1074番
守護神と国の中枢による緊急会合が開かれていた。
会議室には、軍事・政治の最高責任者たちが並んでいる。
巨大なモニターには、各都市を守る守護神たちの姿が映し出されていた。
東市の守護神――キアン。
西市の守護神――カノア。
南市の守護神――ウィル。
北市の守護神――アテネ。
中心都市の守護神――ソフィア。
張り詰めた沈黙の中、最初に口を開いたのはカノアだった。
「……もうすぐ厄災が起きます」
その一言で、会議室の空気が凍りつく。
「どういうことだ!」
軍事のトップに立つ男が、机を叩いて怒鳴った。
カノアは静かに答える。
「予知をしました」
彼女は守護神であると同時に、未来を垣間見る力を持っている。
その瞳は、どこか遠くを見つめていた。
「このままでは、この国は滅びます」
会議室がざわめく。
「原因は?」
低い声で問う大臣に、カノアは迷いなく言った。
「あなたたち人間です」
一瞬、空気が凍りついた。
「……ふざけるな」
軍人の一人が吐き捨てる。
しかしカノアの表情は変わらない。
「人類は地球の資源を使い尽くし、自然の均衡を壊しました」
モニターに地図が映し出された。
巨大な赤い断層。
「発生するのは――史上最大規模の巨大地震です」
会議室には重い沈黙が落ちた。
「カノアの予知は外れたことがない」
南市の守護神ウィルが静かに言う。
「問題は……」
中心都市の守護神ソフィアが続けた。
「今の守護神では、守り切れないということです」
その言葉に、会議室の空気がさらに重くなる。
軍事責任者が低く呟いた。
「……対抗策は」
カノアは一瞬だけ沈黙した。
そして、言った。
「一つだけあります」
「イハの“あの子”です」
その言葉に、数人の人間が顔を上げた。
軍事責任者が鋭く言う。
「……そうだ」
そして声を荒げた。
「期待の新人――1074番は見つかったのか!?」
部屋の奥で、情報部の男が答える。
「現在、イハが総力を挙げて捜索中です」
軍人は苛立ったように机を叩いた。
「早く捕らえろ!」「奴にやらせればいい!」
守護神たちは沈黙していた。
カノアだけが、小さく呟く。
「……あの子が、戦うと決めれば」
「ですが」
彼女の瞳がわずかに曇る。
「その代償は、きっと大きい」
1074番に会ったことがあるキアンとソフィアは、暗い表情をしていた。
あの子の気持ちが、痛いほど分かるからだ。
誰もその意味を聞かなかった。
会議は続く。
だがこの時、誰も知らなかった。
その“鍵”となる少女が――
すでに見つかってしまったことを。
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放課後の空は、春の終わりを告げる淡い色をしていた。
校門を出た天音は、クラスメイトたちと並んで歩いていた。
他愛のない会話。笑い声。
それは、かつての彼女が決して知らなかった時間だった。
「天音ってさ、最初お嬢様かと思ったよ!」
友達が笑う。
「だって本当に何も知らないんだもん!」
「びっくりしたよね!」
天音は苦笑する。
「そんなことないよ~」
必死にごまかす。
本当は違う。
知らなかったのではない。
知ることができなかったのだ。
イハの中だけの世界で生きてきた。
名前はない。番号だけ。
自由もない。外の世界も知らない。
仲間と逃げようとした日のことを、天音は忘れられない。
(みんなのことが心配……)
でも――捕まるわけにはいかない。
そのときだった。
急に嫌な感覚が、背筋を走った。
交差点の向こうから、一人の男が歩いてくる。
黒いコート。どこにでもいそうな男。
だが――その視線が、まっすぐ自分を見ている。
天音の心臓が跳ねた。
(まさか……)
男はすれ違う瞬間、低く言った。
「イハがお前を狙っているぞ」
天音の心拍が一気に上がる。
身体が動かない。
「安心しろ」
男は続けた。
「俺はイハじゃない」
天音は思わず振り返る。
男は肩をすくめた。
「ただの雇われだ」
「イハが血眼になって探してる“1074番”を見つけるためのな」
空気が凍りつく。
友達が首をかしげる。
「え?知り合い?」
「……ううん」
天音は笑ってごまかした。
その瞬間。
背後から冷たい声が響いた。
「――見つけた」
振り向いた瞬間、血が引く。
黒い制服。首元のユリの痣。
イハだ。
三人の隊員が路地から現れていた。
(まずい……でもイハの力をここで使いたくない!)
天音は地面を蹴った。
だが――
「動くな」
金属音。
次の瞬間、腕に冷たい感触が走る。
拘束具。能力を封じるための装置。
力が一気に抜けた。
膝が崩れそうになる。
「……離して!」
隊員が淡々と言う。
「抵抗するな」
「お前にはやるべきことがある」
天音は睨みつけた。
「私はもうイハには戻らない」
隊員の表情は変わらない。
「この国に巨大地震が起きる」
天音の動きが止まった。
「……え?」
「1074番ほどの力が必要だ」
「だから連れ戻す」
天音は吐き捨てる。
「嘘だ!」
「どうせまた兵器として使うだけだ!」
隊員は静かに言った。
「お前が行かなければ、別の者にやらせる」
天音の瞳が揺れる。
「……何を」
「お前の同期たちは今、戦っている」
胸が締め付けられる。
1070番。
1073番。
あの二人の顔が浮かぶ。
「……嘘…」
「嘘じゃない」
隊員は続けた。
「それでも足りないのが現状だ。」
「中等部や初等部の生徒も出す。」
その瞬間、天音は叫んだ。
「だめ!」声が震える。
「彼らには……力が足りない……」
「死んじゃう……」
隊員は静かに言った。
「それでもいいのか」
天音は歯を食いしばった。
涙がにじむ。
こんな方法で――
選択肢を奪うなんて。
周囲の人々は、ただ不思議そうに見ているだけだった。
誰も、この会話の意味を理解していない。
天音はゆっくり目を閉じた。
そして小さく呟く。
「……分かった」
隊員が目を細める。
「逃げるなよ」
拘束具の鎖が引かれた。
友人が叫ぶ。
「ちょっと!天音どこ連れてくの!?」
「と、とりあえず警察呼ぼう!」
隊員たちは答えない。
ただ、天音の鎖を引く。
天音も、振り返らなかった。
振り返ったら――きっと後悔する。
(千代さん……玄さん……ごめんなさい)
何も知らない1074番を引き取ってくれた、優しい家族の顔が浮かぶ。
心配かけちゃうな……
夕焼けの中、彼女は連行されていく。
かつて逃げ出した場所へ。
イハの檻へ。
それが――
イハの仲間や外の世界で出会った大切な人たちを守る、唯一の方法だった。
私は天音じゃない。
1074番に戻るんだ。
この国を守るために。
兵器になる。




