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たった一度だけ



神社に到着して、三歩前を歩く彼に続いて鳥居をくぐる。

最後に二人で鳥居をくぐったのは、彼が引越して行ったあの日以来で実に5年ぶり。

当時から比べると、真後ろから眺めた神社の光景が変わった。



彼は池より少し奥に進み参道で振り返る。

目線が重なったと同時に私も足を止めた。

彼は感情的に気持ちを伝えてきたあの時とは別人のように穏やかな目をしている。




「この前はいきなり抱きついてごめん」


「ううん……」




目線が瞳の中に吸い寄せられていくとハートビートは駆け足気味に。




「彼、大丈夫だった? あの時激怒してたから……」


「大丈夫だよ。それより翔くんは怪我しなかった?」



「怪我はしてないよ。迷惑かけてごめん。……こうやって会いに来るのは今日で最後にするから」


「うん」




今日で最後という事は、きっと永遠の別れを意味してるんだよね。

先日は突き放してしまったし、咲の件もあったから今更傍にいてもメリットがないよね。


でも、諦めようとする一方で、彼の言葉一つ一つを胸に刻んでるうちに悲しい気持ちになった。




「俺が会いに来なかったせいで色んな人を巻き添いにしていた。咲ちゃんに、今の彼氏。きっと俺に会えた時は、懐かしいという気持ちよりも板挟みになる事が多かったと思う。それに、街を去ってから随分泣かせてたみたいで……」


「ううん。沢山手紙を書いてくれてありがとう。読むのは遅くなっちゃったけど、嬉しかったよ」



「お前が待ち続けてくれたように、俺も恋しかった。お前と過ごした時間が幸せの頂点だったと気付いたのは離れてからすぐ。忘れた日は一日もない」


「……んっ」




恋のスパイスは刺激が強くて苦味が留まっている。

涙で歪み始めた彼の姿を瞳に映しながら大きく頷き、いま自分が出来る限りの精一杯の返事をした。




「泣かないで。この話は今日で最後にするから」


「うん……」




震える返事と共に頬に伝った一粒の涙がポロっと床に砕け散った。




やっぱりそうだ。

先日の別れ方があやふやになっていたから、翔くんはケリをつける為に会いに来たんだ。


でも、これが正解だね。

もう二度と会わなければ、お互い苦しみから解放されるかもしれないね。




恋しい気持ちを切り離そうとしている一方で、涙腺は崩壊寸前に。

涙の蛇口をあと一センチ緩めたら取り返しがつかなくなる。

しかし、これ以上の感情を表沙汰にしてはならない。



先日、一度ミスをしたら守り通していたモノが壊れてしまった。

その後に待ち受けていたのは絶望感。

だから、いま以上大切なモノを壊さぬように息を呑みながら涙を堪えた。




「好きだ。迷惑なら二度と現れない。……でも、迷惑じゃないなら諦めない。それに、ライバルが誰でも関係ない。俺が向き合うのはお前自身だから」


「……っ」



「これからは神社で両手を合わせてくれた日以上に幸せにする。流した涙以上に大切にする。寂しい思いをさせた分以上に楽しい思い出を作っていく。失った5年間分を幸せな未来で埋めつくしていく。約束する。……だから、俺の傍にいて欲しい」




彼の愛が全身に染み渡った瞬間、力が抜けてしまったかのように堪えていたはずの涙が溢れた。




早く忘れなきゃっいけないと思っているのに、好きだなんて言わないでよ。

我慢して気持ちにそっぽを向いて堪えているのに。



正直に言うと会いに来て欲しくなかった。

まだ気持ちが整理しきれてないし、これから時間をかけて忘れていこうと思っていたし、理玖と再スタートを切っていくつもりだったから。


それなのに、どうして好きだと言いに来たの?


私だって翔くんが好きなのに。

一人の女性として好きな人に好きと言われた時が人生で最高に幸せなんだよ。




……もう、我慢できない。

どうして私だけが我慢しなきゃいけないの。


好きな人がいま目の前から去ろうとしてるのに、運命に見放されただけで引きとめる事すら許されないの。

翔くんは長い歳月がかかったとしても、私を忘れずに会いに来てくれたのに。

今日ここで別れたらもう次はないのに。



だから、お別れをする前に一度だけ本音を言わせて。

建前とか全て取り払って想いを伝えさせて。


これで最後にするから。

もう二度と口にしないから。


たった一度だけ想いを伝えたら、今まで通りの居場所にちゃんと戻るから……。


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