第8話 オープニング
「私、やはり、こちら側の僧侶[ビショップ]を使うことにしました。」
そう言って、彼女は僧侶[ビショップ]の駒を手に取る。
「よく観察しましたら、やはり、使えそうです。」
「・・・使うのはいいが、、、、飲み込まれるなよ?」
「まあ。ご心配ありがとう。それで、この駒を、ボードの隅々まで動かします。
キングは、、、、3年前、悪手を打ちましたので、この戦略は有効です。」
「・・・ああ、あれか?ひどかったな。」
「ええ、、、、力と恐怖だけでは、駒は動かせませんよね?
隅々まで動かしながら、全ての歩兵[ポーン]を取り込みます。」
「対するキングは、、、ホントにでかいんだぞ?大丈夫か?」
「・・・・わかりません。わかりませんが、、、キングは僧侶[ビショップ]の駒を、、、油断?いえ、言い方が違いますか?」
「油断も何も、、、、視野にも入れていないんだろう?」
「・・・・そうですねえ、、、、邪魔なら、消されるだけですねえ。」
「・・・・少しでも、不利にならないように、な?慎重に、、、、」
彼女の揃えた駒は、僧侶[ビショップ]を守るように歩兵[ポーン]が揃えられている。
駒を並べなおして、俺を見上げる。
「お前そう言えば、、、、俺を一度、諦めたな?」
「ん?」
「合理性を考えて、義妹と結婚させようと思っただろう?」
「・・・・そっ、、、、」
「ペナルティ、1回。覚えてろ。」
「・・・・・はい、、、」
さっきまで寝ころんでゲームをしていたが、正座して、反省しているようだ。
まあ、、、いいか。貸し1個。
「じゃあ、俺のターンね。」
「うん、うん。」
「今、こんな感じ。こいつが、、、相手のキングにすり寄っているから、こう来る。」
「ああ、そうね。」
「で、最終的にはこうなる。みんなで囲んで、、、チェック。」
「・・・・過程は省略なの??」
「・・・・・ここに本物のクイーンが現れて、チェックメイト。」
「・・・・・早くない?」
「・・・早くない。あと、1年半もある。」
ローラの手を取って、引き寄せて二人で寝転がる。
駒が、パラパラとベットから落ちる。
「・・・2年ねえ、、、当初の予定通り、ジュリのお屋敷に2年潜伏するよりは、私的には楽しいわ。うふふっ、、、、」
「農作業は?きつくないのか?」
「楽しいわよ?勉強になるわ。この国は、本当に貧富の差が激しすぎるから。貧しい農民とか、、、地方なんかどうでもいいと思ってるのねえ、、、、征服するだけ征服して。お隣の村は、廃村になってるわ。みんな似たり寄ったり。もったいないわ。」
「・・・・・」
「お兄さんは《《あれ》》だけど、弟さんはいい人よ?ちゃんと、農業政策に理解があるし、なにより、他の人の話を聞こうという姿勢があるわ。」
「気を付けろよ。」
ぎゅっと抱きしめると、くすくす笑いが聞こえる。
「ジュリもね。」
*****
一応、調べてはみた。
この国、ドエル帝国の言葉を流暢に話し、文章も完璧。
ヴォーレ国の農業事情にも詳しい。こげ茶色の髪ときれいな青色の瞳を持った娘、、、
・・・・ヴォーレ国の修道院からか?近くの杣道からか?いづれにしろ、ヴォーレ国の者だろう、と、見当は付いた。何しに来た?該当するような貴族の娘はいなかった。
・・・・まあ、普段は近くの農家に住み込みで農作業をしているところを見ると、家に帰れない事情があるんだろう。しかも楽しそうに働いている。
髪色からすると、、、、、庶民だ。
庶民?
訪ねてきた従兄弟は黒髪、、、、かなり久し振りに会ったからか、あの娘は嬉しそうだった。あんな笑顔も出来るんだなあ、、、、
とりあえず、害はなさそうだ。
使える知識は使わせてもらおう。あの娘も、それを望んでいるようだし、、、、
ヘンリーは宿にしている領主邸で布団を引き上げた。
目をつむると、ハナの笑顔が浮かんだ。あの笑顔が、、、、自分に向けられたものだったら、、、、、