神社に来た理由
ーー先日、父親から背中を押してもらった翔は、彷徨い続けている気持ちを一旦整理をする為に思い出の神社を訪れた。
自宅から2時間半近くかかるこの神社は、翔にとって神聖な場所。
小学生時代は池のコイに餌をあげたり、境内の掃除をしたり。
ここは、唯一自分らしくいられる安息の場でもあった。
途中から転校生の愛里紗が加わってからは、代わりがきかないほど幸せな場所に……。
先日来た時は日が落ち始めていたから辺りの様子は伺えなかったけど……。
土曜日の昼間のいま、境内を軽く見回してみたが、5年近く経った今も昔とほとんど変わらない。
愛里紗と再会してから気持ちに一寸の揺るぎもない。
抱きしめた時に高鳴っていた鼓動は、彼女をしっかり覚えていた。
翔は参道を通って境内の中心に立つと、空を見上げてからゆっくりと目を閉じた。
目を瞑れば、自然と笑顔の彼女が思い浮かび。
息を吸えば、楽しかった思い出が次々と蘇り。
耳を澄ませば、当時の笑い声が聞こえたような気がした。
この神社には彼女との思い出がギッシリ詰まっている。
せめて、ここにいる間だけでもいいから身体中で彼女を感じていたい。
本当は今日も会いたくて。
本当は気持ちを整理するというのは建前で、彼女が来ている事を期待していたのかもしれない。
偶然ばかりが続く訳じゃないのに……。
翔はゆっくり目を開いてポケットから愛里紗とお揃いにしているイルカのストラップを取り出して池の方へ歩く。
風で水面が揺れている池の手前にしゃがみ込むと、軽く中を覗き込んで自分の姿を映した。
ところが、不思議な事に水面に映し出されたのは自分の姿じゃなくて、顔を真っ赤にしながら腫れた目で涙を流している少し幼い愛里紗の姿が。
ーー小学校の卒業式を終えた日の午後。
長年住み慣れた街から出て行く予定だった。
引っ越しが嫌で愛里紗と二人きりで逃げ回って、最終的に神社の裏に隠れた。
しかし、街中探し周っていた親に見つかってからは、仲を引き裂くように車へ押し込められた。
結局、『離れたくない』と泣きわめく声が大人には届かなかった。
引っ越したあの日まで俺達の気持ちは確実に一つだったのに。
新生活に落ち着いてから約束していた手紙を送った。
しかし、送ったはずの手紙は何故かリアルタイムで届いていなくて、先日愛里紗と会った時に、『昨日手紙を受け取ったばかりでまだ全部読めてない』と言って、未開封状態を見せてくれた。
『引っ越してから割とすぐ送ったのに、どうして昨日届いたんだろう』と首を傾げつつも、今まで返事が届かなかった理由がそこで判明した。
でも、次の瞬間……。
愛里紗は泣いた。
涙を見た瞬間、恋をしている幸せな時間や会えるのを期待して待っていた孤独な時間が蘇ると胸が押しつぶされそうになって、気付いた時には彼女の頭を胸に押し当てていた。
彼女も拒まずに背中に手を回して声を上げて泣いた。
だから、気持ちに迷いが生じた。
あの時抱きついてきたのは、単に懐かしかったから?
それとも、心の何処かで恋心が生きているから?
彼女には恋人がいるのに抱きついてきた心境が不透明だ。
翔はボンヤリと遠い目で池の中を覗き込みながら、ひと月前にこの神社で起きた愛里紗との一件を思い浮かべていると……。
「こりゃまた……。谷崎くん、随分久しぶりじゃのぅ」
穏やかで少しかすれた声を背中から浴びた。
びっくりして振り返ると、そこには小学生時代に毎日お世話になったおじいさんの姿が。
懐かしいあまり自然と顔が綻んだ。
「おじいさん。お久しぶりです」
「随分大人っぽくなったのぅ。でも、当時の面影はしっかり残っている」
「そうかな……。自分じゃ成長した姿に気付かないから」
翔は当時と変わらず元気な様子を見て安心したせいか、フッと鼻に抜けるように小さく笑った。




