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アユリカ、思い悩む

アユリカは鍋をぐるぐるとかき混ぜる。


ぐるぐるぐるぐる。


鍋の中はお惣菜屋ポミエの“今日のオススメ”として販売する、“ニンニクの風味がたまらないマッシュポテト”だ。


湯掻いてマッシュしたじゃがいもを、ニンニクで風味付けしたミルクを加えながらひたすら練り上げる。


とろっともっちり、滑らかな食感になるように只々ひたすらに混ぜ続ける。

ニンニクを煮込んで旨みと香りを移したミルクを加える量は、その日に使用するじゃがいもの水分量で決める、味覚と感覚だけが頼りの料理なのだ。

(ポム小母さん談)


ニンニクミルクを加えながらアユリカは鍋の中をかき混ぜる。

ぐるぐるぐるぐる。

ぐるぐるぐるぐる。

思考も一緒にぐるぐるぐるぐる。


昨日、中央通りで見かけた、セィラの夫ラペル。

聖騎士の装束を身にまとったその腕には、若い女性を絡ませていた。


「……うーん……?」


あれは、一体どういうことなのだろう?

なぜラペルは、セィラではない女性と共にいたのだろう。

妻ではない女性と、普通では有り得ない距離で接していたのだろう。

つまり、それは……


「浮気、ってことかしら……?」


ぐるぐるぐるぐる。


もしそうだとしたのなら、あまりにセィラが気の毒すぎる。

まだ新婚なのに。

夫が自分を選んでくれて嬉しいと、あんなに幸せそうに微笑んでいたのに。


ぐるぐるぐるぐる。


思い悩んでいても、馴染んだ動作は勝手に手を動かしてくれる。

ニンニクミルクで練り上げたマッシュポテトに、塩コショウと粉チーズで味付けをして、仕上げにベーコンチップをトッピングすると、‘’本日のオススメ・ニンニクの風味がたまらないマッシュポテト”の出来上がりだ。


そうしてアユリカはテキパキと数々の惣菜やスィーツを作り、店内の掃除を終えたところで開店時間を迎えた。





「彼が浮気した」


「「えっ!?」」

と同時に声を上げたのはアユリカと店を訪れていたセィラだ。

セィラは今日は非番であるという。


そして交際している恋人が浮気したと告白して、力なく店内のテーブルに突っ伏しているのは、常連客のひとりイリナ・タッカー(二十三)だ。

彼女は腕の良いお針子で、街で人気のドレスメーカーに勤めている。

そんな彼女の恋人はペーター・ペインターという名で、イリナに養って貰いながら、売れない絵を気ままに描いて暮らす、ヒモと画家の二足の草鞋(わらじ)を履く男であるらしい。


「豪商のご息女のお見合いのためのドレスの追い込みで徹夜して、家に帰ってみればアトリエに女を連れ込んでいやがった……」


乱暴な物言いで突っ伏したままつぶやくイリナに、セィラが恐る恐る尋ねた。


「えっと……その……アトリエで何を……?」


「大量に転がる酒瓶と一緒に床に転がってた……」


「ね、眠っていたということ……?ちゃ、着衣はしていたの……?」


「服は着ていたわ」


その言葉を聞き、セィラは強ばっていた表情を緩めた。


「なら、ただ酔い潰れて寝てしまっていただけなんじゃない?」


「女の方は()()だったけどね」


「うっ……」


緩んだ表情がまたすぐに強ばるセィラ。

途端にイリナの泣き声が店内に響き渡る。


「絵を買いたいと寄ってきた女をアトリエに上げたんだってぇぇ!絵の話で盛り上がってるうちに酒でも呑みながら話そうってことになったまでは覚えているらしいのっ!でも次に気付いたら朝で女は真っ裸だし鬼の形相の私が仁王立ちしてるしで、あいつパニックになりやかってぇぇっ!!」


「で、でもっ……女の人が勝手に裸になっただけかもしれませんよ?酔って暑くなって脱いじゃったとか……」


未経験で知識も乏しいアユリカが懸命に知恵を振り絞ってイリナに言うと、


「使用済みの避妊具が落ちてた」


「「わ、わー…………」」


思わずまた声が重なったアユリカとセィラであった。


「あの野郎っ……絶対に許さないっ……絶対に別れてやるっ……!何が別れたくないよ!愛してるのはイリナだけだ、よ!一度きりの過ちを許してくれ、よ!死ね!クソが!もげろカス!」


その後もこの世に存在する悪態という悪態を()き続けるイリナだったが、途中からセィラがアユリカの耳をそっと塞いだので内容はわからなかった。

ようやく成人したばかりの、見るからに《《そういう方面》》に疎いアユリカを慮ってのことだろう。


そんな心優しいセィラの夫も浮気しているかもしれないなんて……。

アユリカの胸がぎゅっと苦しくなる。


セィラは知っているのだろうか。

自分の夫が他の女性と共に居たことを。


そのことをセィラに告げるべきなのかどうか、アユリカは迷っていた。


告げることにより、知ることによりセィラは必ず深く傷付く。

幸せそうに笑うセィラを見ただけに、その表情が今度は悲しみに変わることが何よりも辛いと感じた。


迷いに迷うアユリカであったが、その時店のドアベルが鳴る音が聞こえた。


心が千々に乱れるも、客が来たのであれば接客せねばならない。

アユリカが気を取り直して店の出入り口の方へと視線を向ける。


「い、いらっしゃいませー……えっ!?」


なんと店を訪れたのはセィラの夫ラペルと、昨日ラペルの腕に絡みついていた、あの女性であった。


「ラ、ラペルさんっ……」


アユリカは唖然としてラペルと隣に立つ女性の姿を見る。

そしてはっと我に返り、慌ててセィラの方へと視線を向けた。


だがセィラはというと、店に入ってきた夫に向かって笑顔を見せていた。


「ラペル。それにサーニャさんも」


「え?」


悠然と笑みを浮かべて二人を見るセィラに、アユリカは驚くばかりである。


「あ、あの……セィラさん、こちらの女性とは……お知り合い……?」


アユリカが遠慮がちにそう尋ねると、セィラはなんでもないことのように言う。


「ええそうよ。あ、紹介するわね。こちらはサーニャさん。(ラペル)の妹なの」


「い、妹……さん、……よ、良かったぁぁ……!」


「え?何が良かったの?」


妹であれば腕を組んで歩いていてもおかしくはない。と、思う。

きっと仲良しな兄と妹なのだろう。


セィラの夫の浮気疑惑が一気に晴れて、アユリカは安堵した。

心が一気に軽くなる。



だけどそれも、束の間のことであったのだが。


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