第一話 旅の途中で秋になった
「ラストロ」には人がひしめき、あっちにもこっちにも地べたやべニアにペンキを塗りたくった簡易売り台には「どこから持ってきたんだ」と言いたくなるような品々が並んでいる。スペインはマドリットの名物、巨大な蚤の市だ。
ひらひらとはためく黒地に真っ赤な花が描かれた化繊のスカーフ、なめし皮のブーツやパンプス、緑やブルーのビンやコップ。下品な濃い染付けのコーヒーカップや真っ黄の絵柄の皿。所々にお決まりのように、フラメンコを踊る男女が描かれた金属の飾り皿が掛けられ、おもちゃの闘牛の剣が、安っぽく揺れている。
何キロも、どの横丁の路地にも、どこまでも続くガラクタの山々。
空は晴れ渡り、古びた教会の鐘が時おりガランガランと鳴っては、びっくりした鳩が、わめき散らしながら舞い飛んでいる。
みんは人ごみにもみくちゃにされながら、えんえんと露店の続く通りをさまよっていた。
古びた教会を中心にして、放物線状に延びたそれらの道には、毛細血管に流れる血のように人々がひしめいている。
その時、みんは貧乏旅行中だった。
アルバイトをして貯めた少しばかりのお金を腰に巻いて、日本を出たのは5月だった。3ヶ月くらいで帰るつもりだったけれど、ケチケチお金を使っていたら、けっこう長逗留できてしまって、もはや9月も終わりに近い。
すっかり肌寒くなってしまった。
それをドミトリーという何人もが同じ部屋に押し込まれた安宿で愚痴ったら、アメリカ人のお姉ちゃんがこの「ラストロ」を教えてくれたのだ。ここなら、衣類がとっても「チーパー」。アメリカ人の旅行者は「エクスペンシヴ」と「チーパー」ばっかり気にしている。
かく言うみんだって、少しでも安いスカーフのひとつも買いたいから、この「ラストロ」にやって来たのだけれど。
だけどまぁ、よくこれだ、訳のわからないものばかり売っているものだ。売主は、本気で売っているのだろうか? あらゆる下着から引っ剥がしてきたようなハンパレースを山と積んだ屋台のおっさんは、でっぷりと太った体を揺らしながら、なにやらわめいている。こちらは使い古しのタイヤを扱う痩せこけたおっさん。
その横では、ハリウッド女優が着ていそうな毛皮を身にまとった女がいかにも高級な車のバックドアを開けて、何やら古めかしいものを売っている。
そのハリウッド毛皮女の店で、気味の悪い人形と目が合った。
「いくらですか?」
聞く気もないのに聞いていた。
「50万ペセタ」ハリウッド毛皮女は、吐き捨てるように言う。
えっ?50万ペセタ?ということは70万円?聞き間違い?
10万ペセタもあれば、スペインなら2~3ヶ月は旅行を延長できる。
きっと何かの間違い。
ハリウッド毛皮女は、高慢ちきな顔でフン横を向いてしまっている。
気を取り直して歩き始めた。
次に見つけたそれは玉虫色をしていた。
風呂敷のようだが、スカーフだ。
紫色のようで、赤のようで、ブルーのようで、緑のような色のテレンとした布の端っこが目に映った。山と積み上げた古い布の間から、きらりと玉虫色に光った。
地べたに積まれた古着の山の間である。
親指と人差し指でつまみあげて、ツツッと引っ張り出した。
布は「いやぁん、何するのよ」と言わんばかりに、身をくねらせながら、初秋のマドリードの光の中に現れた。キラキラしている。
百ペセタ・・・よかった、140円だ。
首に巻いて歩き始めて、いつの間にかさっきのハリウッド毛皮女の店の前にもどっていた。
くたびれた革ジャンを着たおじさんが、さっきの人形を大事そうに抱えている。つんとすましたハリウッド毛皮女は、あたりまえの顔をして、3センチ以上の厚さがある札束を数えていた。
70万円が・・・この雑踏の中で売れたのだ。
彼女はチラリと通りに目をくれたけれど、さっきのしょぼい東洋女のことなど気付きもせずに、札束を数え続けていた。