小さな棘
駅から5分ほど歩くと、暗闇の隙間から冷たい雨粒が頬に叩きつけた。
元を辿るように見上げた空からは、パラパラと放射状の雨が降り注ぐ。
小さな雨粒は髪に水滴が絡む程度。
理玖のコートにも街灯で反射した雨粒がキラキラと光っている。
繋いでる指先からは、熱い血が流れているような感覚が伝わってくる。
不機嫌に進み行く足は、静寂に包まれている住宅街に差し掛かった。
彼が足を止めた先。
そこは、先日理玖にファーストキスをした場所。
強く握り締めている手は、私の心と身体を引き止めている。
「くっそ……」
零れたひとことに悔しさが滲み出ていた。
私はそっと彼の正面に周った。
俯き様に髪で表情を隠している様子は先日この場所に来た時と同じ。
指先で前髪を触る仕草で隠しきれない表情を誤魔化している。
先日と同様、今はどうしてあげるのがベストかわからない。
理玖が殴りかかろうとするなんて思いもしなかった。
確かに、自分の彼女が他の男に抱かれてるのを見たら気分が悪いと思うけど、あの時は人を殺し兼ねないほど冷血な目をしていた。
普段、温厚な性格からは想像出来ないほど。
以前二人が顔を合わせた時は、一体どんな話し合いが行われていたのだろう。
小さな棘は幾度となく胸を痛めつけてくる。
先日理玖が涙を見せた日、これからも笑顔を守っていきたいと心に決めていた。
でも、心がアンバランスだったせいで再び笑顔を奪ってしまった。
しかし、もう一方であの場に残してきた翔くんが気がかりだった。
だけど、自分にはどうする事も出来ない。
恋心に気付いても理玖と別れるつもりはない。
だから、理玖の両手を繋いで顔を見上げた。
「傷付けてごめんなさい。嫌な思いをしたよね。理玖を傷付けたくないと思ってるのに、どうしたらいいか分からなくて……」
気の利いた言葉が見つからなかったけど、これ以上辛い顔を見たくないから謝った。
すると、理玖は急に両手を引いて少し乱暴気味に唇を近付けた。
「…………んっ」
だけど、気付いた時には斜め下を向いてキスを拒んでいた。
それがほんの一瞬の出来事だったから、自分でも咄嗟反応に驚いた。
「ごめん。今はそーゆー気分じゃなくて……」
キスなんていつもしてるのに、今は何故か受け入れられなかった。
言葉では傷付けたくないといいつつも、実は遠回しに傷つけているかもしれない。
すると、理玖は切ない目つきを向けて言った。
「そうだよな。お前の気持ちも考えずにごめん。いくら何でも今キスしたい気分じゃないよな」
理玖はやりきれない気持ちはぐらかすかのように頭をくしゃくしゃとかく。
私は心の傷を修復してあげなきゃと思う気持ちとは裏腹に、思い通りにいかない自分がいる。
理玖は私の何十倍も傷付いてるのに。
こんな時こそ寄り添ってあげなきゃいけないのに、一体何をやってるんだろう。
時を刻むと共に雨足が強くなり、家路に向かう二人を襲った。
お互い傘を持ってないから、理玖は私が濡れないように自分のコートを脱いで二人の頭上に被せた。
こんな最悪な状況の時ですらバカみたいに優しい。
だから、今にもおかしくなりそう。
 




