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アユリカ、もの申す

「アユリカちゃんお願い。一晩泊めてくれない?」


妹の言いなりである夫との夫婦生活に希望が見い出せなくなったセィラ。

彼女は家を飛び出してすぐに運良く目の前の停車場に停まった辻馬車に飛び乗り、そのまま惣菜屋ポミエに駆け込んだ。


すぐに馬車で移動したので、(ラペル)が追いかけて来たのかはわからない。

追って来たのかもしれないし、可愛い妹に引き止められて追わなかったのかもしれない。

でももうどうでもいい、セィラはそう思った。


あのまま、あの家に居たのでは胎教によくない。

夫が当てにならないのなら、お腹の子は自分で守らねばならない。

そしてとりあえずの避難場所として、セィラはポミエを頼ったのであった。


「セィラさん?ど、どうしたんですっ?」


疲弊した表情で店を訪れたセィラに驚いたアユリカがそう尋ねた。

着の身着のまま。いや産院から戻ってすぐに家を飛び出したのだがら、財布と母子手帳の入った(バッグ)は手にしているが、顔を見れば何かがあってここに来たのは一目瞭然だろう。


「無神経な夫と義妹にもう我慢出来なくて、家を出て来たの……」


静かに怒りを(たぎ)らせるも、それとは裏腹に力ない声しか出ないセィラの側にアユリカが駆け寄る。


「と、とにかく座ってください。大丈夫ですか?顔色が悪いですよ……?」


労りながら椅子に座らせるアユリカに、セィラは話し続ける。


「わかっているの……あそこまで助長させた責任は私にもあるという事は……第三者(イリナさん)に言われるまで、違和感を感じながらも義妹の行動がおかしいなんてわからなかったんですもの……コルト家のみんながそうだったし、長く病気だったサーニャさんを気遣うべきだと思い込んでいたから……」


「セィラさんは何も悪くありませんよ。あぁ……こんなに体を冷やしてっ……お腹が張ったりしてませんか?待っててくださいね、今温かい飲み物を持って来ますからっ」


アユリカはそう言って自分が着ていたカーディガンをセィラの膝に掛けた。

そして慌てて店のキッチンに行き、ホットジンジャーレモネード(レモン果汁に蜂蜜と生姜の絞り汁を入れ、お湯で割ったもの)を作ってセィラに渡す。

そのカップを受け取りながらもセィラは話し続けた。


「ごめんね、迷惑をかけて……無意識に飛び乗った辻馬車が図書館とポミエの方面行きだったの……でも職場の同僚には何となく頼れないし、そうしたらアユリカちゃんの顔が浮かんで……」


セィラの言葉にアユリカはふるふると頭を振る。


「迷惑だなんてそんな。私を頼ってくれて嬉しいです。一晩と言わず、落ち着くまでウチに居てください」


「ありがとう……でもいつ落ち着けるのかわからないから、とりあえず実家に戻るわ。今日はもう実家方面への長距離移動馬車の便は出てしまっているから、明日まで居させてくれたらいいの」


身重(みおも)の体で長距離移動だなんてっ……一体何があったんですか?」


アユリカはセィラにそう尋ねた。

普段は穏やかで我慢強いセィラがこんなになるなんてよほどの事だ。

セィラはジンジャーレモネードを飲みながら家を飛び出すことになった経緯(いきさつ)を話してくれた。


全てを聞き終わりアユリカは唖然とし、そして憤慨する。


「そ、そんなバカな話がありますか!ラペルさんもサーニャさんも何を考えてるんですか!」


「私のために怒ってくれてありがとう……。もう私もどうしていいのかわからなくなっちゃって……」


「当然ですよ!肝心な旦那さまがそんな調子じゃお先真っ暗ですもん!」


「ふふ……お先真っ暗だなんて、若いのに古風な言い回しをするのね」


力なく笑うセィラにアユリカは答える。


「古風なんですか?育ての親の小母さんがよく言っていたから何とも思っていませんでした」


多分ハイゼルもそうとは知らずに使っているんだろうなとアユリカは思った。


その時、慌ただしく店のドアが開く音がする。

何事かとアユリカが視線を向けると、そこには息を切らしたラペル立っていた。


「ラペルさん……」


ラペルは一瞬アユリカに視線を向けたものの、すぐに店内を見渡した。

そして椅子に座るセィラを見つけ、必死な形相で駆け寄った。


「セィラッ……やっぱりここに居たのか……!こっちのエリアに行く辻馬車に乗ったのを見たから職場である図書館に行ったのかと思って探しに行ったんだ。そしたら来ていないというしっ……ならば最近仲良くしているという惣菜屋(ここ)かと思って来てみたら……良かった、正解だった……!」


セィラを見つけ、安堵の表情を浮かべながらラペルは袖口で汗を拭う。

なんと辻馬車を追って走ったそうだ。


対するセィラはラペルを見るなり表情を堅くして目を合わさず顔を背けた。

ラペルは妻の前に見を屈め、その顔を覗き込む。


「どうしていきなり怒って家を飛び出したんだっ……俺がどれほど心配したか……」


「その理由がわからない貴方とはもう一緒に居られないと思ったのよ。それよりいいの?大切な妹を放り出して来て」


「そう思うなら早く帰ろう」


「私が帰るのは実家よ。もうあの家には戻らないわ」


「何を拗ねてるんだ?本当に意味がわからないんだけど……俺が悪かったのなら謝るから、一緒に帰ろう」


「何が悪いのかわかっていない人に謝られても余計に腹が立つだけよ」


「ならどうしろというんだよ。お願いだから機嫌を直してくれ……」


「……」


セィラの心情を理解しようとせず、ラペルはただセィラを宥めようとだけする。

それでは何を言ってもセィラの心は堅く閉ざされたまま、堂々巡りだろう。

そう思ったアユリカが、ラペルに言う。


「ラペルさん……部外者の私がご家族の事に口を挟むのはどうかとは思うんですが……この際だから言わせてもらいますね。妹さん、サーニャさんの行動は行き過ぎだと思います」


そう言ったアユリカに、ラペルは怪訝そうな表情を向ける。


「サーニャの?……行動が……?」


「はい。いくら兄の家だからって、新婚家庭に頻繁に押し掛けて居座るなんて非常識ですよ」


「非常識だなんてそんな……あの子は長患いからようやく解放されて自由に動けることを素直に喜んでだな……」


「素直に喜ぶのは勝手ですが、相手に迷惑をかけていいという事ではないと思います」


「兄が妹のする事を迷惑だなんて思うわけがないだろう」


「あなたはそうでしょう。でもセィラさんはどうなんです?」


「セィラはサーニャを実の妹のように可愛がってくれている。サーニャが迷惑に思うはずがない」


「そこですよ。それを当然と思い込み、セィラさんの本当の気持ちを理解しようとしない。それなんですよ」


「へ?は?」


店内にラペルの素っ頓狂な声が響いた。

ランチタイムの駆け込み時から時間がズレていて本当に良かったと思いながらアユリカは話し続ける。


「そりゃ旦那さんの妹ですもの、優しいセィラさんなら小姑だとか思わずに分け隔てなく大切にするでしょう。彼女は多少の我儘も許容できる大人の女性ですしね」


「そうだ」


「そうだ、じゃないですよ。許容するにも限度があるんです」


「へ?」


アユリカの言葉を肯定したラペルを、アユリカが即座に否定すると、再び彼の素っ頓狂な声が店内に響く。

セィラは頑なにラペルから顔を背け、黙ってアユリカとラペルの話を聞いていた。


「一週間以上の滞在を月に二度も。月の半分をサーニャさんはお宅に居座ってるんですよ?いくら実兄の家とはいえ有り得えません。あの家はご夫婦の家であって、ラペルさんとサーニャさんだけの家ではないのです。そして挙げ句の果てにセィラさんを夫婦の寝室から追い出し、まだ結婚して一年足らずの他人だと言ったそうですね。……失礼ですがサーニャさんて成人されていて確か私より二歳年上だと聞いておりますが……大丈夫ですか?彼女、精神はまだ初等学校止まりですよね」


「ひ、人の妹を初等学校に通う学童扱いをするなんてっ」


「人の気持ちを慮ることなく言いたい事だけを口にしてやりたいように行動するのは、まだ分別のつかない幼い子どもと一緒でしょう。いえ、初等学校の学童の方がまだ余程しっかりしています」


「キミ!し、失礼だぞっ……!」


「妹に対して言われた言葉は失礼だと思うのに、その妹がセィラさんに向けて発した言葉には失礼だとは思わなかったんですかっ?だいたい寝室を分けてくれって、セィラさんがあなたに言ったんですか?そう頼んだんですか?」


「それを言い出し憎いだろうからってサーニャがっ……」


「どうしてサーニャさんの言葉を鵜呑みする前にセィラさんに確認くらいしないんです?夫婦でしょう?」


「うっ……そ、それはっ……」


「つまりはそういうことです。あなたはセィラさんの言葉よりもサーニャさんの言葉の方に重きを置いてるんですよ」


今までラペルに対して思うところがあった分、一度口にすれば次から次へと言葉が出てくる。

だけどアユリカは遠慮する気にはなれなかった。

こうなったらとことん言ってやる。


「ラペルさん、あなたが大切に思うのはどちらなんです?セィラさんですか?それともサーニャさん?」


「つ、妻と妹に優劣を付けられるわけがないたろう!」


ラペルが声を荒らげるも、アユリカは怯むことなく尚も告げる。


「でもラペルさん、あなたは無意識に優劣を付けていると思います。優はサーニャさんで劣はセィラさんだと、傍から見てもわかるくらいには」


「そんなはずはない!出鱈目を言うなっ!!部外者のくせにっ!!」


とうとうラペルの怒声が店内に響いた。

成人男性の、しかも鍛え抜かれた体の聖騎士の怒声だ。


「っ……」


その大きな声に肩がびくっ跳ね上がり一瞬怯みそうになるが、それでもアユリカはセィラのためだと足を踏ん張った。


しかしその時、店のドアが開く音と同時に声が聞こえた。


「なんだ今の怒声はっ!?アユっ大丈夫かっ!?」


アユリカは店の出入り口に視線を向ける。


「ハイゼル……!」


ラペルの荒らげた声が店の外にまで響いていたらしく、それを聞いたハイゼルが血相を変えて店に入って来たのであった。




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