上がってしまったハードル
ーー理玖から告白された週の土曜日。
場所は、レースカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる愛里紗の部屋。
ベッドに寝転んでいる愛里紗は遠くから聞こえる掃除機の音が耳に入りながらも、理玖の言葉を一つ一つ思い返していた。
『好きだ。昔も今もお前の事が……』
特にこの言葉が胸に響いた。
卒業してからもずっと私を思い続けていてくれたなんて……。
正直に言うと、谷崎くんに恋をしていた時のように、恋と確信出来る段階じゃない。
告白は嬉しかったし、理玖の気持ちは充分に伝わっている。
それに、昔感じてたような気まずさは排除されてるし、一緒にいると楽しい。
本音で言えば交際を断る理由がない。
でも、元彼とまた付き合うとなるとハードルが上がる。
ここ数ヶ月間は友達として接していたけど、今度は恋人としてのステップを踏むから。
けれど、もしここで告白を断わって、もう二度と会えなくなってしまったら、私自身は後悔しないのかな。
笑えない日々が続いたり、夢にうなされたり、幻影を追い続けたり。
谷崎くんと別れた直後のような現象に見舞われないかな。
理玖と再会する前のような日常を再び送る事が出来るのかな。
いま一つ強く願っているのは、あの時と同じ過ちを繰り返したくないという事。
夏期講習に通い始めてから週三回は理玖と会えてたから、感覚が麻痺しているせいか彼がいない未来がちっとも思い浮かばない。
大切な人が離れていく寂しさは、経験してるだけに身に染みている。
だから、理玖が留学すると言った時は、また別れを重ねてしまうんだと思ってショックを受けた。
でも、これが恋なのかな。
それとも、大切な人が傍からいなくなってしまう寂しさなのか正直わからない。
愛里紗は横になりながら窓の方を見てうずくまっていると……。
コンコン ガチャ……
「今から掃除機かけるわよ~」
母親が掃除機を持って部屋の扉を開けた。
母親は午前中からベッドでゴロゴロしている娘の姿を見て溜息をつく。
「……まったく。朝っぱらからゴロゴロばかりしてないで、勉強でもしなさい」
「もーっ、お母さんったら。ふたこと目には勉強の二文字なんだから。暇じゃないよ、いま考え事してるの。か・ん・が・え・ご・と」
「どうせロクな事を考えてないでしょ」
「そうやって私の価値観を決めつけないで。簡単に答えが出ないから悩んでいるのに……」
すると母親は、掃除機を部屋の隅に置いて愛里紗の横に座った。
「何か悩みがあるのね。お母さんで良ければ話を聞こうか?」
心配気味に問う母に、先日の件を相談するかどうか迷った。
何故なら、ひとりっ子の自分にとって母は兄妹のような存在だし、理玖と交際していた頃の話や、谷崎くんとの恋の協力をしてもらっていたから。
まだ咲には相談していないけど、母親は理玖と接する時間も長くて普段から気にしてくれている分、切り出しやすかった。
「実は理玖がまた付き合いたいって。でも、返事をどうしようかなって。ここ数日迷っていて……」
「あら、いいじゃない。お母さん、理玖くんが大好きだからお付き合いは賛成よ」
母は我が物顔でサラリと返事。
個人的に理玖がお気に入りだから賛成なんだろうね。
「ちょっとちょっと~! 少しくらい娘の心境を考えてよ」
「悩む事なんて一つもないじゃない。理玖くんは優しくて明るくていい子よ」
「私が迷っている理由は、好きかどうか分からないし、理玖は海外に留学しちゃうから、もし告白を断わったら二度と会えなくなっちゃうんじゃないかと思って」
「そう、留学しちゃうのね。それは寂しいわ……」
母はそう言うと、寂しそうに口を塞いだ。
理玖は塾の度に家に送り届けてくれたから、最低でも週三回は母と顔を合わせていた。
しかも、ただ顔を合わせていただけじゃなくて、夕飯の残りのおかずを渡したり、世間話をしてから帰る事もしばしば。
こまめに接点がある分、より慎重になっている。
 




