!
とはいえ、おかしい所もある。この体の元の持ち主であるヴィーゼ君にだって、家族がいるはずだ。そこには行かないのだろうか。もし最終的に受け入れられないとしても、その決定をスペルギアさんが勝手にして良いものだろうか?
「ヴィーゼ君の両親の所にはいかないんですか?」
「あぁそういうね、君の、、、ヴィーゼ君の両親はすでに亡くなられているんだよ。少し前にあった魔物と魔人の襲撃でね?今、君の保護者は僕って事になってる。ヴィーゼ君のお父さんと僕は友達で、もし何かあったらヴィーゼを頼むと前から言われてたんだよ。君には関係のないことかもしれないがヴィーゼ君の両親は立派だったんだよ。武勲を立て、貴族になっても自ら前線に赴いていたんだ。」
彼は少し遠いな目をしながらそう教えてくれた。
俺がどう答えていいか迷っていると、
「ちょっと暗くなっちゃったかな?」
と、彼は微笑みを崩さない困り顔でそう言った。マジでいい人だな!この人!
「じゃあ次は、さっきまであそこで僕とかほかの子供達、そして君、ひいてはヴィーゼ君が何をしていたのかについて説明しようかな?君がここにいる理由にもつながるかもしれない。」
「はい、お願いします。」
「僕たちはさっきまで能力付与の儀を行っていたんだよ。まあ、僕が付与するわけじゃないんだけどね?この世界の神様からの贈り物さ。僕は神様を呼ぶだけなんだ。」
能力付与!なんて異世界的!それって俺ももらえたりするんだろうか。
この世界に来て初めてワクワクするイベント来たぜ!
「すいません!それって俺ももらえたりしますか!?」
声に興奮を乗せ、思ったことをまんま口にしていた。
「うーん、この能力って本来一人一つなんだけど───もし君がヴィーゼ君と完全に別人で、魂が別ものなら付与できるはずだよ?彼には能力付与をした瞬間、君に入れ替わったようだったから、もし君の魂が彼と同じであれば、申し訳ないけど、もう一度付けることは出来ないんだ。」
「この能力付与っていうのはね、その者の魂に指向性を持たせるというものなんだ。20歳になって、自我や精神性が整い始め、ある程度それらが強くなって来たら、神様がその魂に手を加え、その力を最大限に引き出す。すると、自分の中だけにとどまっていた力が外に出て来られる位に大きくなり、能力として発現するんだ。だから、付与なんて名前ついてるけど実際は増幅してるだけなんだよ?」
「ただ、注意しなくちゃいけない点もあって、この能力付与、話すと長くなるから結論から言うと、物凄いデメリットがついてくるんだ。それこそ、能力の使用をためらうレベルで。まあ、常時発動の能力もあるし、デメリットを逆手にとれるってこともあるんだけど。一応、このデメリットについても伝承があるんだけどそれはまた今度ね?」
「今は、能力が付与できるか試してみたいでしょ。颯人くん、君何歳だい?重要なのは肉体じゃなく、精神の年齢さ。何年その自我を持って生きてきたのかな?もし、20年以下だと、、、いや別に厳密に20である必要はないんだけど、精神性が固まっていないと能力も不完全なものになるかもしれないからね。」
スペルギアさんは、ロマンてものを分かってる!そりゃあ試してみたいぜ!
ただ、こんな引きこもりの精神性が固まっているのかに若干の不安はあるが、20はいっているし。何より、憧れは止まらないと深淵な感じの人も言ってたし。
「年齢もデメリットも大丈夫です!やらせてください!」
自分がここにいる理由を聞くつもりだったけど、それは後でいいッ!
「じゃ、行こうか?」
彼が懺悔室から出る。
俺も、少し早い足取りでついていく。
「異世界と言えばやっぱチートスキルだろ、、、!」
俺は目の前のスペルギアさんにも聞こえない小ささでそう呟いていた。