第12話 一手
ヴォーレ国の農業試験場では、丁度剪定作業をしていたブドウの木を、挿し木にしてくれることになった。とりあえず、各種1000本。
タイミングが良かった。ついているな。
帰国と同時に、農業作業員の募集を掛けた。
仕事は春からだが、住むところの確保も必要だ。
幸いにして空き家は多いので、整備をする。
当初の予定通り、石工の確保。ヴォーレ国との裏道の整備。
農業試験場もゆくゆくは必要だろう、、、、やることは山積みだ。
村長の家には、王都に出稼ぎに行っていた息子夫婦が帰ってきた。
この他にも、村に仕事があるなら、と、帰ってきた者は多い。最優先で雇い入れる。
僕は、この村が軌道に乗るまで、領主の屋敷から通うことにする。
地方から上がってきた、農業助成金の申請書類はこちらに転送されるようにしたし、ハナとヨナスが、農作業の合間だが、事務補佐で手伝ってくれている。
並行して、ブルーベリーの苗木も増やす。
これは村のみんなが空いた時間でやってくれている。
「・・・これはどう?ヨナス、、、面白そうね。」
「豚の放牧事業でしょう?この国民は豚が好きだから、、、大規模経営は面白いかもですね?」
「そうよね、、、、例えばよ?去年放牧したところと、今年の放牧地を変えたら、牧草が育つんじゃない?」
「ああ、、、、なるほど、、、、」
ハナとヨナスは楽しそうだ。
豚ね、、、いいかもね。耕作地としては荒れすぎてしまったところが、かなりある。
「・・・・ここ3年ほど手つかずの土地があるんですが、、、、このお隣の領地で。まあ、ちょっと、、、、問題のある土地ですが、、、、もう荒れ果てて、、、、民家もありませんし、、、」
「あら、じゃあ、そこかしら?ヘンリー様がいらっしゃるうちに、近隣は整えておいたほうが便利よね?」
「・・・・・」
*****
ブドウの苗の植え付け、支柱の設置、、、、
並行して、お隣の領の豚の放牧の準備、、、、
ヴォーレ国から、農業指導員も送り込まれてきたから、作業は順調。畜産の専門指導員も呼んだ。
後は、、、、ジュリの隠し駒を使って、ドエル帝国国内中に《《真実だけ》》を流す。
危なくもないし、簡単だ。
買い物に行って、食堂で、社交場で、職場の帰りで、学校で、、、、、
国民はこんなうわさ話を聞く。
「ヘンリー様が小麦とジャガイモの公社を成功させた。今は、物凄い僻地のデン村の要請で、その村にブドウを植えて、ワインづくりを始めたらしい。やる気があるところには、助成金を出してくれるらしい。」
「デン村のブドウは大層な本数らしいわよ。やはり公社方式で始めたので、お給料もちゃんと出るんですって。いまはワイン蔵を作っているらしいわよ?」
「あなた、目が悪かったわよね?あの、ほら、ヘンリー様のデン村から、目に良いブルーベリーの飴が販売されたのよ?凄く効くんですって。私の知り合いは、眼鏡が無くてもよくなったって喜んでいたわよ?」
「あの、アール村、ほら、3年前の、、、、あそこでヘンリー様が豚の放牧を始めたんですって。作業員を募集しているらしいわ。加工所も作るらしいわよ。今は、整備が進んで昔の面影はないらしいわよ?なんでも、、、あの時に征伐隊で出掛けた兵士が、何人か兵をやめてアール村に入ったらしいわよ?」
「あの村の事業も、助成金を使ったらしいな。うちの村も、何かできることはないかな?重税で大変だ、とばかり言ってても何も変わらないもんなあ、、、」
・・・・あとは勝手に広がっていく。国内中に。本当のことしか言っていない。
この国の皇帝も、もちろんヘンリー様も知らないうちに、、、、
にこにこと楽しそうに笑うハナを、書類から目を上げたヘンリー様が、微笑んで見つめていた。
*****
新しく財務大臣になったロジー伯は、皇后と第二王女をなだめすかして、無駄遣いを押さえているようだ。ご苦労様。
二人共、ぎゃんぎゃん怒っていたが、そこは、第二王女の婚約者がうまくやったらしい。
そのロジー伯は、、、2か月に一度は領地に帰っている。
崩落事故の犠牲者探し、と、まともそうな言い訳をして同情を買っているが、、、、
大規模な災害、に認定されたので、昨年、今年、と、ロジー伯領は免税となる。
今のうちに蓄財しようと思っているんだろう。
昨年、今年上半期は、他の領は税率が引き上げられた。まあ、、、、そうだろうな、、、、
まだ、大丈夫。
ロジー伯領に潜り込ませていた者から、鉱山の詳細が定期的に届く。
全ての街道から、隣国、ドエル帝国に出入りしたもののリストを出させる。
あと1年、、、、、
*****
僕の村は、人が戻ってきた。
僕の両親も、王都に出稼ぎに出ていたが、今回のヘンリー様の呼びかけで、公社で働くように戻ってきた。
村から出て行った人たちも、家族を連れて。マキシさんの家も、息子夫婦と孫が帰ってきた。ハナさんは、今は、村はずれのマーサさんの家から通っている。
農作業の合間、僕とハナさんは、ヘンリー様の手伝いをするようになった。もちろん、ヘンリー様の秘書官や側近のみなさんと一緒に。毎日忙しく、毎日楽しい。
もう、10年もすると終わってしまう村だろうと、実は僕も思っていた。なんの可能性もないと。それなのに、、、、この天から頂いたような機会を大事にしたい。何としても成功させたい。子供や、、、孫の世代まで続けて行けるような事業にしたい、、、
「ヨナス、これ見て。この計画書!南部からの物なんだけどね、元々やっている羊の飼育を増やして、毛織物工業を起こす、ですって!!楽しそうねえ、、、、」
「これはどう?ホップを増産して、敷地内にビア工場と、隣接させてビアガーデンを開く。・・・ここに、豚も売り込めるわね?うふふっ、、、、」
ハナさんは今日も瞳をキラキラさせて、いろんな地方から上がってくる計画書や陳情書に目を通す。・・・・少し?目が悪いのか、時折、目を細めて見ている、、、、目が?
そうか、、、、ヘンリー様の僕を見て攻撃に耐えられているのは、、、、目が?
・・・・・まあ、そればかりではないみたいなんだけどね。
僕は、、、やはり、、、この人が大好きなのだが、、、早々に諦めた。今は、そうだな、、、尊敬と、憧れ?
楽しそうに笑うハナさんを見て、僕も楽しくなるけど、、、そっとそれを覗き見て、頬まで染めてやはり微笑んでいるかの人は、、、、、そう、、、諦めなくてもいい位の権力をお持ちだ。それを使うかどうかは、僕にはわからないけどね。。。