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ポケットの中の温もり



「ありがとう。箱を開けてもいい?」


「恥ずかしいけど、いいよ」




翔は紙袋の中の箱を取り出して箱の中を開けると、チョコクッキーをゆっくり眺める事なく手袋を片方外してヒョイと口にほおばった。




「うん、ウマイ!」


「えへへ……」




彼はチョコクッキーをあっと言う間に平らげた。

作るのは結構時間がかかったのに、食べるのは一瞬なんだね。




それから二人は普段通りに鯉の餌やりをして、幸せな時間を満喫していると……。



ビュウッ……



再び強くて冷たい風が身体に吹き付けた。

思わずブルブルっと身震いがする。


今日はもう何度目か分からないほど冷たい風はやって来る。

ひょっとしたら波のようにはためく風が暖かい春風を押し上げているのかもしれない。




「寒っ!」




愛里紗は凍えるような寒さに耐えきれず、腕を組み身体を縮こませながら、ブルっと身体を震わせた。


すると、気付いた翔は手袋の左手側だけを脱ぐと、氷のように冷たくなっている愛里紗の左手に差し込んだ。




「えっ……、これっ!」


「この手袋結構温かいよ」




次に手袋を脱いだ方の左手で愛里紗の右手をギュッと握りしめて自分のコートの上着の小さなポケットに一緒に押し込み、少し照れ臭そうに言った。




「これなら二人とも寒くないよ」


「うん……、あったかい」




彼は本当に優しくて。

学校では無愛想なのに、いつも私に特別な笑顔を向けてくれて。

毎日傍にいてくれて。

幸せな時間を与えてくれる。


大好きが止まらない。

初恋が彼で良かった。




ポケットの中でつないだ手の温もり以上に、私のハートは温もりに満ち溢れていた。


谷崎くんと過ごしたここ数ヶ月が毎日幸せで、指先から鼓動が聞こえてしまいそうなくらい一生分の幸せを手に入れたような気分になっていた。







ーーところが、バレンタインの日からおよそ1ヶ月後。


そう……。

高二になった今でも忘れはしない、6年間の小学生生活を締めくくる最後の卒業式の日。



彼の両親は離婚。


そして、様々な荒波を乗り越えて一緒に幸せを満喫していたはずの彼は、長年暮らしていたこの街から引き裂かれるように姿を消した。


社会的にも、経済的にも、肉体的にも、精神的にもまだ未熟で力不足の12歳の私と彼は、あれからもう二度と会えなくなった。




私と彼の人生は、まるで七色に光り輝きながら空高く舞っていたシャボン玉が、互いにぶつかり合い、その衝撃で瞬く間に弾けてしまい……。


恰も最初からシャボン玉が存在しなかったかのように、跡形もなく、音も立てずに静かに消え去っていくかのようだ。


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