恒良の恋1
親愛なる君に送る
空調の良く効いた小綺麗な部屋に、その場には似つかない薄汚れた日用品などが小さなダンボールに押し込められていた。
この部屋の持ち主である弁護士先生はダンボールの中に入っている封筒に目をやりながら深い溜息をつく。
これらの荷物の持ち主は数日前に死んだ殺人犯の物だ。
一週間前、女性がマンションの一室で刺し殺されるという凄惨な事件があった。
容疑者小高恒良は婚約者を自らの手に掛け、そのまま出頭してきたという。
これから事情聴取が始まるという時に勾留所の一室にてシャツを用いて首を吊っているのが見つかった、自殺と判断された。
この弁護士先生は牧場の羊が一匹、突然狼になってしまったような殺人犯恒良の弁護をする予定だったが、顔も合わせる前にお天道さんへ高跳びされてしまった。
恒良の遺留品は弁護士先生の元に一度届き、そこから彼の遺族に渡される予定である。
片付けられた机の上に一冊の週刊誌が置いてある。
見出しには「真面目な会社員、突然の凶行、隠された裏の顔とは」といったこの事件に関すること憶測で語る文句が並んでいる。
事件の世間的な評価を知りたいと思い購入してみたものの、大衆の喜ぶ犯人像に無理やりこじつける様なことばかり記載されている稚拙な雑誌に、犯人の真意にたどり着くなど到底無理であろう、そう思いながら弁護士先生は雑誌を古紙置き場へ放り投げた。
弁護士先生は時計に目をやっていると、入り口の方で誰かが来る音がする。
今日の来客といえば、恒良の唯一の肉親である実父がこちら遺品を取りに来るという手はずである。
「小高恒良の父、佐々木です。」
くたびれた初老の男はくぐもった声でそう答えた、少し臭う男だと弁護士先生は表情に出さずに思う。
恒良は母子家庭だが既に母親は他界、母方の親族から遺品の受け取り拒否をされたため、幼い頃に離婚したという実父に白羽の矢が立ったのだ。
「この度はご愁傷様です」
弁護士先生は男の臭いに顔をしかめないよう頭を下げながら言う、
「やっぱり母親の教育が悪かったんでしょうか」
弁護士先生の言葉などどこ聞く風と恒良の父は言う。
「それはわかりませんが、こちらに何か手がかりになりそうなことは書かれているかもしれません」
弁護士先生はダンボールに埋もれていた封筒を差し出す
「これは?」
「恒良さんの遺書だと思われます、僕はまだ見てませんが。もしかするとここに彼の真意が書かれているかもしれません。」
恒良の父はひったくるように封筒を受け取ると、封筒の中身を取り出した。
中はびっちり文字の書かれた便箋数枚が入っていた。