小さな声
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「えっ! 理玖くんともうキスしたの!?」
「しっ! そんなに大きな声を出したら、周りの人に聞かれちゃうよ……」
愛里紗から衝撃的な事実を伝えられたばかりの咲は、驚きを隠せない。
予想外に高く声を上げられてしまったその一声に慌てて咲の口を手で覆ってキョロキョロと周りを確認する。
ーー今は学校帰りの駅までの道のり。
おとといの学園祭の出来事を報告している最中だった。
「告白を受け入れた瞬間にキスかぁ。理玖くんって本当にステキ……」
咲は私達が上手くいって素直に喜んでいる。
つい先日相談したばかりだし、咲は理玖推しだったからね。
すると、咲は軽く瞼を伏せて俯きざまに小さくボソッと言った。
「いいなぁ、愛里紗は……」
「えっ? なんか言った?」
「あっ、ううん! 何でもない」
声が小さくて聞こえなかったから聞き返してみたけど教えてもらえなかった。
咲は一旦気を取りなおすと、二人の未来を思い描き始めた。
「付き合い始めてすぐにキスをしたから、次の進展が意外に早いかもね」
「え! 次の進展……?」
「そう……だけど……。その反応からすると、もしかして恋の進展の事を考えていなかったの?」
「それは、理玖と付き合うかどうかを結構悩んでいて……。最終的には雰囲気に飲まれたまま付き合う事になったから、さすがにそこまでは……」
「それって、本気で言ってるの?」
「あぁ……えぇっと。……うん、あはは」
少し呆れ気味に驚く咲。
ノーテンキな返事をして誤魔化しちゃったけど、実はそれが正解。
理玖と付き合うまでは良かったけど、咲に言われるまで恋の進展なんて考えていなかった。
すると、咲は恋の進展についてグイグイと詰め寄り始めた。
「愛里紗の中で理玖くんを受け入れる体制になってたから、心の準備が整う前に自然と告白を受け入れちゃったのかもね」
「そうなのかな。正直、まだ自分の気持ちがよく分かんないや。好き……なのかさえ」
「大丈夫だよ。愛里紗のハジメテの相手は理玖くんかもね。なんか、ドキドキしちゃうね」
「やだぁ。……ハジメテって、ちょっと怖いな。まだ全然先のような気がしてたけど……」
「理玖くんは愛里紗を愛してくれているから、きっと怖くないよ」
「……そうかな、怖いな。咲の時はどうだった?」
「えっ………」
「やっぱりハジメテの時は怖かった?」
咲からハジメテどころかキスの話さえ聞いた事は無いけど、彼と交際してからもう半年くらい経ってるし、多分もう経験済みだなと勝手に憶測していた。
だから、今後の参考にしようと思って何気なく探りを入れた。
ところが、先ほどまで興味津々で話していた咲の表情は一変。
俯きざまに目を泳がせてポツリと小さく呟いた。
「……私のは、参考にならないから」
最近、咲は彼氏の話をしなくなった。
交際した当初はひとり身だった私が羨ましいと思うほど、興奮しながら毎日のように自慢話していたのに……。
彼氏と上手くいってないのかな。
ケンカでもしちゃったのかな。
それとも、非常にデリケートな話だから言いたくないだけなのかもしれない。
二人をよく知らないから、空気も読まずにズカズカとデリケートな話を聞いちゃって悪かったかな……。
申し訳なく思った愛里紗は、シュンとした表情で頭を下げた。
「ごめん、変な事を聞いて」
「あっ……ううん」
「デリケートな話だったよね。もう聞かないから」
二人の間に微妙な空気が流れつつも駅に到着。
改札を通り過ぎたところで軽く手を振って別れ、それぞれのホームに向かう階段へ足を向けた。




