欲望ゴング
翔は理玖の性格を知らない上に、最悪なタイミングの時に出くわしていた。
先日の第一印象は最悪だったが、軽薄な態度を繰り返した事によってより最悪に。
ワナワナと身をを震わせている背中からは三人組の声が止まない。
「クルちゃん待ってー」
「クルちゃん、ウチらの事を忘れてるよ~」
「まだ、制服の第二ボタンもらってないよー」
だが、理玖の事で目一杯になっていて耳に入らない。
翔は愛里紗の幸せを優先に考えて理玖に嫌な思いをしても我慢していたが、女子を弄ぶような言動に限界を迎えた。
肩で風を切っていた翔の足は、女子集団に囲まれている理玖の前で立ち塞ぐ。
それまで女子の集団と平和に過ごしていた理玖だが、物凄い剣幕で目の前に立ちはだかった翔の姿を視界に捉えた頃には、力強く胸ぐらを掴まれていた。
「お前……」
歯をむき出しにして睨む翔。
しかし、翔の存在自体を知らない理玖は、あまりにも突然の事態に仰天する。
理玖と行動を共にしていた女子五人組集団も唖然としている。
理玖は人に恨まれるような覚えはない。
だから、挑発的な態度で接触してきた翔に不服な目を向けた。
「えっ、あんた誰? いきなり服を掴むんじゃねーよ」
理玖は手繰り寄せられた服から乱暴に手を振り払った。
それにより距離は出来たが、唯一離そうとしない目は冷たく睨み合う。
現場は不穏な空気が漂っている。
嫌悪感を抱くさまに凍りつきそうなほどの冷たい雰囲気は、周辺の人の口を塞いだ。
理玖の言動が無性に気に食わない翔。
そして、見知らぬ相手から物凄い剣幕で食ってかかられた理玖。
翔は静かな場所で話し合いたいと思い、理玖の首に巻いているマフラーに手をかけて歩き始めた。
「話があるから、ちょっと来い」
「なんだよ、てめぇ。首が締まるからマフラーを離せって」
理玖は翔の意図がわからなくて反抗的な態度を取るが、マフラーで首が徐々に絞まっていくと、苦しさのあまり我慢してついて行くしかなかった。
翔の周りから一歩も離れなかった三人組は、待ち人が校内でイケメンとして名高い理玖と知るが、深刻な雰囲気に笑顔が消えた。
しかし、残念ながら欲求には勝てない。
翔にはもう会えないかもしれないと気付くと校門の3メートル先まで翔達を追い、「クルちゃん、待って」「クルちゃん、行かないで」と交互に何度か声で引き止めたが、翔は聞き入れるはずもない。
現場に居合わせた生徒はイケメン対決という事もあって興味を沸かせた。
二人が現場を去った後、理玖を取り囲んでいた女子五人組は容姿端麗な翔を思い返した。
「あの人、ひょっとして理玖に殴りかかろうとしてたのかなぁ」
「理玖とトラブったのかな。理由は何だろうね。もしかして、女? 気になる~!」
「私は理玖よりあのモデル風のイケメンの方がタイプかも」
「うっそ、私も私も〜! あの人、めっちゃくちゃカッコイイよねぇ!」
五人組はきゃあきゃあ言いながら好き放題話を繰り広げていると、先に翔を取り囲んでいた三人組は敏感に反応して腕組みのまま五人組の前へ。
「クルちゃんを見つけたのは私達が先よ。あなた達は優先順位を考えなさいよ」
翔と出会ってからまだ20分程度しか経っていないが、リーダー格の女は生意気な口を叩く。
だが、五人組は喧嘩腰の言動が癇に障って目から火花を散らした。
その瞬間、対立した二グループに欲望ゴングが鳴った。
「……はぁ? クルちゃんって何? 誰?」
「優先順位って何? 誰が位置付けてんの?」
「そんなルール誰が決めたのよ」
五人組は対立目線で冷ややかにあしらい、小バカにしたような返答に。
その言いようにカチンときた三人組のリーダー格の女は、仲間二人に冷静になるように肩を押さえられながらも口を尖らせて言った。
「クルちゃんは誰かって? 見ればわかるでしょ。さっきのクルクル頭のイケメンに決まってるでしょ」
彼女は至ってマジメに返答していたが、実際は失礼極まりない発言であって、場は微妙な空気に。
知らぬ間にクルクル頭扱いされた翔は、校門から姿を消してからも噂話が途絶える事はなかった。




