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みんはアンティークディーラー  作者: そとまちきゆみ
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第三話 昭和の貧乏暮らし

あの日から、1年が過ぎようとしている。虎郎は相変わらず貧乏で、それでも満面の笑みをこぼして毎日働いている。

みんと暮らし始めて、虎郎は国分寺市の片田舎に古びた一軒家を借りた。

一軒家とはいうものの、それはまぁ、見事なあばら家の小さな小さな一軒家。家賃は28000円。

戦後すぐに建てられて、築40年とか50年とか。時代遅れもいいところだけれど、小さな庭の向こうには栗畑が広がっていて、のどかなことこの上ない。


家の敷金や毎日の食費やらで陸送屋の社長さんには借金だらけのくせに、虎郎は「日雇いの陸送屋ではいけない」と「ちり紙交換屋」になった。

「ちり紙交換屋」と「陸送屋」のどちらがいいのかみんにはわからないが、確かに「陸送屋」の場合は、「キセル」という犯罪に手を染めない限り、お金は入ってこない。あの成田の時の様な「帰り車」があるのは実際幸運なことで、帰りは電車となるが、その電車代をまともに払うと手取りは1日働いても2~3千円と悲惨なものである。

「キセル」というのは、通常、乗降駅と下車駅両方の1区間分の定期を買っておいて、運賃を浮かせるという乗車方法である。だから真ん中が空洞の「煙管」が由来だろうけれど、貧乏学生はよくやっていたものだ。ただし「陸送屋」のキセルの場合はなかなか大変で、ほとんど東京⇋大阪や、東京⇋秋田とかの長距離が多いし、不定期だから、この「1区間定期キセル方法」が使えない。このため「陸送屋」達は、東京駅から1区間のJR(国鉄だったけど)の回数券や、東京⇋横浜の新幹線の回数券を買っていた。(品川駅には新幹線駅はなかった)

みんも、そんなスリルがついおもしろくて、虎郎が夜遅く帰ってくる時などは、わざわざ国分寺駅から東京駅まで出向き「新幹線の入場券」を2枚買って、1枚をビニールでつつみ、ホームの一番端っこのベンチの裏にガムテープでくっつけるという犯罪の片棒をかついであげたりもした。

当時は、切符に駅員さんが「はさみ」を入れたから、「陸送屋」達は、小さなカッターを持っていて、トイレで切符に切り込みを入れたりして、つましい努力をしていたけれど「キセル」取り締まりは完全な「イタチゴッコ」となり、電車内での切符所持の検査も徹底し始めたし、駅員さんが午前と午後で「はさみ」の場所を変えたりし始めた。そして、ついにはとっ捕まえた「陸送屋」の過去何年分もの仕事歴を調べ上げて、何10万円もの「追徴金」を取ったりし始めたのだった。

そんなわけで、だんだん「陸送屋」もせちがらくなり、虎郎は転職を余儀なくされたわけである。

もちろん陸送屋の社長さんには借金をしたままで「まいどおなじみのちり紙交換屋」に転職したわけで、割がいい長距離で「帰り車」があったりすると「陸送屋」に早変りしたりもして、虫のいい蝙蝠さんだ。おまけに「陸送屋」で車検が切れてポンコツと化したライトバンを、またまた社長さんを拝み倒して「ただ借り」をして仕事をしているのである。

スピーカーとカセットテープレコーダーは、ゴミ捨て場から拾ってきた。これが結構まだまだ使えるからたいしたものである。

この旧式のステレオのスピーカーを、ポンコツライトバンの屋根にビニール紐で括りつけて、虎郎は武蔵野の町をのろのろと走っているわけだ。

「ご町内の皆様、大変お騒がせをしております。毎度おなじみのちり紙交換でございます」は、当時、いたるところで聞こえていたものだ。

ただ虎郎は「ご町内の皆様、大変お騒がせをしております。毎度おなじみのちり紙交換でございます。決してあやしいものではございません」

と余計な一言を加えて録音し「今日は笑ってくれた人がいた」と大喜びで話してくれるものだから「あんた、それちっともおもしろくないよ」とも言えなくなってしまった。


それにしてもお金がない。

ついにストーブの石油がなくなった。コタツにもぐり込んでも、古いあばら家の一軒屋、隙間風がぴゅーぴゅーと情け容赦ない。

家賃は3ヶ月溜まっている。さっき敷地内に住んでいる大家さんが自転車で通り過ぎたから、おもわず隠れたけれど、そろそろ何度目かの催促にくるだろう。

電気代とガス代だけは2ヶ月遅れくらいでかろうじて払っている。3ヶ月溜めるときっちり止められる。だから、ギリギリにお金をかき集めて払うようにしているけれど、時々タイミングが悪くて部屋に入ると真っ暗で、何日かローソクで過ごすという経験もしている。水道代もたまっているけれど、これだけは心配ない。とっくに止められているけれど、古い水道管だからバルブを閉め切れなくて、ポタポタと水が出続けてくれるのだ。だから、流しの鍋にも風呂桶にもいつも水が溜まっている。おまけに、止まっていることになっているから水道代はかからない。

電話は・・・虎郎は、生まれてから今まで「電話」というものが自宅にある生活をしたことがないらしい。これにはさすがに驚いた。昭和も終盤に入った時期である。まだ携帯電話こそ出現していなかったけれど、「電話がない生活」というのは考えたこともなかった。

旅に出る前に、電話局に預けて休止状態にしておいたみんの電話を復旧させたものの、それっきり、電話代を払っていないから、みんも「電話がない生活」に突入している。


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