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兄と私のいけない関係 最終話

マサがお風呂に入っている間に、私は置き手紙だけを残して駅へと向かった。



「ありがとう。一人で帰れます。

すごく楽しかったからまた来るね!


亜子より。」




もう会えないかもしれないということはわかっていたけれど、さよならという言葉は使わなかった。



マサはあの家を出ていった人間だ。

今は喫茶店のマスターとして、たくさんの仲間と穏やかで幸せな毎日を過ごしている。

そんなマサを、私のせいでまたあの親とのゴタゴタに巻き込むわけにはいかなかった。





東京駅の公衆電話から自分の家に連絡をした。


「そう…今日中には帰ってくるのね。自分がなにをしたのかはわかっているわね?覚悟して帰って来なさい。」


電話口に出た母の、背筋が凍りつくぐらいの冷淡な口調。

今まで感じたことがないくらい怒っているのが伝わってきた。

帰る足が重い…鉛のようだ………








家に着く頃にはもう22時を過ぎていた。

リビングに入ると、いつもは仕事ばかりで家に全然いない父も、母と一緒に私を待ち構えるようにしてソファに座っていた。

普段私を厳しく管理してくるのは母だが、この父もその教育方針には大いに賛同している。


私はソファの前にある床に腰を下ろし、正座をした。



「合宿をサボってどこで何をしていたの?」


母が話を切り出す……

お帰りも、私を心配する言葉も一切ない。

勝手に家出をしていた私が悪いのだけど、自分が知りたいことだけを聞いてくるのは母らしいなと思ってしまった。


「早く言いなさい。」


私は口をギュッと結び、首を左右に振った。

このことについてはなにも言わないと決めていたのだ。

下手にウソを付いたら、どこから綻びが出てしまうかわからない。

私はどんな罰を受けたっていい……

マサのところに居たことを知られるわけにはいかなかった。




「いつまで黙っているつもり?」


何度聞いても答えようとしない私のかたくなな態度に、母の顔がさらにピキピキと凍りついていく。

父も腕を前に組みながら厳しい目で私を見下ろしていた。



「アコがそういう態度なら、こちらにも考えがあるわ。」

そう言って母が用意していた封筒を私の前に投げ渡した。

床に落ちた衝撃で中から飛び出たのは学校の資料で、関西にある全寮制の高校のものだった。


「言わないなら二学期からそこに編入しなさい。」


きっと自由のない牢獄のような学校だ。

卒業するまで帰っては来れないだろう……

覚悟していたこととはいえ、ルリちゃんや友達とも会えなくなるのはさすがに辛かった。

でも…私は黙ってその資料を拾い集めた。




「あれだけ兄のようにはなるなと言っておいたのに。あなたにはガッカリだわ。」


母がまた兄のことを言い出した。

兄は私が小さな頃から何度も引き合いに出されてはなじられた。


なんで私がしたことでマサが悪く言われるの?

マサはなにも悪くないのにっ……

悔しくて思わず母を睨みつけてしまった。



「なんなのその目はっ?アコはあんな雅人のような人間になりたいのっ?!」



母の言葉に私は耐えきれなくなって叫んだ。





「お兄ちゃんはお母さんやお父さんが思ってるような人じゃないっ!!」





私が母にはっきりと楯突いたのはこれが初めてだ。

母は唖然とした顔で私を凝視した。



「アコ…あなたまさかっ……」




……しまった──────


母は勘が鋭い。今ので勘づかれてしまった。




「雅人のところに行ってたのね?なんてことなのっ。」

「違うっ、お母さん…私はっ……」


「あなた、知り合いの弁護士事務所のところに連絡して。こうなった責任は雅人にも取ってもらうわ。」


私が言うことなどもう母の耳には届かない。

あらゆる法的手段を使ってでも雅人を懲らしめてやると息巻いている。

父はソファから立ち上がり、知り合いの弁護士に電話をかけだした。


「お母さんもお父さんもお願いだから止めてっ!」





なんでこうなるの?




兄は私が思っていた通りの優しい人だった。

私のことをなによりも大切に考えてくれた。

それなのに、私のせいで今のマサの生活を壊してしまうかもしれない。


なんで悪い方に悪い方にと転がっていっちゃうの?



私はただ…家を出ていった兄が今どこで何をしているのかが知りたかっただけだったのに。





「ごめんなさいっ!もうこんなことしないからっ。なんでも言う通りにするから!」



ボロボロと泣きながら、二人に必死に謝った。








遠くからバイクが近付いてくるのが聞こえた。

普通のバイクの音じゃない…何台ものうねるようなエンジン音が近付いてくる……

それは家の前の国道に次から次へと集結し、地面が揺れるほどの音量となった。



何事かと家の外へと出る父と母に付いて行くと、普段は静かな夜の国道が、何百台もの派手な改造バイクに乗った特攻服姿の暴走族達で埋め尽くされていた。



この黒の特攻服って……



ヘッドライトに照らされた暴走族達の中を探してみると、銀次君やアフロのデブさん、ピアスさん達の姿が見えた。

先頭にはゴールドベースに赤いフレアーが描かれた一番ド派手な大型バイクが止まっていた。

そのバイクにまたがった特攻服の背中には、初代総長と刺繍されていた。




初代総長………マサだった──────






マサはバイクから降り立ち、無数のヘッドライトをバックにこちらへとゆっくりと近付いてきた。

いつも以上に顔が凄みを増し、黒の特攻服をなびかせながら真っ直ぐに歩いてくる姿は、マサだとわかっているのに鳥肌が立つほどの威圧感を感じた。



「もしかして雅人か?!」

父が目の前まで来たマサに驚いて声を上げた。



「よお、久しぶりだな。」



「なんなのこれはっ?今すぐ全部どかしなさいっ!」

母が珍しくヒステリックに叫んだ。


近所の人達も大勢外へと出てきていた。

母はテレビに出る仕事もしている。こんな騒ぎがマスコミにでもバレたら死活問題だ。

喚きまくる母に、マサは冷静な口調で尋ねた。


「あん時、約束したよな?お望み通り出て行ってやるから、その代わりにアコには俺と同じ育て方はするなって。」




えっ……今、なんて………?

兄はこの家が嫌で出ていったんじゃないの?



マサは私の方をチラリと見て、一瞬だけフッと目を細めた。



……私のために出ていってくれたの?






マサはさらに話を続けた。


「これからはアコの好きなようにさせると約束しろ。でないと、この場で俺がアコをさらっていく。」


「いくら家族でも、親権者の承諾無しに勝手に連れていったら誘拐になるのよ?わかってるの?」



マサに対峙する母の体は小刻みに震えていた。

これだけの暴走族を前にして、怖がらない人はいないだろう……



「関係ねぇなあ。俺がどんだけ無茶苦茶な性格か、あんたらならよおくわかってんだろ?」



兄が右手を高く上げると、暴走族達が一斉にエンジンをふかし始めた。

暴走族特有のマフラーを直管にした大きなエンジン音が何百台も……

あまりの爆音に父も母も、耳を塞いだ。




兄が手を下げるとピタリと鳴り止んだ。




「俺ならアコのどんなワガママでも聞いてあげられる。あんたらはどうなんだ?今までひとつでもアコのワガママを聞いてあげたことがあんのか?」




父も母も、お互いに顔を見合わせながら言い淀んだ。

なにも答えることはできないだろう……

私は幼いながらに、この親には自分がしたいことを言っても無意味なのだと理解していた。

ワガママなんて言える家庭じゃなかったから……



「もう一度言う。これからはアコの好きなようにさせると約束しろ。」



黙ったままの父と母を見てマサは再び右手を上げようとした。そのマサの腕に母は慌ててしがみついた。


父が観念したようにため息をつき、口を開いた。


「わかった。もうわかったから…これからはアコの好きにさせる。」

「あなたっ……」



マサから離れ、力なく倒れそうになる母を私は咄嗟に支えた。



母は確かに私に対して厳しかった。

でも愛情もたくさん注いでくれた。

どんなに仕事が忙しくても、レトルトやインスタントなどは一切使わずに毎日美味しいご飯やお弁当を作ってくれた。

お菓子禁止なのも市販のお菓子が禁止なだけで、その代わりに母は手作りのお菓子をおやつに作ってくれた。

私が使うレッスンカバンやティッシュケースだって、いっぱい手作りしてくれた。

綺麗で格好良くて、テレビにも出ている自慢の母だった。


私は母のことが大好きだった。


そんな母の要求に応えたくて、随分無理をしてしまった。



「ごめんね…お母さんごめんね……」

「……アコ……?」





母に嫌われたくなくて……



もう限界だって一言がいえなかったんだ────








「心配しなくてもアコは良い子に育ってるよ。ちっとは信じてやれ。」



私を見つめる母の目から涙が零れ、もたれかかるように抱きしめてきた。


そうだ母は…兄が出ていった夜も、こんな風に私にしがみつきながら泣いていた。




母はいつも一生懸命な人だった。

きっと……愛し方を間違えてしまっただけなんだ。









「パイセンやばいっす!向こうからパトが来てますっ!!」

銀次君が後方を指さしながら大声で叫んだ。

見ると、遠くからパトカーがサイレンを鳴り響かせながら何台も近付いて来ているのが見えた。



じゃあなと言ってマサは急いでバイクに向かおうとした。



「マサっ、来てくれてありがとう!」




マサは私の方を振り返り、あの時と同じように頭を優しくなでながら言ってくれた。





「当たり前だろ。俺はずっと、アコの味方なんだから。」







……私の味方───────





変わってない。


私が会いたくて会いたくて

しかたがなかった兄は……



今も変わらず私の味方でいてくれた。







笑顔で手を振り、何百台もの暴走族達を引き連れて去って行くテールランプを


私は見えなくなるまで見送った──────


























「アコ〜放課後みんなでナクド行かない?」

「ゴメンっ、今日は用事があるの。」


「じゃあ土曜日のカラオケは?男子達も来るって。」

「行きたいっ。けど明日は無理だ…また今度誘って。」


私は友達からの遊びのお誘いを断り、急いで鞄に荷物を詰め込んで帰る準備をした。


「なにアコ?また今日も予備校?」


隣に座るルリちゃんが呆れたように話しかけてきた。

私は相変わらず予備校に通っている。

でもそれは無理のない範囲でだ。


毎日通っていた予備校は週二日だけにしたし、土曜日の家庭教師も解約した。


「今日は違うよ。これからマサのとこにお泊まりしに行くのっ。」


成績を学年トップにキープする代わりに、週末は兄のところに遊びに行っても良い約束を母としているのだ。

スマホも、夜の9時までは自由に使って良いことになっている。


あの時、マサは私の好きなようにさせると父と母に約束させたけれど、私はまだ未成年だ。

父や母にお世話になっているのだから、好き勝手にしてはいけない。親の言うルールはちゃんと守らなければいけないのだ。

でもそれは…お互いに話し合って納得したものでなければならない。




「こないだ行ったばっかりじゃなかったの?」

「だって会いたいんだもん……」


確かに行きすぎかな……

ちょっと自分の気持ちを抑えないとダメだな。


「あっ。お兄さんも同じ気持ちみたいね。」


ルリちゃんが窓の外を指さしながら笑った。

見ると校門前にバイクにまたがるマサの姿が見えた。

ゴールドベースに赤いフレアーが描かれたド派手な大型バイク……

マサって身に付けているものもそうなんだけど、ああいう目立つゴテゴテしたのが好きなんだよね……


先生らがビクビクしながらマサに何かご用でしょうかと声をかけていた。

きっとヤクザの出入りだと思われている。

だから駅前で待っててねって言ったのに……

早く行ってあげないと。















「アコちゃんお帰り〜。」


マサの店に着くと、銀次君がお店の留守番をしていた。

留守番というか…女の子のお客さんのテーブルに自分も座って楽しげにおしゃべりをしていた。


「また来たんだねぇ。そんなに俺に会いたいんだっ。」

銀次君が馴れ馴れしく私の肩に腕を回してきた。


「銀次…頭か玉、どっちを握りつぶされたいか選べ。」

「痛ってえ!ちょっ、すでにどっちもかなりの強さで握られてるんですけどぉ?!」




ホントに─────

何度やられても懲りないな…銀次君……






「ちょっとアコちゃん、パイセンに言ってやってよっ。千円だっちゅうから留守番引き受けたのに、時給じゃなくて日給だって言うんだよ?!」

「てめぇみたいなふざけた接客しか出来ない野郎が金もらえるだけでもありがたいと思え。」


「誰のおかげでこんなに女の子が来てると思ってんの?!」


店内には見た目のいい銀次君目当てにたくさんの女の子達が来ていた。

そっか…新しい客を増やすのは店をセンス良く飾るのでもなくスウィーツを増やすのでもなく、イケメンに働かせれば良かったんだ。



「銀次君。毎日フルで入れる?日給千円で。」

「……アコちゃんまで何言ってんの?」




















Social Networking Service ソーシャル・ネットワーキング・サービス、略してSNS。


ソーシャル=社会的な・ネットワーキング=繋がりを提供するサービス、という意味である。




SNSの主な目的は、個人間のコミュニケーションだ。

利用者はサービスに会員登録をすることで利用出来るようになる。

招待がないと参加できない密接な人の繋がりを重視したものや、イイネを押し合うだけの緩い繋がりを目的としたものまで実に多種多様だ。



この小説家になろうもSNSの一種だ。

妄想でしかなかった頭の中の物語を、作品としてあなたへと繋いでくれる─────


とても素敵なSNSだと思う……











13年前に家を出ていった12歳年上の兄。


SNSというものがなければ、再び出会うことなど叶わなかっただろう──────






お腹減った……

またマサ寝坊じゃん。もうっ仕方がないなぁ。

私はマサを起こしに階段を上っていき、部屋の間仕切りの襖を開けた。



「マサっ早く朝ごはん作っ────……!!」






起きてきたマサがいつものふわっふわのホットケーキを作ってくれた。

ダメだ……頭から離れない。

どうしよう…アレってどうなの?

あんなもんなの?

気になって気になって仕方がない。


私の目の前で新聞を読みながらコーヒーを飲むマサに恐る恐る聞いてみた。



「……ねぇ、マサって普通?」

「何がだ?」


「アレが普通だとしたら私はショックなの!」

「だから何がだよ?」


「みんなあんなに大っきくて黒いの?!」

「なんでアコは顔が赤くなってんだ?!その顔止めろっつってんだろっ!」








世界では毎日何万人、何千万人という人が、ネット上で新たな相手と出会っている。



顔も知らない画面の向こう側の人……



時に家族よりも友達よりも身近な存在に成りうる不思議な世界。


あなたにも、これからのあなたの人生を大きく変える繋がりが画面の向こう側で待っているのかもしれない。






あなたには


繋がりたい人がいますか?









私が繋がりたかった人。



その人は───────




いつも眉間にシワを寄せた凄みのある顔で、声もしゃがれてて、髪の毛は金髪。

派手なシャツを着てゴテゴテのアクセサリーを何個も身に付けていた、ヤクザにしか見えない超強面の風貌の……




─────とても素敵な兄でした。















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