誘われた文化祭
ーー朝晩の寒暖の差が激しくなり、厚手の上着を羽織るようになった、11月初旬。
今は塾からの帰り道。
つい先日まで街灯に照らされて揺れ動いていた二つの影は、理玖が塾を辞めた日を境に一つになった。
家に到着するまで賑やかに笑いあっていた声は、もう過去のもの。
夜空がキレイ。
こうやって空を見上げて帰宅するようになったのは、つい最近のこと。
今まで当たり前のように思えていた事は、時の流れと共に一つ一つ消えていくのかな。
先日、理玖に『どうしても学園祭に来て欲しい』と誘われた。
彼が通う英神高校は、私が通う高校よりも偏差値が少し上。
高校受験に失敗しなければ、私もそこの生徒の一員だった。
英神高校は駅から徒歩圏で校舎も建て替えたばかりでとても綺麗。
何より気に入っていたのは制服。
紺色のブレザーにエンジ色のリボンにグリーンベースのチェックのスカート。
制服が可愛くて有名だから、受験生には絶大な人気があった。
ーー理玖とは11時に校門前で待ち合わせ。
私服姿で受付を済ませてから校門前に立っていると、学校見学の中学生や、同年代の学生や、生徒の家族等の来場客が次々と横を通り過ぎて行った。
その中にぽつんと一人で待っている私。
受付で貰った学園祭の冊子はひと通り目を通した。
現在の時刻は11時9分。
約束の10分前にはスタンバイしていたから、待機時間は実質19分。
賑やかしい他校に一人きりって結構孤独なのに。
腕時計に穴が開きそうなほど何度も目を通しても、理玖は一向に姿を現さない。
もしかして約束の場所に来れないような事情があったりして。
怪我をして病院に運ばれたとか?
ううん、さすがにそれは大袈裟に考え過ぎかも。
それとも、私が約束の時間を間違えた?
でも、SNSメッセージを何度も読み返しても11時に校門前って書いてあるのに。
遅いよ……。
連絡の一本でも寄越してくれればいいのに。
愛里紗はシュンと落ち込んでいると、遠くからキャーキャーと一際目立つ女子の黄色い声が耳に入った。
声は徐々に接近。
校内は学園祭で賑わっているが、一般来場客の声をかき消してしまうほどパワーがありふれている。
愛里紗は芸能人でも来てるのかと思って振り返った。
すると、目線の先は七〜八人くらいの女子が円になっている。
しかも、中心人物に順々に語り合いながらこっちへ向かってくる。
な〜んだ、芸能人じゃなくてただの仲良しグループか。
なんて思いながら、再び腕時計に目を向けると、女子集団の会話の内容が耳に飛び込んできた。
「ねぇねぇ、今からどこ行くの〜?」
「ナイショ」
「私も校内を一緒に回りたい!」
「また今度」
「今度っていつよぉ。いま一緒に回って~」
「あはは。今は忙しいからゴメンね」
一瞬、聞き覚えのある声に意識が吸い込まれた。
軽いタッチの語り口調に聞き覚えのある声。
まさかと思って半信半疑で再び集団の方へと目を向けると……。
「友梨ちゃん。今日も巻き髪が決まってるねぇ。かわいい~!」
「やっだぁ、理玖ったら褒め過ぎ」
「ねぇねぇ。桃菜の髪型は褒めてくれないの?」
「だって、桃菜ちゃんのいいところは髪型だけじゃないし」
「じゃあ、唯香のいいところも教えて~」
「唯香ちゃんのいいところはね……」
そこには、招待されて遊びに来た私と約束をしているはずの理玖の姿が。
私を一人で待たせておいて自分は両手に花。
理解不能な現状に呆れて口が塞がらない。
理玖が女子集団と親しげにおしゃべりをしている間、私は学園祭を楽しみにしている来場客を横目で羨みながら健気に待っていたのに……。
約束時間の10分前には到着してたのに。
今日は誕生日に貰ったハートのネックレスを着けてきたのに……。
なんか、自分一人だけが期待してるように思えて悔しくなった。




