孤独の嵐
バイトを終えると、私達はお互いの家への分かれ道まで一緒に帰る。
残念ながら、彼は夜道を心配して家まで送り届けてくれた事は無い。
だから、いつしか期待をするのをやめた。
彼の二歩後ろを歩いている今、きっと私の事なんて忘れてしまっている。
店を出てから口を閉ざしたまま。
ノグちゃんと再会する直前は、自分から喋るようになっていたのに……。
そして、目の前はもうお互いの家への分かれ道。
お別れまで、あと数秒。
残り10歩。
……5……4……3……2……1。
「じゃあな」
分かれ道に着いた途端、彼は久しぶりに口を開いた。
そんな態度が恨めしく感じた瞬間、ギュッと力強く唇を噛み締める。
もう、暫く表情の変化を見てない。
最後に変化があったのは、ノグちゃんと渋谷で会った時。
あの時は人が変わってしまったかのように嬉しそうに喋って、懐かしそうな目で彼女を見ていた。
彼と出会ってから初めて見た別の一面。
あれが本来の姿かどうかはわからない。
でも、あの日を境に感情を消した。
そして、抜け殻だけを置き去りにしてしまったかのように塞ぎ込んでいる。
翔くん……。
私、寂しくてもう限界だよ。
一向に満たされぬ愛情。
寂しさに溺れた咲は、家路へ向かう翔の背中に駆け寄って後ろからギュッと抱きついた。
少しでいい。
ほんの少しだけでいいから強く抱きしめて。
たった3秒でいいから。
背中に手を回してくれたら、その一瞬の思い出をしっかり胸に焼き付けるから。
バカみたいでしょ。
呆れちゃうでしょ。
だけど、こんな事で幸せを感じるくらい翔くんが好きなの。
咲は切実な願いを込めて翔の背中に腕を回した。
ところが、翔は抱きしめられた衝撃によって、まるでいま目を覚ましたかのようにびっくりする。
咲はぎゅっと目を結んだまま徐々に腕の力を加えていく。
すると、翔はゆっくり振り返り、こう言った。
「いきなり抱きついてきてどうしたの?」
眉一つ動かさずに何事も無かったかのような冷静な口調。
咲の両腕を解いて振り返り、両腕に手を添えて咲の目線まで屈み首を傾けた。
「ん?」
「……ううん、何でもない」
咲は首を横に振って、細い声でそう呟いた。
まるで妹扱い。
意を決して抱きしめても、彼の感情は微動だにしない。
だから、心は更に孤独へと追いやられていく。
意図的でも無意識でもエンストばかりの恋が悔しい。
咲は翔に腕を解かれた瞬間から、心の中は身が凍りそうなほど冷たい猛吹雪に襲われていた。
翔は咲の両腕から手を離すと、咲の心境に気付かぬまま口を開いた。
「じゃあ、気を付けて帰れよ。……またな」
「うん、バイバイ……」
一瞬、抱きしめてくれるかもしれないと淡い期待を寄せていた咲の願いも虚しく、翔は一人静かに暗闇へと消えて行く。
咲は二人の心の温度差が浮き彫りになると、孤独感に拍車がかかった。
私、勇気を出したのに……。
素っ気ない態度を取られ続けている私だって、気持ちを跳ね返されたら悲しいんだよ。
一体いつまで片想いなんだろう。
咲は小さくなっていく翔の背中を見つめながら、気持ちが置いてけぼりになっている自分が不憫に思えて涙が溢れた。
一人で佇んでいた後も、翔は一度も振り返らない。
時間をかけても一向に縮まらないこの距離感が、咲の向上心を押し潰していく。




