優しい理玖
ーーここ最近は、肌寒い日々が続いていた。
虫の音が鳴り響く今は塾の帰り道で、理玖は今日も家に送り届けてくれている。
夜空は雲一つなくて月がキレイに見えた。
暗闇の中、月夜のわずかな光が肩を並べて歩く私達二人を照らし続ける。
笑いを絶やす事なく話し続けていても、目線は自然と美しい月夜へ吸い込まれていく。
ビュウ……
突然、冷たい北風が背後から吹き付けた。
長い髪がビシビシと頬に打ち付けた後、一瞬視界を阻む。
二人並んで歩くのがようやっとな狭ぜましい歩道には、等間隔でケヤキが立ち並んでいる。
木の葉が高いところでカサカサと擦れ合わさっている大合奏が北風の強さを表していた。
ブルッ……
10月は目前だが、未だに半袖姿の愛里紗が肩を竦めて手を組んで寒そうに縮こまっていると、気付いた理玖は腰に巻いているブルーチェックのネルシャツをスルスルとほどいて愛里紗の肩にかけた。
「うわ〜暖かい。サンキュー!」
「上着くらい持って来いよ。女なんだから、もうちょっと身体に気ィ使って」
「だって、昼間が暖かいからつい忘れちゃうんだもん。……でも、理玖は寒くない?」
「大丈夫! 俺の身体は筋肉で包まれてるし」
「あっそ。じゃあ寒くないね。……でも、ある意味寒いね」
「いまバカにしただろ」
「まさかぁ。バカになんてしてないよ〜」
「嘘つくなよ、バーカ」
こうやって冗談を言いながら笑い合う日々はとても楽しい。
理玖のネルシャツは鼻をくすぐるようないい香りがする。
それに、体温がほんのり残っているせいか暖かい。
こんなさり気ない優しさが女子にとっては嬉しい。
ピンポーン……
理玖に自宅まで送ってもらい、玄関でいつものようにインターフォンを鳴らすと……。
「はい」
およそ3秒ほどで母の声がインターフォン越しから聞こえた。
インターフォンを前にして、『ただいま』と言おうとして口を開かせた瞬間……。
理玖はすかさず肩で私をどかせて、娘の私よりも先にインターフォンに向かって言った。
「愛里紗の母ちゃ〜ん、俺。俺だよ、オレオレ!」
私の母に対して半分オレオレ詐欺風。
人懐っこいとはいえ自分の家じゃないのに。
凄いね、その根性。
まるで田舎の小学生みたい。
声の主が理玖だと気付いた母は、笑いながらインターフォン越しに答える。
「理玖くんでしょ。今日も愛里紗を送ってくれてありがとね。いま扉を開けるから待っててね」
母は暫くしてから玄関の扉を開けると、多めに作った夕飯のおかずをいつものように理玖に手渡す。
毎度の事ながらバカみたいに喜んだ理玖は、私達に見送られながら手を振り、暗闇の向こうへと姿を消して行った。
母は理玖の背中を見届けながら、目尻を下げて言った。
「理玖くんって、明るくて本当にかわいいわね」
「ずっと成長しない少年だよ。あれは永遠の小学生だね」
理玖が毎日のように笑顔のおすそ分けをしてくれるから、今日も何気ない平和な一日を当たり前のように過ごしていた。




