2.
今日も今日とて、推し活中の私。
いつも画面の中のツバサは、キラキラと輝いている。
「はあ、ツバサの笑顔はいつ見ても癒しだわ。……それにしても、かなり評判いいな、エーアールの曲。ちょっと分かるけど」
今日も一人暮らしあるあるの一人言を言いながら、その曲をぼんやりと聴く。
(ここの転調、いつ聴いてもエッグい!声優さん歌うの大変だろうな~)
(うんうん、この困難を乗り越えた後の歌詞、自分だけのストーリー……!響く!さすが……)
「って、さすがって何でやねん!ちょっとだけ!いい曲なだけ!」
自分でも苦しいなと思いつつ、出す言葉には虚勢を張る。そうしないと、気持ちのどこかが押し潰されそうになるのだ。
まだ、二年半。もう二年半?
告白された訳じゃない。付き合う話もしていなかった。ファンと推しの関係と言うには微妙な距離感だっただけ。私も浮かれていたのは認めるし、恋だったのか何だったのかさえ分からない程だけど。それでも彼は私の「特別」で。彼にとってもそうであったはず……と思いたい。
大学時代も絶賛推し活をしていた私。
その頃はコンスタと平行して、友達の悠里と一緒に歌い手さんやらボカロPにもハマっていた。
当時私は実家から電車で一時間ほどかけて大学へ通っており、その電車の通学途中にボカロPパトロールをするのが日課のようになっていた。その時に彼を見つけたのだ。ボカロPとしての活動を数ヶ月前から始めたという彼のファンはまだ数人くらいしかいなかったが、ボカロのミキちゃんの使い方といい、中毒性のある曲といい、何より、その曲に負けない歌詞の、あっという間に虜になった。
ボカロPに限らず、アイドルやらバンドやらでも同じだけれども、いわゆる古参だと本人に名前も、何ならイベントで会えれば顔も覚えてもらえる。しかもこのご時世、SNSまであるのだ。当時はよく、彼と古参の数人でツイキャスで盛り上がったりしていた。「いずれ、こいつと話したことがあるんだぜー、って、皆が自慢出来るくらいになるからね!」と、彼はよく言っていた。その一年半後くらいには本当になっているのだから、素晴らしい有言実行と言うべきか。
私は、自慢するどころか何だか周りに話しづらくなってますけど。
なぜ、そんな微妙なことになったかって。イベントで初めて顔を合わせた後に、彼からDMがあったのだ。ファンとの距離感は保つつもりもあって、迷ったとも言っていたけど、ツイキャスで話をしていて感じよく思ってくれていたそうで。実際に会ってみて、可愛いしやっぱり感じいいし、もっと話をしたいと。
私も成人していたとは言え、20歳そこそこの小娘でした。浮かれました。可愛いと言われたのだって、嬉しかった。彼は面食いを公言していたから(さすがに今は控えてる様子が伺えるけど)。そして、褒められても男女のあれこれは実はちょっと苦手な私、慌てたことも否めない。
まあ、最初から付き合うとかって話ではなかったし、お互いにお互いの推し、みたいな感じで会うことにした。彼からしたら、自分の一番のファン的な?
その頃には結構ファンも増えてきて、ツイキャスなんかでも古参と新規の微妙なやり取りが増えてきて、何となく調整役になっていたのも気に入られたらしい。そりゃあ皆、それぞれ思うだろうけれど、せっかく同じ人を推す者同士、仲良くしたいと思うんだよね。
どうしても同担拒否は一定数いるから、なかなか難しいことも多かったりなんだけど。
ともかく、そんな訳で彼とはちょいちょい会うようになった。人気が出てきたと言っても、ボカロPは顔出ししない人が多いから、普通に街中で会えた。飲みに行ったりカラオケしたり、クリスマスイルミネーションを見に行ったり。コンビニから帰るのが一人で寂しいとかって、電話をしてきたことも多数あったな。新曲を作り始めた最初のフレーズを、一番に聴かせてくれたりも。あれは嬉しかった。友達以上恋人未満というか、ファン以上彼女以下というか?
そんな微妙な関係でも、彼に会えるのが楽しかった私は文句も言わず、匂わせ行動も全くせずだったので、今振り返ると、暇潰しにちょうど良かったのかなと思うのだ。
自分を否定せずに応援してくれて、害がなくて連れて歩くのにちょうどいい女。アクセサリー彼女っていうやつ?……自分で言ってて悲しいわ。
それに、強がりかも知れないけれど、私も自分が彼とどうしたかったかは微妙な所もあったのだ。推しだから好きなのか?彼が曲を作らなくなったら?あの、食べられる野菜を数えた方が早い偏食男と、ずっと一緒にいたかったのか?
……分からないけれど、五つも上の彼を可愛く思えていたのだから、それなりに嵌まっていたんだろうな……。
しばらくすると、大手の事務所から声が掛かって、CMやらアニメやらドラマやらのテーマソングを手掛けるようになった彼。
初めてテレビに出たね!曲が流れたね!すごいすごい、再生回数めっちゃ伸びてるよ!!なんて、盛り上がれたのは、ほんの3ヶ月の間ほどだったかな。
自分でも歌うようになり、彼は一瞬で大スターの仲間入りをしたのだ。隣にいたはずの人が、急に遠くへ行く感じ。本当に一瞬で変わるんだ、マンガで見たなとか、どこか他人事のように感じる不思議な感覚だった。
顔出しした彼と二人で会うこともままならなくなり、仕事も立て込み始めて。今までカレカノのように使われていたLINEのスタンプも無難なものに代わって。なかなか会えずに少し愚痴を溢した私に、思っていたのとちょっと違ってたんだよな、と言われたのはこの頃だったか。
そして。
メジャーデビュー1年目にして、年末の歌番組出場がめでたく決まった彼から、
「この番組が終わったら、必ず連絡するから待ってて」
と、メッセージが届いて。
それが最後だった。