苦ちゃん
校門前で10分以上も理玖の帰りを待ち続けている翔の隣には、三人組が横一列に並んで雑談をしている。
その姿は誰がどう見ても翔のツレのよう。
「頼むからいい加減帰ってくれないか。忙しいんだ」
この言葉は30秒に一度。
つまり、10分間で20回以上言った。
だが、彼女達は都合の悪い事に耳を貸さない。
何か楽しそうな事が待ち構えていると思っているのだろうか。
これ以上同じ言葉を繰り返しても無意味に思い、面倒を避ける為に背中を向けた。
午前授業という絶好のチャンスを無駄にしたくない。
どうしても今日中に理玖を捕まえて話をすると決めていたから。
すると、背後でブツブツと雑談を繰り返している三人組のうちの一人が、突然一回り大きい声を上げた。
「ねー、クルちゃん。これから、どんなお友達が来るの? ねぇねぇ、早く遊びに行こうよ」
「……」
「ねぇ、クルちゃん!」
「……」
「ねぇねえ、クルちゃんってばぁ!」
彼女の呼びかけに誰一人反応しない。
しびれを切らすと、壁のように背中を向けている俺の正面に周ってきた。
見上げるその表情は明らかに不満顔。
俺は彼女の瞳を見て思った。
もしかして、さっきからしつこく繰り返された問いかけはまさかと思うけど……。
クルちゃんって、俺の事?
……いや、違うだろ。
マルチーズのような小型犬につける愛らしいネーミングを、来年成人を迎える俺につける訳がない。
だから、確認の為に震えた指を自分へさして、脳みそを貫通させるくらい真っ直ぐに見つめてくる彼女に半信半疑で聞いた。
「まさか、クルちゃんって俺の事?」
勿論、そんなあだ名で呼ばれた事はない。
だから自分には無関係だと思ってる。
すると、リーダー格の彼女は作戦成功と言ったようなご満悦の様子で鼻を高めた。
「クルちゃんは君だよ。パーマをかけてるから髪がクルクルしてるんでしょ? その髪型めっちゃイケてるよ! ……だから、君のあだ名はクルちゃん」
「……は? あのさぁ、俺パーマじゃなくて単に癖毛なんだけど。しかも、どうしてそんなに可愛らしいあだ名をつける訳?」
「クルちゃんが嫌なら名前くらい教えてよぉ。もう仲良くなったでしょ」
「そのあだ名超似合ってる。でも、怒っているクルちゃんちょっと怖いよぉ。クルちゃんって短気なの?」
「くっ……、あのなぁ」
最初はよそよそしく話しかけてきたのに、たった10分程度で蟻地獄に足を取られた獲物のように彼女達の策略にまんまとハマってしまった。
疑問に思うんじゃなかった。
最初から問いかけに無視していれば、嫌な目に遭わなかったのに。
クルちゃんが嫌なら名前を教えろと言われても、聞いたところでどんなメリットがあるんだ……。
くだらない話でもめてる隙に奴とすれ違ってしまったら、一体どう責任を取ってくれるんだ。
翔は拳を震わせながら再びクールな態度で追い払おうと思った。
「どうして名前を教えなきゃいけない。俺らは赤の他人だろ?」
「クルちゃんったら、冷たぁ~い。さっきはいっぱいコミュニケーションを図ってくれたのに」
「……は? 俺は『頼むからいい加減帰ってくれないか。忙しいんだ』としか言ってないし」
「ねぇ、クルちゃん。お友達が来たらどこに遊びに行く? カラオケ? ボーリング?」
「ちょっと待て! さっきから話を聞いてただろ? 俺はあんた達の事を知りもしないのに、行く訳がない」
「クルちゃんったらぁ、普段からそんなに怒りっぽいの? 殻に閉じこもってないでそろそろ心を開こうよ。ウチらならいつでもウェルカムだよ」
「あーっ! 何だよ、うるさいな。頼むからもう帰ってくれよ」
俺は呪われている。
あー言えばこー言う。
こー言えばあー言う。
どうでもいい質問ばかりだから何度も冷たくあしらったのに……。
しかも、一番残念なのはクルちゃんと呼ばれて最終的に返事をしてしまっている自分だ。
自在に弄び始めた三人組に苦しめられ続けている俺は、いつしか本物の苦ちゃんに。
……いや、実は散々髪型の話題を繰り広げたこいつらの方が、本物の狂ちゃんなのかもしれない。
しかし、本来の目的を達成するまでここを離れられないので、どんな嫌がらせを受けても我慢するしかない。




