馬が合わない
「あんた……。まさか、愛里紗の元彼の谷崎じゃ……」
「谷崎じゃない。いまは今井だから」
翔はそう言うと、目線を落とした。
現在の名字は谷崎ではないが、元彼という事実を否定しない翔。
理玖は最も恐れていた人物に辿り着くと、全身の血の気が引いた。
しかし、名字は谷崎じゃなくて今井。
最近どこかで聞いたような名字に脳内サーチをはじめた。
今井、いまい……。
えーっと、その名字を聞いたのはいつだったかな。
理玖は過去を思い巡らせているうちに、愛里紗の部屋に焦点が合った。
そうだ!
あれは、愛里紗の自宅まで塾の問題集を届けに行った時、偶然居合わせた咲ちゃんに質問をした。
『ねぇねぇ。咲ちゃんって、いま付き合ってる奴いるの?』
『あっ……あ、うん』
『へーっ。彼氏の名前は?』
『……あっ……い、今井……くんって言うの』
確かに咲ちゃんはあの時言っていた。
彼氏の名前は《今井》だと。
偶然にもこいつと同じ名字。
だからその名前に引っかかったんだ。
……でも、ありふれた名字とはいえ、同じ名字なんて珍しいな。
理玖は名字の一致に気が止まっていると、ふと嫌な予感が襲った。
まさか……。
違うよな。
咲ちゃんの彼氏と名字が一致しても同一人物に仕立て上げちゃダメだよな。
でも、もし仮にその予想が的中したら、愛里紗は今井をどう思っているんだろう。
それとも、二人が付き合っている事をまだ知らないのかな。
どっちにしても、俺には聞く権利がある。
こいつに真意を追求したら、果たして素直に答えてくれるのだろうか。
「あんた……。もしかして、『今井くん、ちょっと今いいかい?』の、今井では……」
理玖は動揺するあまり、咲と話していたまんまの形で翔に問い尋ねてしまう。
真面目に聞いたつもりが、当然伝わるはずもない。
翔は猛吹雪レベルのサムいダジャレに困惑した。
「お前の言ってる意味がさっぱりわからない」
「俺は覚えてる。自慢じゃないけど記憶力がいい方なんだ。あんたはあの今井だろ?」
「俺にはあの今井と言われてもよくわからない。……そもそも、お前とは馬が合わないようだ」
翔はトンチンカンな話についていけずに呆れた。
だが、理玖の返答は更に屈折していく。
「馬が会わねぇって。……そもそも俺は馬なんて飼ってねぇし」
残念な事に『馬が合わない』の意味が解らない。
翔は再三に渡る馬鹿げた返答に言葉が出ない。
こいつ……。
馬……鹿…………。
本当に馬が合わないの意味を知らないのか。
もしくはわざとおちょくってるのか。
残念ながら、愛里紗はこいつのどこが良くて付き合っているのかわからない。




