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『庶民に追放なら良いかと思っていたら』シリーズ

イーシス、恋人ノルラのおねだりに悩む

作者: 天川ひつじ

「庶民に追放なら良いかと思っていたら殺害ルートがあるそうです」シリーズ7作目。

人物紹介:https://ncode.syosetu.com/n3107gu/

 

 

 

ある日、イーシスは、好きな子のノルラからおねだりをされた。

「私も、アリア様みたいな宝物が欲しい。イーシスくん、欲しいな~」

「え。うん」

イーシスは静かに頷いた。

そして、調理器具を整理し終わってから、このおねだりを思い出し、

『あれ、難題だ』

と気が付いた。


***


イーシスの家族は、父母と4姉弟で6人家族。

そして、父母の親友、雇用主であるもう一家族と一緒に大きな家で暮らしている。そちらも父母に4人兄姉で、6人家族。

なお、一番上同士が駆け落ちし、基本的にこの家にはいない。


さて、イーシスの恋人ノルラは、一緒に住んでいるもう一家族の末っ子だ。

小さい頃からイーシスを大好きだと慕ってくれ、イーシスも可愛いと思い、ノルラにだけ特別に形を凝らしたお菓子を作ってあげたりして付き合ってきた。


ノルラはイーシス一筋と決め公言している。

彼女は、一時期、姉ドルノと留学にと外国に行っていた。その時モテたらしいが、全部断って戻ってきてくれた。

イーシスの方も、ノルラと結婚を考えている。ずっと仲良く一緒にいたい。


さてノルラの可愛いところは、おねだりをしてくるところだとイーシスは思う。

そして、ねだられると叶えたくなる。


ただ、今回は難易度が高そうだ。


イーシスが動きをとめて難しい顔をしたので、料理の手伝いをしてくれる妖精ツィカが話しかけてきた。

『どうしたんだよ。腹でも痛いか?』

ちなみに周りには、ツィカ以外にも幽霊のようなものがいるらしいが、イーシスにはツィカしか認識できない。とはいえツィカが他の幽霊の話を通訳してくれるが。

ツィカ始め幽霊たちは、イーシスをとても慕って力を貸してくれている。


「いや・・・」

イーシスは相談に口を開きかけてから、傍に恋人ノルラがいないことを確認して、打ち明けた。

「ノルラちゃんに、一生大事にするような宝物になるようなものが欲しい、って頼まれた。何を贈れば良いのか、難しいなと思ってしまって」

『あぁ。イーシスのお母様の持ってる宝石に憧れたんだろ? 可愛い子だよね』

ツィカの言葉にイーシスは頷いて、しかし難しい顔になった。


イーシスの母は、実は貴族令嬢。父親とこの国に逃げてきた。

そして、父も実は別の国の貴族だった。国が滅ぼされて、母の国に復讐に潜り込んでいた。

ちなみにこれらはイーシスの家族以外に絶対漏らしてはいけない秘密だ。


とにかくそんな歴史を持つ父と母。

そんな両親の宝物の一つが、父が母に贈ったという卵サイズの宝石だ。

元は、父の家が代々子に渡してきた宝石だという。滅んで今は無い。

それを父は偶然取り戻し、母に贈り、母は大事に持っている。


それを、母は子どもたちに見せてくれる。

結果、ノルラは、イーシスの父がイーシスの母に贈った、という話も含めて、『自分もそういう品が欲しい!』となったのだろう。

簡単に想像はつく。


しかし。

ではイーシスが、何をノルラに贈ろうかと考えると難しい。


「宝石は・・・このレストランはうまくいっているけど、ノルラちゃんの期待するような宝石は絶対、値段が僕には高すぎる。ノルラちゃんは目が肥えているから安物は却下。だからって僕が無理して高額なものを買ったらきっと罪悪感を持つ。ノルラちゃんはそういう女の子だ」

『ふーん』

ツィカがちょっと理解できない顔をしているが、イーシスはノルラについて確信している。


イーシスの母の宝物に憧れたが、だからといって、同じものを欲しがっているわけではない。

イーシスが無理して高額なものを買う事を求めているわけでもない。

そして一方で、例えば『気持ちは籠っているが安値の品物』は、ノルラは喜ばない。

ノルラは、高値の品を喜ぶ性格だ。もちろん、品質が伴っている事が大前提で。


加えて、彼女たちは別の国の貴族で、先日までの留学先はその国だった。

そこには、彼女の祖父祖母が暮らしている。貴族だ。

彼女はその屋敷で留学中を過ごした。つまり、貴族の品物に囲まれて過ごしてきたから、間違いなくイーシスよりも豪華な品々を見てきている。目が肥えている。


『海に潜ってさぁ。真珠でも獲ってきたら良いだろ』

とツィカが言ったが、イーシスが口を開く前、ツィカが眉をしかめた。

『あ、無理らしい。ごめん。そんなに簡単に見つかるものじゃないんだな』

ツィカがため息をついた。どうやら他の幽霊の意見があったらしい。


「うん。そうだね。それに、ノルラちゃんはきっと真珠じゃないと思うんだ」

真珠はイーシスも見たことがある。

おそらく、真珠の輝きは彼女にとって大人しすぎる。彼女はもっと分かりやすくキラキラしたものを好むと思う。


「・・・家族にも相談してみるよ。ノルラちゃんの期待に応えたいんだけど僕の中には候補がなさすぎる」

『おぅ。あ、待ってくれ、イーシス。多分、多分だけどさ。ノルラちゃんは、他の人がズバリ正解ってものを言ったとして、その品物をイーシスがただ用意する、っていうのはー、嫌かもしれないな、ってさ』

「・・・あぁ」

イーシスは頷いた。

「そうかも。そうだね。ノルラちゃんは僕に考えて欲しいんだ。他の人にはヒントだけを貰わないといけない」

『難題だなぁ』


***


イーシスは普段あまり悩まない。

いやそれなりにあるのも事実だが、状況を考え冷静に判断し決断していけばたいてい解決する。


だけど、今回は手に余ってしまった。


悩む中で、とイーシスはふと思った。

自分は16歳になり、ノルラは14歳になったところ。

ひょっとして、これは。きちんとプロポーズをしてほしい、という願いも込められたおねだりなのかもしれない。


はっきりそう告げたことはまだない。


一緒にいる未来を想定した会話は何度もしてきた。

家族にもその心づもりだと話している。

むこうもそのつもりでいてくれることも分かっている。


だからこそ、万全のタイミングで。

それには、もう少し年齢が上がってからの方が良いと思っているのだ。


婚約? そのための贈り物が欲しい? いや、そこまでは考えていない?

だけど。


分からない。誰に相談すれば良いだろう。


***


イーシスは、父親が一人で歩いているところを捕まえて、傍の部屋にて相談した。

すると、父親は過去を悔やむような表情をした。

「すまない。俺に、お前たちそれぞれに分けられる代々のものがあれば良かったな」


イーシスは首を横に振った。

「ううん。僕は、僕たちが家族皆生きていることに感謝してる」


父母共に、結婚前に死ぬところだったという話も聞いている。

だから、代々の品を期待する必要はない。父母が生き残っただけで十分だ。


イーシスのキッパリとした発言に父は嬉しそうに目を細めた。

言葉はないが、イーシスに『ありがとう』と表情から伝わってくる。


父は少し考えるように宙を見た。

「やはり宝石だろうか」

と言った。ノルラへの贈り物の事だ。


「宝石も色々あるんだろ?」

とイーシスは尋ねた。種類が全く分からないのも、今回イーシスを悩ませる原因の一つだ。


「あぁ。お母様たちの方が詳しい。お父様たちは、どうしても仕事の素材として見てしまうからな。ノルラちゃんに最適なものと言われると正しい判断ができないな」

「図鑑とか家にある?」

「無い。お母様に聞くのでは駄目なのか?」

「うん。僕が勝手に思うんだけど、ヒントは人に聞いても良いけど、答えは僕が見つけないといけない気がするんだ。それがノルラちゃんの理想だと思っているんだ」

人に答えを貰ってそれをイーシスが用意。それは、ノルラはがっかりしそうな気がする。

イーシスが考え選ぶことを含めて、多分ノルラは期待している。

だから、答えを正確に出す可能性のある母に聞くのは危険だ。避けた方が良い、少なくとも、まだ今は。


父はイーシスの答えに少し考えるようにして、苦笑した。

「ノルラちゃんは、一番うちのお母様に似ているかもな。性格が」

「・・・そうかな」

「お母様の方が我儘な気がするが。お嬢様育ちの上に後先を考えないからな。・・・お母様に言ってくれるなよ」

「うん。大丈夫。・・・ノルラちゃんは、先の事をしっかり考えてくれる」

「良かったな、イーシスは。・・・高いものが買いたいなら、多少貸してやるから、相談にこい。こっそり出してやっても良いが、それじゃ意味が無いんだろう?」

「うん。僕の買える範囲が良いはずだ。借金してまでの買い物は望まれてないと思う」

「そうだな」


***


相談できたことで少し考えが整理できる。答えは出ないが。

イーシスはその後数日、何を贈るべきか考えながら過ごした。

しかし答えは出ない。

丁度勇者の仕事から兄ディアンが家に帰ってきたので、イーシスは相談のためにディアンを捕まえた。


「うーん」

ディアンは少し考えるようだ。

「勇者の仕事で、遺跡に行くことも多いんだ。僕が持って帰って良いものなら、良さそうな宝石を持って帰って来るけど・・・きっと僕が持ち帰っても意味がない気がするな」


イーシスも同意に頷いた。

「うん。僕自身が行って見つけて、持ち帰ったら、理想だけどさ」

「なら、イーシスさえ良かったら、勇者の仕事に一度来るか? ただ、イーシスのレストランが人気だから休むのが難しそうだけど」


その通りだ。イーシスはまた頷いた。

「うん。ディアンは酷い時、数か月、家に帰って来ないだろ。短い時も多いけど。レストランをそれだけ休むのは難しい。予約してもらってるし、お父様たちのお客様の昼ごはんや休憩をどうするかって話になる」

「レストランを武器たちだけで回すのはさすがに無理なんだよね」

妖精ツィカと幽霊たちは、ディアンが持ち帰ってきた武器の幽霊たちなのだ。イーシスのためにレストランを手伝ってくれている。頼もしい味方で戦力なのだが。

「ツィカたちだけではさすがに無理だ。お客様と会話できないんだから。あと、ツィカたちだけで回せたらそれも嫌だ。僕の仕事に意味がない気分になりそうだよ」

「そうだね。イーシス、ルルドくんには相談したのか?」

「いや、してない」

「そっか」


ルルドというのはノルラのお兄さんだ。

もうすぐ、イーシスの妹アイシャと一緒に他国に留学することが決まっている。だから今はその準備期間。常より忙しい。とはいえ、相談には間違いなく乗ってくれる。

ただ、この話の相談相手としては適役とは思えないのだ。女性へのプレゼントを考えるにあたり、残念なことに、ルルドよりはイーシスの方がまだ良い案がでる気がしてしまう。

さらに、ルルドに『妹ノルラのことでごめん』と思わせて謝らせてしまうだろう。

そう想像してしまって、相談しにくい。


イーシスはふと尋ねた。

「ディアンはさ、好きな人いるの?」

「え。いない・・・な」

兄ディアンが少し考え口ごもる。


「そっか。いたら、おねだりされたら何を贈るんだろうって」

「僕は多分その人に聞くと思う。遺跡の宝石を喜ぶ人もいる一方で、小さな草花を喜ぶ人だっていると思うから」

「ノルラちゃんは、遺跡の宝物が何かによるだろうなぁ。草花より立派な花束だ」

「そっか」

兄ディアンはイーシスの言葉に真顔で頷いてから、少しおかしそうに笑った。

「面白いよね。きっとドルノちゃんだったら、小さな草花でも喜んでくれる」

ドルノはノルラの姉だ。姉妹なのに、性格が全然違う。


「そうだね。・・・本が好きだから、それで栞とか作ると、喜んで大事にしてくれそうだ」

とイーシスも答え、苦笑した。

好きな相手ノルラのプレゼントには悩み、今は関係ないドルノなら正解がすぐ分かるなんて。

「栞・・・そうだね」

とディアンがドルノを想像したようで、少し優しそうな顔になる。


実は、ドルノは兄ディアンの事が幼いころからずっと好きだ。

そう家族みんなが知っている。

一方で、ディアンはそう気づいていない事も。そして、ディアンの方は、ドルノを家族の一人としか見ていないことも。


案外お似合いだと思うんだけどな、とイーシスは思うが、人の恋路に口を出すべきではない。してはいけないことだと思っている。


しばらく無言になったのは、それぞれ何かを考えたからだろう。


そしてイーシスにはやっぱり、この難問の正解を見つけられない。

不正解なら分かるのに。


例えば。

手の込んだ料理は、月並みすぎる。特別では無い。ノルラは宝石のように、永久的に残るものを望んでいる。

大金を払って手に入れる高級品。高級品というところだけ当たり。ノルラは無理な散財は望まないはず。一方で、無理をしないなら、小粒しか買えないはず。高級品だから。

アクセサリー。光を放つような煌びやかなものがきっと正解への道だ。

だからイーシス手作りの品は望まれていない。イーシスは料理以外、月並みな工作しかできないから余計に。


お客さんにヒントを貰いたいと思う気持ちも出てくる。レストランにはこの国の裕福な貴族がたくさん来てくれて、イーシスたちに気軽に話をしてくれる。

だけど、その結果、間違いない答えが出てくるのは怖い。

そもそも、そんな悩みをこっそり聞いてもらう隙はない。レストランではノルラも一緒に働いているからだ。そして基本的にイーシスは調理場にいる。ノルラもだが。


***


毎日のように考えてしまって、頭痛さえ覚えるようになった頃だ。

恋人ノルラが傍にきて、イーシスの顔を覗き込むように見つめてきた。

「イーシスくん。悩み事って、ひょっとしなくても、私のおねだりが原因?」

「・・・」

イーシスは言葉なく、心底心配そうなノルラの表情を見つめてしまった。

それだけでノルラは、自分の問いが当たりだったと確信したようだ。


項垂れるようになって、ノルラが謝ってきた。

「ごめんなさい。そんなに悩ませるつもりじゃなかったの。ごめんなさい。あの、欲しいと思うのは本当で、決して嘘とか、簡単なおねがいじゃなかったの。そこは真剣なの。だけど、そんなに悩ませようと思ってたわけじゃないの」

「・・・うん」

分かるよ。


ノルラが気落ちしている。

イーシスは目の前の辛そうなノルラに自分も胸が痛くなった。

「ごめん。僕がすぐ、贈り物を用意できたら良かった。何が良いのか、ずっと考えてはいるんだ。ごめん、時間をもうちょっと欲しい。お願いだから待っていて欲しい」

ノルラの期待には応えたいのだ。


思えばイーシスはずっとそうだった。

小さな頃から、ノルラがイーシスを慕ってくれて、まとわりついてくれたから。

例えば、『湖の船にイーシスくんとノルラで一緒に乗りたい』なんてねだってくれたり。

イーシスはノルラの特別だった。

だからこそイーシスは期待に応えたくて。ノルラの特別の座に、ずっといたかったのだ。


イーシスが何かをする前に、先にノルラが強請ってくれる。

イーシスはそれに応えれば良かった。

それで幸せになれると分かっていた。


ノルラは、おねだりすることによって、イーシスに正解を示し続けてくれる。


ただ今回は難題だった。

一生の宝物。

例に挙げられているのが、父と母の、歴史と思い出の詰まった最高級の宝石。


父の言う通り、代々の品で親から譲り受けた、ぐらいで無いと、16歳の若者イーシスが金銭的にも価値の高い品を手にする事は無いだろう。庶民の十代の若者に買える代物では無い。


兄のように特別な仕事をしていたら、特別な地に赴いて自ら入手も可能だったかもしれない。だけどイーシスは料理人だ。加えて料理は食べると残らない。今回のおねだりの答えには合わない。


今まで、ノルラの期待に応えられない、なんてことはイーシスには無かった。

ノルラは賢い。イーシスを分かった上での可愛いおねだりが得意だからだ。


初めての失敗、という単語がイーシスの脳裏に浮かび、イーシスは今、顔面蒼白になった。


傍、妖精ツィカがイーシスの様子にギョッとしたのも目に入った。ツィカも顔色を悪くした。

イーシスの様子に動揺しているのだろう。


と、ノルラがイーシスに抱き付いてきた。

「あのね。イーシスくんを困らせるつもりはなかったの。信じて」

「うん」

それは間違いない。イーシスは固い顔で頷いた。

一方、失敗、という単語が脳裏から離れない。


「あの、絶対、毎日ずっと、考えていてくれたぐらいに、考えてくれてたよね、イーシスくん」

「・・・うん。大事、だから、叶えたくて」

イーシスが顔色を悪くしつつもそう告げると、ノルラが抱き付いたまま顔を上げて嬉しそうに笑う。

「うん、絶対そうだと思った。あのね、ちょっと前から、ずっとイーシスくんが悩んでいるの、分かってたの」

「・・・」

きっと、その間、イーシスが答えを見つけるのをノルラは待っていたのだ。

失敗、という単語がグルグル脳裏を駆け回る。単語数が増えていく。


「ドルノお姉様に、怒られちゃった。いい加減にしなさいって」

ノルラがちょっと笑ったように、愚痴のように小さく言った。視線を伏せて。

「二人で一緒に答えを見つけて来なさいって、ドルノお姉様が言ったの」

ノルラがまた視線を上げる。イーシスを見つめる。

「それでね。私だって、何が欲しいか分かって無くて、でもイーシスくんがくれるものが正解だって思ってたの。本当よ? でもまぁ、流木とかだったら、困るんだけど・・・」

とノルラ。

急に流木、と言われたイーシスは、頷いた。流木なんて選択肢は無い。


「それでね」

ノルラが抱き付いたまま恥ずかしそうになって顔を赤らめて、はにかむ。

「明日、お客さん来なくて、レストランはお休みでしょ? ドルノお姉様が、ディアンくん誘って皆のお昼と晩御飯を作るから、私とイーシスくんで町にデートしてきたらって」

「え。町にデート? あれ、ディアンは明日帰ってくるの?」

兄ディアンはまた勇者の仕事に出かけている。


「えぇ。今日の晩に家に戻って来れるんですって。ドルノお姉さまがその連絡を受けて、教えてくれたの。それでこの話になったの」

「そっか」

兄ディアンが戻ってきたら、いつもイーシス始め家族が、労いにご飯を作る。とはいえ毎日きちんと料理するが、手を込んだものを選んだり、ディアンが好きそうなものをメニューにする。基本何でも喜ぶが。


「イーシスくん、明日、私をデートに連れて行ってくれる? 一日中よ」

「うん。分かった」

お昼ご飯はどうする? 一日中ならお弁当を作るべき?

「行ってみたいお店があるの。レストランもカフェもよ。この前きたお客様が教えてくれたの。ユフィリエール様よ。お名前を出したらちょっと良い席にしてくれるって」


ノルラの言葉に驚いた。いつの間に、そんな情報を入手していたのだろう。


さすが、ノルラちゃんだ。

僕より気が利いて、良い場所や良いものをよく知っている。


「それでね」

ノルラがまた恥ずかしそうに言った。上目遣いだ。彼女はこの表情が可愛いと分かっている。

「一緒に、私はイーシスくんに、イーシスくんは私に、プレゼントを選んで、贈り合いたいの。一日一緒にいて、お店に行って、相談して、良いのを見つけて、贈り合うの。一生大事にするのよ。皆にも自慢するの。良い? お互い、ちょっと奮発するの。良い? 私のおねだり、叶えてくれる? イーシスくん」

「それって、この前ノルラちゃんが言った、一生の宝物のプレゼントを、一緒に選びに行くって事だね。明日」

「うん、そう!」

ノルラが嬉しそうに笑う。

イーシスはほっとした。笑んだ。自分が思う以上に安堵していた。

「最高だ。うん、分かった。ありがとう、ノルラちゃん」

「最高なのはイーシスくんよ! ありがとう! 私の我儘聞いてくれて! 大好き! 愛してる!」

「僕もだ。ノルラちゃんがいてくれて幸せだ。傍にいてくれてありがとう」

イーシスの言葉に、ノルラは抱き付いたまま、嬉しそうにピョンっと跳ねるように動いた。

うふふ、と上機嫌になって笑っている。とても可愛い。


「イーシスくんって本当にカッコイイ。私って本当に幸せだわ」

「僕もだ」


『あー良かったー、落ち着いたー』

ノルラには見えない妖精ツィカが傍でホッと胸をなでおろしている。

『だよなぁ、俺たちの王妃だ。やっぱ凄い』

と、これは恐らく幽霊たちと話している。

彼らは、イーシスを王、ノルラを王妃と呼んだりする。ここは彼らにとって滅んだ王国に変わる、新しい王国らしい。


「早速、明日の準備をしよう」

「えぇ!」

イーシスの声掛けにノルラは身を離してにこやかに答える。


後で、ノルラに案を言ってくれたドルノに礼を言いに行こう。とイーシスは思った。

お金の許す範囲で、家族にちょっとしたお土産を買うのも良さそうだ。


***


翌日。

イーシスとノルラで空飛ぶ船の運転を代わり合って、家から少し離れた場所にある町についた。

町と言っても大きな建物が3つだけだが、その建物が非常に大きい。中に色んな店が集まっているので、あらゆるジャンルのものを買いそろえたい時に便利だ。

なお、専門的にもっと豊富な種類を見たい場合は、ここではなく、それ専門の店に出向く事になる。

ここは、いわゆる「今、人気の品」や「店が売りたい品」のみが揃えてある。


さて、全部見て回るのは一日だけでは無理だ。

計画的に店を見て回る予定。親やお客様からの情報をリストにまとめてある。

品物を見て回る。単純に、楽しい。


イーシスは家から他の場所に行くことが極端に少ない。

仕事場が家で、お客様が来てくれる形態だからだ。

ありがたいことに人気で、長期に休みを取る暇もない。計画して休みを取るほどに行きたいことやりたいことがあるわけでもない。

休日は勿論ある。そんな時間は、家の傍の湖で釣りをするだけで快適だ。食材確保にもなる。


そういえば小さな頃は、たまに2家族そろって買い物に町に来ていた。良い思い出だ。

一方、姉たちが駆け落ちしたころから、揃って町には来なくなった気がする。

姉夫婦は他国を周る商人になっていて、たまに帰ってきては様々な品を見せて売ってくれることも大きいだろう。


でも。こうやって町に出ると楽しい。とイーシスは思った。

楽しそうにするノルラが傍にいる。だから幸せだと思うのだ。

これが一人、または他の誰かとなら。

きっとこんなに楽しいと思わないだろう。淡々と目的のものを選んで買い、家に帰るだろうと想像できる。


「本を、ドルノちゃんのお土産にしても良いかもしれない」

立ち寄った店の一つでイーシスは呟いた。

「そう? そうね。でもドルノお姉さまって読むの早いのよね。交換サービスに申し込んであげた方が喜びそう」

「交換サービス?」

「ほらここ。貸本屋ですって。定期的に町に来ないといけないけど」

「本当だ。手紙なら魔法で送れるのにな。8日待つのが駄目なんだろうか」

「たまに紛失するからかも。ねぇ、正直、ドルノお姉様はもっと町に出た方が良いと思うのよ。だから丁度良いかも。町に出て、ディアンくん以外の人に目を向ける機会を作った方が良いと思うの」

「それに関しては、余計な事をドルノちゃんに言う気は僕には無いよ」

「そう」

「とりあえずこのサービスはドルノちゃんに教えてあげよう」

「そうね」


家族に良さそう、と意見し、たまに購入しながら、自分たちのものを見て回る。


「イーシスくんは、料理関係のものが良い?」

とノルラが聞いてきた。

「うーん、そうだなぁ。道具は使う中で壊すから別が良いな。お母様の宝石や、お父様の陶器の人形みたいなものの方が大事にできる。ノルラちゃんは?」

「宝飾品が良いの! ブローチも良いかなって」

「うん。この後に行く店も本命の1つだよね」

「そうなの。朝に見たのが大本命の店だったけど、まだ全部見てないから決められない」

「うん。今日見つかると良いけど、ずっと見つかるまで探し続けるのも良いかもしれない」

そういうのを、ノルラは喜びそうな予感がする。

「そうね。でもせっかく来たから、良いもの見つけたい!」

ノルラが笑う。


***


精巧な花の置物を見つけた。宝石を組み合わせて作られている。

とても買えない値段だ。それにちょっと大きすぎる。


僕にお金があったら、あれが正解なのに、とイーシスはじっと見つめてしまった。

傍でノルラも憧れてじっと見つめている。


とはいえ、仕事を頑張ってお金を貯めて長年かけて買う、なんて目標にするほどではない。

長年かけているうちにきっと他のものを必要とするだろう。

今の理想が、この品物だ。


「あ! イーシスくん、ネックレスもある! こういうのが欲しい! ・・・買ってくれる?」

ノルラが喜びの声を上げた。

イーシスを引っ張って、花の置物の傍、横に連れて行く。

店主が即座に理解したようで、ニコニコしてガラステーブルの下から品物を取り出して広げた。


そのうちの一つ、宝石の花のブローチを見せられた。手のひらどころか、指2本の上に乗せてしまえる小さなもの。

だけど先ほど見惚れていた花の置物と同じように作られている。多分あれは目玉商品で客寄せだ。

さてブローチにノルラが注目している。チラチラとネックレスも見るが、ブローチの方が良さそうだ。

多分、その判断には値段も関係している。安くないけど、思い切れば買える値段。ネックレスの方が高いのだ。

このあたりの判断がさすがノルラちゃん、とイーシスは感心する。

「このブローチ、欲しいな」

とノルラがイーシスを見つめて強請った。ちょっと心配そうに、それでいて可愛く。


「分かった。・・・大事に、使ってくれる?」

イーシスは確認した。答えが分かり切っているからこそ。

「勿論。絶対大事にする! 一生大事にするわ!」

とノルラが一生懸命な風に答える。ノルラはこの会話自体を楽しんでいる。

「分かった。じゃあ、店主、これを下さい。プレゼントにします」

「おぅ。毎度」

店主が微笑ましそうに笑う。ちなみにイーシスのレストランは話題なので、店主はイーシスたちが何者かすでに分かっている様子だ。

「ありがとう、イーシスくん!」

「どうしいたしまして」

「やけるねぇ」

ノルラとイーシスの会話に店主が楽しそうに笑いながら、購入の手続きを他の人に指示している。


「花以外もあるけど、見るかい?」

と店主が言ってきた。

「え、見たいかも」

ノルラが勢いよく答えて、それから心配そうになった。

「え、どうしよう。さっきのより欲しいのでてきたら」

「その時は交換すれば良いさ」

「良い? イーシスくん」

「うん。良いよ」

期待に応えることがイーシスの喜びなのだから。

イーシスの答えにノルラは分かりやすく嬉しそうになる。とはいえイーシスの返事も分かっていてのノルラのおねだりだと思っている。


店主が慣れた様子で品物を出して見せる。

「花は、別の種類がいくつもある」

「本当ね」

ノルラがうんうん、頷いている。

「ネコとか小鳥とか。あぁ、魚もある」

「本当だ」

魚は想像もしておらず、イーシスも思わず声を上げた。


店主は反応に満足したようで、イーシスに話しかけた。

「男に人気なのは、大型鳥。空の船もある。ドルド国の形。あと、これは予算がちょっとアレだが時計もある。まぁ参考に」

「時計すごい!」

ノルラが食いついた。ただ、値段、一つ桁が他より多い。

「おじさん、時計で一番安いのみせて! これとっても素敵だわ! だけどお値段が高すぎて無理なの。私もイーシスくんにプレゼントしたいの」


イーシスがノルラの積極性に驚かされている一方で、店主とノルラの情報交換が進む。

「ノルラちゃんはさっきの花で決まりかい?」

元々知っていたのか、二人の会話からか、店主は名前も呼んできた。まぁ、皆が気さくだ。

「えぇ、他のも見せてもらって、あれがやっぱり好きで欲しい、ていうのは変わらなかったの。おじさん、見せてくださってありがとう」

「いや良いよ。そう言ってもらえるだけで良いものだ。イーシスくんに、ノルラちゃんが買うんだろ。うーん。時計は値段がなぁ。イーシスくんのご希望は?」

「僕は、実は、何でも」

「だから私が選ぼうと思って!」

「時計が良いのかい?」

「良いなって思ったけど。イーシスくんはどう?」

「勿論、くれたら絶対に大事にするけど、値段が僕には高すぎるから。それに、僕は腕時計は着けないから、置いて使うことになるから勿体ないかな」

「・・・身に着けないの?」

「うん。料理器具にあたって壊れたら嫌だ。それに絶対に汚してしまう」


店主がこの会話に考えて、店員に指示をして品物を持って来させた。

耳飾りだ。

「耳にちょっとつけるタイプだ。他国の習慣だが、揃いで買って、夫婦で耳に着け合う。これなら仕事の邪魔にはならない」

「うーん」

ノルラが難色を示している。お気に召さないらしい。

ちなみにイーシスは貰ったらつけようと思うが、自ら欲しいとは思わない。そもそも装飾品をつけないからだ。つけても良いが、耳が重くなったり痛くなったりしないのだろうか。


「駄目か・・・じゃこれは? さっきノルラちゃんが買ったのと同じ花だが、小さいブローチ」

「あ。これにしよう」

とイーシスは口を開いた。

「え、これ? 良いの?」

とノルラが言ったのは、多分、イーシスの贈り物よりも随分安価になるという引け目も含まれている気がする。


「うん」

イーシス自身に要望がない以上、希望を出して決めることができない。

一方で、今目の前にあるこれならば。

「ノルラちゃんとお揃いだから。それに小さいから、何かの時に僕も身に着けられる。耳飾りじゃないけど、一緒に身に着けていれば揃いだって分かるから、これが良いな」

値段も決め手だ。ノルラに高い出費を負わせるのは本望では無い。それでいて揃い。なら理想的。


ノルラはじっとイーシスを見つめた。

「おじさん、この花の、他の品物はある?」

「花瓶とかになるね。ネックレスもある」

「ブローチが良い。このサイズだから、僕が身に着けても良いだろ。これ以上大きいと、女性向けのデザインだからちょっと恥ずかしいかも。これならサイズも丁度良いよ」

「・・・」

ノルラがまたイーシスをじっと見つめた。

「大事にしてくれる?」

「勿論。一生大事にするよ。ノルラちゃんのとお揃いだからそれも嬉しい」

「じゃあ、買います! 私からイーシスくんにプレゼント!」

「毎度あり」


長引きかけていたのが決まった。店主が少し呆れたような笑顔で安堵していた。


***


贈り物を買った後も、町の品々を見て回った。

もちろん、ノルラが行きたいと行っていた食事や休憩の店にも立ち寄った。


ノルラが嬉しそうに目を輝かせている様子を嬉しく幸せに思っていたイーシスだったが、ふと思い至った。

ノルラは快活な性格だ。だけどイーシスが料理を仕事に家でレストランを始めた結果、ノルラも一緒にいて、つまり、家から出ることはあまりない。


ノルラはこの生活で本当に良いのだろうか。


「ノルラちゃん。レストランを続けているけど、本当に大丈夫?」

「え?」

ノルラは意味を掴み兼ねたようだ。キョトンとした。


「例えば、例えばリュイスたちのように、違う国を飛び回ったりとか」

リュイスというのが、イーシスの姉だ。ノルラの兄と駆け落ち結婚した。

「例えば、違う国で、違う事をしたいとか」


イーシスの真剣な確認に、ノルラはじっと真顔でイーシスを見つめ返し、その表情のまま、

「ううん。大丈夫」

ときっぱりと答えた。真剣に。

「イーシスくんがいるもの。イーシスくんが頑張っているから、私もお菓子作りで役に立ちたいって思ったの。だから、大丈夫」

「そう」

「えぇ。でも、そうね」

ノルラが少し考えるようにしてから、クスリと笑った。とても大人びた表情に見えて、イーシスはドキリとする。


「たまに、こんな風にデートしてね。お願い」

えへ、と肩をすくめる様にして、擦り寄ってきた。

可愛い。

イーシスは嬉しくなった。

「うん。いつでも言って」


きみが願い事を言ってくれるから、僕は幸せになれる。


さすがに口にするのは恥ずかしく、イーシスは無言で照れ笑った。

ふふふ、とノルラが上機嫌で笑顔を見せた。


ノルラがイーシスを特別だと思っているのが分かって、イーシスは幸せだと感じるのだ。


***


仲良く家に戻って、さっそく家族に品物をお披露目した。主にノルラが。


ノルラが嬉しそうで良かったが、中には恋人がいなくて悩むルルド、片思い中のドルノもいるため、イーシスとしては注意を払っている。

ノルラのお披露目の程度の匙加減を見極めなければ。


もう、頃合いだ。

イーシスはノルラの話を止めさせて、話を引き取り、それぞれに選んだお土産をお披露目した。


ちなみに全部ハンカチだ。

女性陣にはきれいなレースのついたもの。男性陣には使い勝手の良い生地、厚めで大きめのもの。

それぞれのイメージで選んだものだ。


皆が喜んでくれて安堵する。

自分の家族がこの家族で良かったとイーシスは思う。


お土産も正解で成功だ。

ノルラも嬉しそうに得意そうに笑っている。


ノルラが近寄ってきて、イーシスに小さい方のブローチをつけてくれた。

イーシスもノルラに大きい方のブローチをつけた。

「お揃いだ」

「うん。お互いの一生の宝物よ」

「うん」


ノルラちゃんが傍にいてくれて良かった、とイーシスは思った。

いつか、もうすぐ。あと数年?

きちんと言葉に出して宣言しよう。一生、僕の傍にいてください、と。


ひょっとして、先にプロポーズをおねだりされるかもしれないけれど。とイーシスは思った。

 

 

END

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