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ハンカチーフでこの愛を

作者: 小村るぱん

 相田智彦は自宅の部屋で恋愛指南本を読んでいた。久しぶりのコンパで知り合った吉沢さん。この出会いを、何とか今回こそ成就させたい。

 二十も後半に差し掛かり一度も彼女ができたことがない智彦は、焦りと引け目でいっぱいだった。食事にこぎつけたことは何度かあるのだが、二度目のデートに繋がらない。理由は自分でもわかっている。昔から優柔不断なところがあり、よく男らしくないとからかわれた。要するにナヨナヨしているのだ。その印象を変えないと、明るい未来は来ないだろう。

 指南本を読み進めると『気配りができて、頼られる男性がモテる』と赤い字で書いてあった。【具体例】と書かれた箇所を見てみる。

『例えば映画で彼女が泣いた時には、そっとハンカチを差し出しましょう』

 なるほど、これは良い。映画デートはしたことがないが、ハンカチさえ用意していれば難易度は高くない。しかも丁度今『日本中が泣いた』との触れ込みの映画が公開中だ。

 智彦は光明が差すのを感じた。善は急げだ。早速智彦は相手の吉沢さんにラインを送った。

「いいですよ~。行きましょう」30分ほどで承諾の返信が来た。

 やった。あとは小奇麗なハンカチを準備すれば手はずは整う。小躍りしたい気分を押さえて、智彦は寝床についた。


 そしてデートの当日がやってきた。

 ネットで買ったポールスミスのハンカチを内ポケットに忍ばせ席に着く。隣には吉沢さん。「楽しみですね」と小さく漏らす声が可愛い。

 頭でシュミレーションはしていたがやはりドキドキする。そもそも彼女が感動しなければこの作戦は成功しない。この作品が名作であることを祈った。

 そうこうするうちに館内の灯が消え、本編が始まった。頼むぞという気持ちでストーリーを追う。

 序盤。主人公の隼人は俳優を目指す夢追い人で、反対する父親と喧嘩別れの形で上京。

 中盤。劇団に入り長く下積みで苦労するが、引退を決意。

 終盤。その最後の舞台に父親がひっそりと見に来ていた。

 共感もできてカタルシスもある。いいぞ。滅茶苦茶いい感じだ。吉沢さんをちらっと窺うと、食い入るように観ている。

 智彦はいつでもハンカチを出せる態勢に入った。

 そしてクライマックス。病室で管に繋がれた父と対面する主人公の隼人。そこで初めて父が病を押して引退の舞台に来ていた事を知る。そして隼人と父との懐かしき思い出が回想されていく。隼人が父の名を呼ぶが、父は応えることなく微笑みだけを残して息を引き取る。

 切なげな音楽と共にエンドクレジットが流れると、館内はすすり泣きの音が響いた。智彦の耳にも、その音は聞こえている。

 が、いま智彦はそれどころではなかった。

 何せ一番大きな音を出しているのが、智彦自身だからだ。涙は留まるところをしらず、鼻水まで垂れてきた。とっさにポケットからハンカチを取り出し、涙と鼻水を拭った。

 数秒置いて、やっと気づいた。

 しまった!一番大事なハンカチをこともあろうに自分で使っているじゃないか。

 愕然としながら、恐る恐る隣の吉沢さんを見た。

 吉沢さんは肩を震わせて手で口を押えていた。一生懸命笑いをこらえているのだ。智彦を上目遣いに見ると、一言。

「智彦さん、泣きすぎ」

 そう言ってまた肩を揺らせる吉沢さんを見て、作戦が完全に失敗したことを思い知らされた。


 あの作戦が失敗したからこそ今日があるのではないか。そんな事を智彦は思っている。

 しかしそんな冷静な気持ちも、二人の過去の写真・友人達のお祝いのメッセージの映像を見ると吹き飛んだ。とめどもなく涙が溢れて来るのだ。

 そんな智彦をとなりの吉沢さんは、また笑っている。

「智くん、泣きすぎ」

 そう言ってウェディングドレス姿の吉沢さんは、智彦にハンカチを差し出した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 智彦さん、から智くんに呼びかたが変わっているのが好き♡
2024/06/08 13:16 退会済み
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