第四話 気分はもうスカーレット・オハラ
外でポンコツライトバンの息切れしそうなエンジン音が聞こえてきた。
虎郎が口笛を吹いている。いつもの「百万本のバラの花」。
虎郎は本気で、いつかバラの花を百万本くれるつもりらしいけれど、みんは今、家賃が欲しい。電話代が欲しい。
「今日は2500円ありますよ。みんちゃんの好きなカニ、買えますね。今夜も鍋にしましょうね」
虎郎は、明日のことは考えない。今日稼げたお金は、今日の鍋に変る。
とはいえ、みんもカニの誘惑には勝てずに、ポンコツライトバンの助手席に乗り込んで、マーケットに向かうことにした。
ポンコツライトバンはちり紙交換屋のにおいが充満している。新聞紙とダンボールとボロキレのにおいに、後は多分捨てられたものたちの、恨みのにおい?
それは、対向車のライトがまぶしくて、後ろを向いた時だった。おまんじゅうを膨らませたようなまるっこい風呂敷包みから飛び出して、玉虫色した布が、後部ドアのところでひらひらみんを呼んでいるのが見えた。
「あ、あの風呂敷包み?ボロですよ。今日はあまりボロキレがなかったから、紙ものだけ『仕切り場』に降ろしたんですよ。ボロはやっかいものなんだよね。嵩の割には重さがないから、お金にならない」
その時みんは確かに、古びた教会の鐘がガランガランと鳴っているのを聞いたのだ。
みんはマドリッドにいるのかもしれない。
夢中で運転席と助手席の間の、狭い隙間を抜けて荷台に移る。
「危ないですよ。どうしたんですか?危ないですって・・・」
虎郎の声が古びた教会の鐘に聞こえる。
玉虫色の布を風呂敷包みから引き出す。
布は「いやぁん、何するのよ」と言わんばかりに、身をくねらせながら、冬の武蔵野の対向車線を走る車のライトの光の中に現れた。紫色がかった化繊のスカーフだった。
「これ、何?」
取り付かれたように、風呂敷包みを開けると、押し込まれていた繊維たちが伸びをするように走るポンコツライトバンの荷台に広がる。別の風呂敷包みを開けてみる。全部で8包みある。ワンピース、スカート、ブラウス、Tシャツ・・・。
「だから、ボロですよ。役立たずのボロッ切れ」
「きれいじゃない!」
「着るんですか? そりゃいいですけど、あなたの趣味じゃないと思うなぁ」
もはや虎郎の声は、あのマドリッドの教会の鐘の音にかき消されている。
あの雑踏、声を張り上げる売り手の声、ぶつかる人人、そしてざわめき・・・。
札束を数えるハリウッド毛皮女の手元・・・。
「私、稼ぐわよ!」
思いっきりのみんの大声が、ライトバンの荷台に響き渡る。
揺れる荷台でみんは仁王立ちになった。153センチしかないみんの身長だと、ちょうど頭すれすれで立つことができる。
「私、このボロで大事業家になるんだよー」
気分は「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラだ。