臆病者の聖騎士見習い(ハイゼルside)③
「アユリカにも言ったんだよ。あんた達は一度離れた方がいいってね」
「どうしてそんな……」
「アユリカも盲目的にあんたへの想いを抱き過ぎて冷静じゃなかった。叶わない恋への焦燥もあり変に拗らせていたからね。あんたはあんたでそんなアユリカに対してどうしていいの分からなくなっていた……だから一度すっぱり関係を絶って、互いを見つめ直してみればいいのさ」
「関係を絶つだなんて……俺は……」
「アユリカは前向きに賛成したよ?だからこの家を出て行った」
「うぐっ」
「それに!あんた、聖騎士になりたくて予科練に入学したんだろ?それなのになんだい、悪い友達と連んで。そいつらと一緒になって女の子にチヤホヤされて、浮かれてんじゃないよっ」
「うっ……面目ないっ……」
「まぁね。十代の男の子に、一切の煩悩を持つなとか酷な…というか無理なことは言わないよ?でもあんた、最短で聖騎士になる!って宣言してこの家を出たよね?」
「煩悩って!寄ってくる女共にそんな目を向けたことは一度もねぇよ!ただ、汗臭い野郎連中よりマシだと思った程度だし、それに鍛錬も勉強も怠ったことは一度もねぇ!必ず最年少で聖騎士の称号を得る!」
「なら今はアユリカのお尻を追いかけずに精進に邁進しな!」
「ア、ア、アユの尻って……な、なんて破廉恥なことを言うんだっ!」
「真っ赤になってんじゃないよこの青二才がっ!」
「ポム小母さんが変なことを言うからだろっ!」
「古典的な言い回しをスケベに捉えたのはあんただろうっ、初心なのかスケベなのかどっちなんだいっ」
「どっちもだよっ!!」
最後の方はいつもの親子喧嘩のようになった二人。
そして終ぞ、ポム小母さんはハイゼルにアユリカの居場所を教えることはなかった。
聖騎士の称号を賜ったら、その祝いとして教えてやる。と約束をして。
そしてその日からハイゼルはこれまで以上に努力した。
以前はランチ休憩だけは息抜きとして学校敷地外で遊んだりしたのだが、それもキッパリやめて自習時間に充てた。
仲間たちからは付き合いが悪くなったと非難されたが、それで離れていくなら別にいいとハイゼルは思った。
もともとランチ前の選択授業が同じ者同士で、そのままの流れで連るんでいただけだ。
結果、それでも変わらずに接してくれる仲間だけがハイゼルの側に残ったのだった。
ポム小母さんとの約束を果たし、一日でも早くアユリカに謝りたいハイゼル。
それにアユリカのことが心配でたまらなかった。
ひとり暮らしで苦労をしてはいまいか、変な男に言い寄られてはいまいかと、毎日毎日気を揉んでいたのである。
それに耐えられず、何度もポム小母さんに移住先を教えてくれと頼み込むも「しつこい」「ウザい」と一蹴される始末であった。
「うぉぉっ!!くそぉぉっーー!!」
ハイゼルはその悔しさをバネにより一層、鍛錬に励んだ。
そしてその結果……
ハイゼルは聖騎士資格取得可能年齢である十八歳になった途端に試験に挑み、見事合格したのであった。
聖騎士の称号授与式にはポム小母さんが出席してくれた。
育ての親である彼女の前で、大司教に称号を与えられ、そして当代の聖女(御年六十三歳)に聖剣を賜った。
ポム小母さんの……満足そうで、どこか安堵したような柔らかな笑顔を見た時、ハイゼルはようやく聖騎士になれた実感が沸いたのだ。
そして、どうしようもなくアユリカに会いたいと思った。
聖騎士になったこの姿を、アユリカにも見てほしいと心から思ったのだった。
「おめでとうハイゼル。よく頑張ったね。……もうハイゼル坊やとは呼べないね。……約束だ。アユリカの居場所を教えるよ」
「ポム小母さん……ありがとう……」
ポム小母さんになら、一生坊や扱いされても構わない。
許されるなら、母と呼びたいという思いもある。
今までの感謝と込めてハイゼルがそう告げると、ポム小母さんは目元をくしゃくしゃにして「やだよこの子は!泣かせないでおくれ!」といってハイゼルの背中をバンバン叩く。
だがその目元にキラリと光る美しい涙が浮かんでいたことを、きっと一生忘れないだろうとハイゼルは思った。
教えて貰ったアユリカの住まいは、奇しくも大陸国教会の副司教が在する地方都市であった。
その年の聖騎士資格取得試験の首席合格者には、配属先を自ら選べるという褒美がある。
その資格を得たハイゼルは、迷わずその地方都市を希望したのであった。
一年と少し。
アユリカと再会し、まずはこれまでの行いを謝る。
すぐには許してもらえなくても、何度も何度も誤り続ける覚悟だ。
そうしてアユリカの働く店に行き再会を果たしたわけなのだが……。
予想以上に大人びて、予想以上に気持ちを切り替えていたアユリカに、予想以上にショックを受けるハイゼルであった。