第五話 廃品回収業というものたち
翌日から、みんは虎郎のポンコツライトバンに乗り込んで、「ちり紙交換屋」を手伝い始めた。
虎郎は「着られもしないボロの服を集めるつもりですか?物好きだなぁ」と言いながらも、かいがいしくおにぎりを買ってきてくれたり、バナナやコーヒーを買ってきてくれる。
コンビニエンスストアというものが、あちこちに出来始めた頃のことだ。
「ご町内の皆様、大変お騒がせをしております。毎度おなじみのちり紙交換でございます。決してあやしいものではございません」
繰り返しながら、冬の武蔵野をゆっくりゆっくり走る。
バックミラーに注意して、四方八方の窓にも注意して、どこかで手を振る人はいないか?
通り過ぎた後ろの家で、主婦が手を振っている。
虎郎は上手にポンコツライトバンを滑らせて、その主婦のいる玄関先に車を寄せる。
出された新聞紙や雑誌の束を、ビニール紐で束ねる仕草は、もう20年もこの仕事をしている熟練さんみたいに手際がいい。
新聞紙や雑誌の束と引き換えに渡すトイレットペーパーを取りに、虎郎が車に戻っている隙にみんは車を降りて主婦に擦り寄る。
「ボロもいいですよ。捨てるのに困っている古着とかあったら、出してください。持って行きますよ」
したこともないような愛想のいい顔をする。
「あらそう、ちょっと待っていてくれる」
多くの家の押入れや物置から、風呂敷やごみ袋に入った「ボロ」が出てくる。
「メルカリ」も「ヤフオク」もない時代、押し入れや物置の主人公は、着なくなった服で満載だった。
「トイレットペーパー、もうひとつ差し上げてくださーい」
「ほーい」
すると、ほとんどの主婦が「あらー、悪いわよ。いいのよ、このボロの分は」と恥ずかしそうに辞退してくれる。
「ボロ」はどんどん集まった。
ありとあらゆる衣服の種類。
ワンピース、スカート、ズボンにジーンズ、Yシャツ、Tシャツ、セーター、オーバー、コート。スーツや毛皮まで出てくる。着物も出てくる、うちかけまである。人はどれだけ多くの衣類を身につけるのだろう。
下着や汚れたシーツが出てきたりもするけれど、そんなものは気にしない。
昼下がりの公園近くを走っていたら、ゴン、と車に何かが当たる音がした。
子供たちが、石を投げてくる。
虎郎が「コラー!」と顔を出す。
「ちり紙交換屋だー」
「ゴミ屋だー」
「屑屋だー」
子供たちが散り散りに逃げながら叫んでいる。子供たちは素直だ。
「そうか、屑屋かぁ」
遠い昔、裏の木戸を開けて棒秤を持ったおじさんがそっと入ってきた。束ねた新聞紙や雑誌をリヤカーに載せて、5円玉や10円玉を少しだけ縁側に置いて、ひっそりと帰っていった屑屋さん。
新聞紙や雑誌、ダンボールやボロを一手に引き取ってくれる「仕切り場」というのは、奇妙なにおいが流れている場所だった。虎郎の車のにおいと似ているけれど、もっとうらぶれた、スレたにおい。
働いている人も、一日の成果を下ろしに来たちり紙交換屋もただ忙しそうなだけで、決して活気があるわけじゃない。
「仕切り場」はけっこうな広さがあって、三方の壁は、プレスされて2メートル角のキューブにされた新聞や雑誌、ダンボールが、ショベルカーで天まで届けといわんばかりに積み上げられている。監獄の壁のようだ。その屑紙で築かれた壁は行くたびに形が変わっていて、低い壁の日などは、波にさらわれた砂の楼閣を連想させる。
壁に覆われていない一方が入り口になっていて、車のまま乗れる鉄の床の秤がある。到着するとまず満載のまま重さを量る。秤の横に高速道路の料金所みたいな小屋があって、そこに座っているおっさんが車のナンバーと重さを確認して、本日の仕切り場ナンバーが渡される。
まずは新聞専用の下ろし場に行くと、そこは床より1メートルくらい下を大きなベルトコンベアがゆっくりと動いている。新聞の川だ。そこに新聞だけを車から選んで、束ねた紐を切って投げ入れる。時々束ねた新聞の中に雑誌なんかが混ざっていて、間違えて入れてしまうと、急いでコンベアの上に飛び降りて、おぼれている人を助け出す要領で車にもどす。
新聞だけ下ろし終えると、また入り口の秤にもどって計量し、次は雑誌専用の下ろし場。また計量をして、今度はダンボール。最後にボロを巨大な鉄のゴミ箱に入れるのだが、もちろんボロを下ろさない。
新聞、雑誌、ダンボール、ボロ、とそれぞれに値段が違う。
新聞は一番率がいい。ボロは一番率が悪い。
嵩ではなく重さで値段が決まるから、一昔前のあらっぽいちり紙交換屋は、夜のうちに集めた新聞紙にホースで水を掛けて、重くしていたなんて話もある。
虎郎が一連の作業をしている間に、顔見知りになったおっさんのところに行く。「ホントはだめなんだからね、お姉さん。特別だよ」もったいぶっているおっさんに千円札を一枚渡すと「良さそうなのを10着以上選んでおいたよ。お店で着たら、お姉さんに似合いそうだよ。持っていきな」
おっさんは勘違いしている。多分みんが飲み屋の姉さんで、仲間に売ると思っているらしい。ケバいナイロンのドレスやひらひらした着物ばかり渡してくれる。もちろんそれはそれでいい。
計量を終えてお金を受け取った虎郎が、選んだボロを車に運んでくれる。
「トイレットペーパー1箱分を引いても、今日は5千円もありますよ」
虎郎は喜んでいるけれど、一日稼いでやっと手にした8千円からトイレットペーパー1箱分の3千円を引かれている。いくら40ロール入っているといっても、包装もせず、粗悪なこのトイレットペーパーが1個70円強、高いとは感じないのだろうか?
8千円の内、明日の「ボロ横流し」の分として千円をキープし、明日のガソリン代が約2千円 、残るお金はたったの2千円。帰りにはうれしそうに安いカニを買うのだろうし、これじゃいつまでたっても電話は通じず、家賃なんて払える筈もない。
けれど「ボロ」はどんどん集まった。
あばら家は、ボロの山になってきた。それでも、虎郎はよくわかっていなくて「そんなボロ、どうするつもりですか?」を繰り返している。