歪み合う二人
愛里紗はすかさず手荷物を捨てて、振り上げている拳にしがみついた。
「理玖、ケンカはダメ! 今すぐ翔くんから手を離して。ねっ!」
「……お前、どうして愛里紗の前に現れた。目障りだから消えろと忠告したばかりだけど」
「お前に忠告される覚えはない」
互いの距離はおよそ30センチ。
二人はお互いを罵り合って一触即発の状態に。
もはや、仲裁は無意味に感じるくらいに。
騒動に気付いた通行人はパラパラとまばらに足を止めた。
だが、野次馬が視界に入らないほど三人は緊張状態が続いている。
「まだ気付かねぇの? あんたが愛里紗の笑顔を奪う元凶なんだよ! だから俺は笑顔を守る為に今日まで一日も欠かさず支えてきた」
「こっちこそ、これからの笑顔を守っていきたいと思ってる。今まで散々傷付けてしまった分、今後は少しずつ穴埋めしていくつもりだ。だから、今日は愛里紗の気持ちを聞きに来た」
「はぁあ? 愛里紗に気持ちを聞いてどーすんだよ」
「返事次第でお前から返してもらうつもりだった。俺はもう一度愛里紗とやり直したいし、これ以上後悔するつもりもない」
「理玖、翔くん。もうやめて……。少し落ち着いて話そ」
興奮が冷めやまぬ空気に一旦クッションを置くように割って入るも、二人はお互いしか見えてない。
「あんたの頭イカれてんじゃねーの? 俺は愛里紗を大事にしてるって言ってんだろ!」
「俺だって大事にしなかった日なんて一度もない。しかも、俺達は別れようと思って別れた訳じゃない。離れてからもずっと愛里紗だけを想ってきた。再会する日をどれだけ心待ちにしてたかお前にはわからないだろ?」
ケンカを食い止めるのに必死で状況把握するのに時間がかかったけど、一つ一つの会話を繋ぎ合わせていったら何となく流れが把握出来た。
二人は初対面じゃない。
だから、必要以上に衝突しているのかもしれない。
「俺らは上手くいってるし毎日幸せなんだよ。この前あれだけ忠告したのに、どうして幸せを壊しに来るんだよ。俺の気持ちは伝えただろ」
「さっき愛里紗にお前の事が好きかどうかを聞いたけど、『幸せ』としか答えなかった。曖昧な返事をしたって事は気持ちが彷徨っている証拠だろ」
「今はそれで十分だろ。あんたはあいつの言葉をどう捉えたか知らないけど、あいつは確実に一歩ずつ歩み寄ってくれてる。『好き』という言葉が出なくても、大切にしてくれる気持ちはちゃんと伝わってるし」
「でも、はっきり言わないって事は、そこまで気持ちが到達してないからだろ。お前の事が好きで仕方ないのなら諦めようと思っていたけど、抱きしめた時にそうは思わなかった」
「……っ、なんだとっ! てめぇ!」
「理玖っ! やめて!」
気持ちを逆撫でし合ってる二人の心は計り知れないほどボロボロに。
私の気持ちが揺らいでるから、こんな最悪な事態を引き起こしてしまったんだ。
それに、さっき曖昧な返事をしたから翔くんも引き下がらないんだ。
翔くん、バカだよ……。
私なんてさっさと諦めれば辛い想いをしなくて済んだのに。
さっき関係に終止符を打っておけば、ここまで二人が傷付け合う事はなかった。
こんなに苦しい未来が待ち受けているなら、再会なんて願わなければ良かった。
手紙が届かない時点で素直に諦めれば良かった。
愛里紗は、翔に馬乗りになっている理玖の背中を全力で抱きしめて言った。
「理玖……、もうケンカはやめて。お願い」
ケンカを食い止めるのは私しかいない。
指一本一本に引下がる願いを込めながら、身も心も壊れそうになっている理玖の身体を包み込んだ。
すると、ようやく気持ちが届いたのか、まるで緊張から解き放たれたかのようにフッと力が抜けた。
我慢をしたかのように拳を下ろして不機嫌に距離を置くと、翔くんを見下げたまま私の手をギュッと強く握り締めた。
「……行くぞ」
「えっ、でも……」
「いいから、行くぞ!」
理玖は吐き捨てるようにそう言うと、翔くんを睨みつけたまま私の手を引っ張って荷物を拾い上げて野次馬の間を通り抜けて行った。
手を引かれたまま翔くんの方へ振り返ると、彼は煮え切らない様子で唇を固く結んでいた。




