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恋心が打ち砕かれた日

だけどアユリカは初恋を諦めた。


長年抱き続けてきた想いを木っ端微塵に打ち砕かれ、諦めたのだ。



きっかけは偶然居合わせたカフェでハイゼルと聖騎士見習い仲間が話しているのを聞いてしまったことだ。


アユリカがひとりでこのカフェの季節限定カボチャのモンブランパフェを堪能していると、パーティションに隔てられた真後ろの席にハイゼルたちが偶然やって来たのだ。

彼らはどうやらコーヒーを飲みたくなってカフェに来店したらしい。


アユリカはハイゼルに声をかけようか迷った。

でも仲間といる時に声をかけるな近寄るなとキツく言われているため躊躇してしまう。

すると仲間のひとりがハイゼルに言った言葉が耳に届いた。


「んで?じつのところどうなんだ?八百屋の娘のミレニィちゃん、めちゃくちゃお前にアプローチしてるじゃん」


え?アプローチ?とアユリカが内心眉根を寄せるとハイゼルの声も聞こえてくる。


「どうもこうも興味ねぇな」


「なんで?あんな可愛い子。据え膳感もハンパねぇし、せっかくなんだからありがたく戴いたらいいじゃねぇか」


(据え膳?戴く?何か美味しい食事でも提供されたのかしら……?)

とアユリカが明後日の方向に首を傾げていると、ハイゼルが仲間に言った。


「バカを言え。俺たち聖騎士見習いは試験をクリアして聖女様に聖騎士の称号と剣を賜るまでは純潔でいるのが望ましいとされてるんだぞ」


「純潔って……男だぞ?しかもそんな古い風習、誰も守ってねぇよ」


仲間にそう言われ、ハイゼルは毅然とした物言いで答えた。


「古い慣習にはちゃんと意味があるものも多いんだ。俺は古の魔女の孫に育てて貰ったからな。そういったものを無視することはしない主義なんだ」


「のわりには女の子たちが寄ってきても拒否らないじゃないか」


「一緒に遊ぶくらいはするさ。いい匂いがするし」


「お前、その発言やばくないか?」


「普段、汗臭い野郎ばかりに囲まれてるんだそ?女の子がいい匂いだとくらい思って何が悪い」


「うわ開き直っちゃったよ。まぁわかるわかる。確かにみんな可愛くていい匂いだよな~」


(匂い……男の子が匂いに敏感なんて知らなかった……)

アユリカは思わず自分の匂いをクンカクンカと確かめる。

すると仲間のひとりがハイゼルに言った。


「可愛いっていえばあの子は?よくハイゼル(お前)に差し入れを持ってくるベージュの髪のあの子」


「……は?」


仲間の言葉にハイゼルの声色が急に低くなる。


(ハイゼルによく差し入れをするベージュの髪の女の子……?あ、私のこと?)


急に自分の話題を振られたことにアユリカはドキリとした。

盗み聞きなんていけないとわかっていても、ますます後ろの席に耳を傾けむけてしまう。


「あの子、可愛いよな~。でもなんでお前に差し入れなんか持ってくるんだ?もしかして恋人か?」


恋人、というワードにアユリカの心臓が更に跳ね上がる。

だけどハイゼルの声は相変わらず低い声のままで無常にもそれを否定した。


「アイツはそんなんじゃねぇよ。アイツは……妹みたいなもんだ。そんな家族が恋愛対象になるわけねぇだろ……」


(………………)


「へー、そうなんだ。じゃあ俺に紹介してくれよ」


「断る」


「断るの早っ……なんでだよ妹みたいなものなら別にいいじゃねぇか」


「アイツはやめておけ。見た目はアレでも中身はお母さんみたいだぞ?お前が遊んでる女たちとは毛色が違うんだよ」


「えー俺、守備範囲広いからOKなのに~」


「とにかく絶対にダメだ」


「ハイゼルくんのケチんぼ~。なんだよ自分はミレニィちゃんに頬チューしてもらったくせにぃ~」


「あんなのは事故も同じだ。向こうが無理やりしてきたんだ」


「なんて羨ましい事故なんだぁ~!」


「お前うるせぇよ」


誰かがそう言った途端、皆が大笑いをした。

その笑い声やその後も続く楽しそうな会話も、

アユリカには遠くで響いているように聞こえた。


そしていつの間にかコーヒーを飲み終えたであろうハイゼルたちが後ろの席から消えていた。

アユリカがぼんやりとしている間にコーヒーを飲み終えて店を出たのだろう。


アユリカものろのろと会計を済ませ、家に戻る。


そして自分の部屋のベッドに腰掛けながら、先程聞いた話を思い浮かべた。


家族のような存在。

それは良いとしよう。アユリカにとっても自分の家族はハイゼルとポム小母さんだけだと思っているから。

だけど妹とは……。

そして恋愛対象外だとハッキリと言われたのだ。

中身がお母さん(=オバサン)でオススメしないとも。


「……グスッ」


アユリカの瞳から涙が零れ落ちた。


だからハイゼルは近付くなと言ったんだ。

中身がオバサンの妹みたいな女を紹介したくなかったから。

仲間にオススメできない恥ずかしい存在だから。


アユリカはそう思うと辛くて辛くてたまらなかった。

それに……


「頬チューって……頬っぺにキスをされたってことでしょう……?」


あの女の子たちの中のひとり、誰が八百屋の娘のミレリィかは知らないけど、そのミレリィにハイゼルはキスされたのだ。

子どもの頃からずっと一緒にいたアユリカでさえキスなんてしたことがないのに。


「辛いっ……悔しいっ……これが嫉妬(ジェラシー)……?でも何が辛いって、嫉妬さえも私の一方通行だということよっ……ウウ……グスッ」


アユリカは泣いた。

今日聞いたことの半分は薄々わかっていたことだ。

ハイゼルの心には自分はいない。

それでももしかしたらいつかはと諦めきれずにいた恋心。

でも、妹オバサンと思われていたのなら、そんなの希望を持つだけ無駄じゃないか。

そう思うと悲しくて悲しくて、アユリカは涙を流し続けた。


泣き過ぎて目が腫れて、それを見たポム小母さんが驚いていたが、それでも余計なことは何も言わずに黙ってアユリカの目を冷やしてくれたのだった。



そしてアユリカはある決意をする。


もう一度だけ、最後にもう一度だけハイゼルに想いを告げて、そして……







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