第七話 夜の団地は宝箱
夜の団地は、収穫物の宝庫だ。
今夜は捨てられたハンガー、ボロを整理する棚を拾うのだ。もちろんボロが捨ててあったら拾う。
でも、その夜の最大の収穫物は、ガリ版印刷機だった。ご丁寧にインクやロウ紙、鉄筆までワンセットで捨ててあった。
それを見つけた時は、夜の団地のゴミ捨て場で、ついつい踊りだしちゃった。宝探しの砂浜で、一等賞を当てたみたいだ。「うひょー」と声をあげて、その重たいダンボールを左肩に担ぎ上げると、いけにえの羊を祭壇に捧げる格好で、カニ歩きしながら、ボロ車の荷台に積み込んだ。
ガリ版印刷機とは、レトロな印刷機のことである。
薄くロウを敷いたロウ紙に、ペン先が鉄でできた「鉄筆」でがりがりと文字や絵を書く。それを四角い箱の1方がちょうつがいになっている蓋の部分の謄写版に貼り付ける。鉄筆で書いた部分にインクが通るという訳だ。謄写版の上からインクをつけたローラーで刷ると、印刷物ができあがる。昭和の半ばくらいまでは小学校などで「お知らせ」や「テスト用紙」を印刷するのに大活躍していた。
鉄筆を握り締めてまず「大古着市」と真ん中に大きく書いてみた。
広告代理店のデザイナー気分だけれど、実際は「太字」にしようとすると、ロウ紙が破れてしまうから、丸く文字をかたどって、中に細かく線を引く。
「団地入り口の三角広場」「3月10日(日曜日)午前8時オープン」これは中くらいの大きさの文字。
それから、紙のあまったスペースに、「シャツ・二百円」「Gパン・二百円」「スカート・二百円」「セーター・二百円」・・・「ドレス・八百円」「皮ジャン・千円」「オーバー、コート・千円」・・・。「子供服・百円」考えられる限りの衣服の名称を書いて、みんなにしつこく値段を書いた。
一刷り一枚じゃもったいないから、B4の紙を4等分にして、同じことを4回書いて切ることにした。
「ああ、イラストレーターが欲しい。フォトショップが欲しい」なんて考えは、知らないから浮かんでもこない。
その頃もコンビニには「コピー機」はあったけれど、1枚10円って・・・。そもそも、チラシにコピーを使うなんて発想がない。
ローラーを一刷りして、謄写版を持ち上げると、インクを吸い込んだわら半紙が謄写面にへばりついている。それをそっと引っぺがすと強烈なインクのにおいが安っぽいわら半紙のにおいと混ざる。
部屋中が刷り上ったチラシで埋まっている。