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みんはアンティークディーラー  作者: そとまちきゆみ
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第八話 リスはリス色?

3月10日の2日前、前日から降った春先の雪が道路の端っこにへばりついている昼下がり、自転車を走らせてマンモス団地に走った。

古い団地だった。団地内には、まだ舗装されていない道が多く、とけ残った雪が土と混ざって自転車のタイヤに絡み付いてくる。

一棟一棟、セメントの階段を駆け上がり、ドアの真ん中で口を広げている郵便受けに刷り上げたわら半紙チラシを押し込む。

自転車で移動して、また上って降りる。

途中から合流して手伝いに来てくれた虎郎が「チラシ配りに団地は便利ですねぇ。階段の下に郵便受けが設置されているもんねぇ」とふざけたことを言う。

かつてほとんどの団地は、なぜだか各家のドアと階段下との2箇所に郵便受けが付いていた。ドアに付いている郵便受けは、つまりドアそのものに穴を開けてあるだけだから、室内にいる人に直接チラシが届いてくれる。

「あのねぇ。全てのドアにチラシを入れて下さい。階段下で済ませちゃ駄目」

「えー、どっちでも一緒だと思うけどなぁ」とぼやきながらも、虎郎も階段の上り降りを始めた。

息を弾ませて一気に駆け上る。大体が4階、高くて5階。

エレベーターなんておしゃれなものは付いていない。建築法でその高さまでならエレベーターは不要ってことになっていたのだろうか?それともそんな法律が決まる前に建てられた団地なのだろうか?

上下する団地の向こうに陽が沈みかけている。オレンジ色の濃淡が縞目をつくって空一面に広がって、それがだんだん薄くなり、やがて灰色に変わった頃、刷り上げた全てのチラシがなくなった。


3月10日午前5時。気温は低いけれど、何だか興奮していて、あまり寒さは感じなかった。

ポンコツライトバンに飛び乗った。

「さぁ、虎郎さん、お願いしますよ。目指すは大古着市」

「了解しました!」

虎郎がポンコツライトバンにキーを差し込んだ。

プスン。 

えっ?プスン?

「いかん、バッテリーあがっちゃってる」

「あがっちゃってる、じゃないよ! どうすれば動いてくれるの?」

「すみません、押しがけですね」

このポンコツライトバンは、もちろんポンコツだから、何度もバッテリーあがりを経験させられた。そしてその時は、坂の上まで押して、走り出すのと同時に虎郎が上手に飛び乗ってエンジンをかけたものだ。

でも今は、ダイヤが悲鳴を上げるくらい古着と備品が満載。もちろんセメントの台6個も収まっている。

「酒屋の前の坂まで、押すわよ」

狭くて舗装もない駐車場からぐるぐるハンドルを回しながら細い砂利だらけの通りに出て、2つ曲がったらバス通り、そこから500メートルくらい行くと酒屋があって、そこは坂の上。

「やりますか?」と虎郎。

夜明け前だからどんな顔かは見えないけれど、多分ちょっと笑っている。見えなくて良かった。今笑った顔を見たら、ぶっとばすかも知れない。

うんしょと車体を押した。動かない。もっと腰に力を入れて、もっとバックドアの下のほうに手を置いて、もう一度うんしょと車体を押したら、ポンコツライトバンは、左右にちょっと軋んで、ゆっくりゆっくり動き始めた。

坂の下に着く。

「大丈夫ですか?」と虎郎。「あの時も押したね。成田の土手」とみん。

坂を上り始める。ものすごい重さだ。虎郎は右手で車を押して、左手でハンドルを操作している。ちょっと気を抜くと、後ろで押しているみんが押しつぶされる。

「きのう洗濯物を干していたらね。栗畑にリスがいたんだよ。こんな冬なのに、冬眠から覚めたのかなぁ?」

「えー、それってねずみを見間違えたんじゃないですか?」

「ねずみはねずみ色だからからわかるよ。でも、リスはリス色って言わないね」

「リスって結構凶暴だって知ってる?」

二人とも、リスの話題を探すのに必死だ。今、重いなんて口にしたら、一歩も前に進めない。

すると、ふっと車体が浮かんで手から離れた。音もなくスーと滑り降り始めている。虎郎がポンコツライトバンのドアをつかんで走っている。走りながら飛び乗っている。

坂を下りきる前に、キーを回さないと、今までの苦労が水の泡。

ブルルと坂の下のほうでエンジン音がして、やがて器用にUターンして、坂の上にひとり取り残されて、肩で息をしているみんを迎えに来るポンコツライトバン。

今は、どんなリムジンのお出迎えよりうれしい。


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