Phase 2
自衛隊ベースの内容となって来るので,図書館で手当たり次第文献を漁りつつ書いてます.
親衛隊に所属し,一回だけクリーチャーのはぐれ個体による敷地内侵入があったものの大した襲撃も無く一ヶ月程が過ぎようとしていた.本当の意味での要人警護はベテランの仕事であるが故に,新米隊員の仕事と言えば敷地内の警備巡回とそれに割り当てられた時間外での訓練のみである.これだけ聞けば一見前線での勤務より楽なように聞こえるが,実際の所死ぬ確率が低いだけであってあまり差異は無い.
そうとは言えど親衛隊としての戦闘経験,即ち要人に危害が加わらない様かつ迅速な対応を必要とする環境下での行動経験が浅ければ新人はいつまで経っても新人の域を出ない.そんな,そろそろ行軍演習でも実施しようかと上層部が下準備を進めている頃合いに舞い込んで来た話が,クーデターに成功した大阪新政府への使節派遣であった.
「......以上の経緯より,今回は演習では無く実際の作戦行動となる.先月入ってきた新人達には悪いがぶっつけ本番で頑張って貰いたい」
ベテラン中心に編成された護衛部隊に付随する形での作戦投入を言い渡されたのは,入隊したばかりの柊,東雲,大久保,片桐ら四人であった.それ以前に入隊している隊員は既に演習経験があり,今回の護衛任務に伴い此度の演習が見送られても大きな影響はないと判断された.その代わりに,彼らは大使派遣期間中護衛に割かれた戦力の欠損を補わなくてはならない.
「では,定時になりましたのでブリーフィングを始めます」
元からこういった大きめのブリーフィングにいつも用いられている大会議室に召集された時は何をトチ狂ったかと思った一行であったが,説明を受けている間着々と人が集まって来たり資料が用意されて行く様を目の片隅で見ている内に上官の話が現実味を帯び,大体の所を察してはいた.
しかし一方で,第一声に告げられた内容は彼らの想像を上回るものだった.
「今回の任務は,此度大阪新政府へと向かう事となった水島光一氏の護衛となります.ルートは伊勢自動車道で伊勢関IC迄北上,国道25号へ乗り換えた後伊賀市にて初日の行程を終了.状況に応じて適宜判断し翌日以降引き続き国道25号を伝い天理ICへ向かい,西名阪自動車道に乗り換えて大阪府南東門より進入して下さい.全行程に於いて移動は装甲車両を使用し,森林地帯を通過する際は細心の注意を払って下さい.居住地区付近での発砲許可は小隊長に一任しますがアネクメーネでは敵発見次第の発砲を許可します.......ここまでで何か質問は?」
間を置かずに手が上がり,発言が許可される.
「何故国道23号を利用しない? あれならより安全に北上できるだろう」
もっともだと数人が頷くが,大半は難しい顔をしたまま司会役の反応を待っていた.
「確かに国道23号線なら安全性は確立されています.ただ今回は残念ながら津との交易流通期間と被ってしまっているが故に商業聯合と折り合いがつきませんでした」
自治体から独立し組織されている商業聯合は,商業・流通の面では近畿地方に於いて絶大な力を持っている.特に流通の動脈とも言える主要な自動車道は,彼らの手配した傭兵による警備が行われており一定の安全性が確保されている.保険として少数でも護衛を付ける事は推奨されているが,最悪トラック一つで走り抜けても他を通るよりも生還地率が高い.
その商業聯合が首を縦に振らなかったのだ.強引に行軍を推し進めた所でメリットは無い.従って多少人員を割いてでも迂回路を利用する事となったと言えよう.
質問した隊員が納得した様子を確認し,司会役が続ける.
「尚,松坂市旧市街地区付近にて変異種と思われるクリーチャーの目撃が聯合の方にされている事を留意して下さい.既に一個小隊が別働で伊賀市へ展開しており,事前の道中安全確認及び駐留地の安全確保に努めていますが不慮の事態が無い様,万全を期して下さい」
E23,即ち伊勢自動車道を利用する事はアネクメーネを通過する事と同義になるが,実の所旧市街地エリアを通過するよりかは負担が少なかったりする.大まかに伊勢と松坂の間を海岸線を背にVの字に展開される前線地帯では,人工物が遺留しているが故に自然の浸食と相まって見通しが悪く,更には居住区であった名残かクリーチャーが多く出現する.気味の悪い事に形態が“ヒトに近く”,知能の高いこれらがいる所為で一帯は魔境と化していた.それに比べれば狂暴化しただけの獣が徘徊しているアネクメーネは,機械化歩兵の行軍であれば大型を除けば襲って来る事も無い上に,万が一の場合でも機銃から弾をばら撒いていれば十分な効果がある.
司会役の説明が終わり,次いで上官による班分けの発表が始まった.
「車両班は以下の通りとする:前哨LAV,班長鏑木,副班長近藤,大久保,片桐.RCV,班長鳴海,副班長高橋,......」
総勢30名弱による護衛部隊の隊列はLAV2機,RCV2機でWAPCをサンドイッチする様に編成されている.無論水島氏は中央のWAPCに搭乗する予定だ.
大久保と片桐は早々に呼ばれるも,柊と東雲は呼ばれず結果的に最後尾LAVに搭乗する事となった.
そもそも何故いつも東雲と組まされるのだろうかと不満に感じる所はあるが,上からの命令である.仕方がないと割り切って仕事しなくてはならない.
斯くして,親衛隊となってからの初陣へと向かうのであった.
「とは言えど,なんでまたこっちから人送らなきゃあかんのかねぇ」
出発準備が整い最終確認が行われる中,暇を持て余したのか大久保が呟いた.隊列最前列のLAVには東雲・柊の凹凸コンビはおらずもの寂しさがある.
「今の大阪に派兵に割けるリソースあると思う?」
「無いな」
同期グループ紅一点の片桐に指摘され,元々感情的に浮かび上がって来た不満であった事もあり即答した.
普通に考えればすぐに答えが解る話ではある.半ばクーデター的に発足した現大阪政権は内情を整える事が第一であろう事は容易に想像がつく.そろそろ一段階着くかつかないかのどさくさに紛れて“親交を結んだ”と既成事実を作ってしまえば今後色々と動き易くなる事を狙い,伊勢暫定政府は大使の派遣を決定したのだろう.
目の前で頻りに無線のやり取りをする副班長を眺めつつ,片桐が溜息をついた.
「柊達はちゃんとやって行けるのかねぇ......」
東雲はその気さくな性格故か誰にでも分け隔たり無く接するが,柊についてはあからさまに東雲を毛嫌いしている様子が見て取れる.あれで幼馴染だと言うのだから東雲が鈍感なのか,柊が所謂ツンデレなのかと邪推してしまうが,実際に付き合ってみると柊は積極的に介入せず,東雲は絡んで突っぱね返されても笑って誤魔化す事でバランスを取っていると判る.
「どうだか.柊の奴が班長に注意されるくらいはあるかもな」
「仲良くなれとは言わないから,責めて支障をきたさないように感情を抑制しろ」と言われている様が目に浮かんだ片桐は,目頭を押さえながらまた深くため息をついた.
同時刻,最後尾の車両は正にお通夜状態となっていた.
と言うのも,元々少々強面である班長は後輩手前に緊張し,それに加えて柊が無意識に圧をかけていた為誰一人として会話の糸口を見出せなかったのである.副班長も緊張故か苦笑いのまま固まってしまい,東雲も単純に初任務という事でまだ真面目キャラを貫いていた.
その沈黙は間も無く,無線機からの通達によって破られる事となる.
「小隊長より各班へ通達する.0650現在,電波障害がレベル5に引き上げられた.松坂市側の前線及び市街地との連絡が取れなくっている.各個これに留意し十分注意を怠らない様」
アネクメーネ出現以来不規則に起こる電波障害は未だ原因が解明されておらず,都市間の連携をより困難にしているだけに留まらない.昨今も尚主要装備として配備されている兵器類,特に戦闘機は終末閃光以前の高度に発達した通信技術による情報共有を前提とした作りとなっている物が多く,平常時とも言えるレベル1障害下に於いてその能力は大幅に制限されてしまい,最悪の場合使用不能となってしまう.これは民間にも多大に影響しており,未だ航空機による輸送が多く実現していないのも端的にこれが原因となっている.
即ち,此度の護衛部隊は一旦出発したら最後,少なくとも別働隊と合流するまでは隔離環境下におかれる事となるのであった.普通ならば出発が延期されるであろう状況ではあるものの,政治的な何かでもあるのか,作戦は強行されル事となっていた.
「待って下さーい!」
出発手前で,一部の人間には聞き慣れた黄色い声が響く.息を切らしつつ,謝罪しながら中央車両に乗り込んだ人物を見て,副班長が呟いた.
「WAPCが一席空いてたのって.......」
「あいつだな」
助手席の隊員が頭を抱え込み,悲痛な声を絞り出した.
「っーー.あの記者かよぉ」
「義兄が同行するってのにこれなんだ.諦めろ」
前席にいる二人の頭を抱えさせたのは,他ならぬ深川千夏だった.
市街地を抜けアネクメーネに細々と残留している自動車道を辿り続け幾ばくか.
昔ならば乗用車が勢いよく駆け抜けたであろう道は,今では未舗装道路並みに荒れ果ててしまっている.
前線地帯奥地に差し掛かり,それまで以上に警戒を強め進んでいた時だった.安全確認の為本隊より離れ前方を進んでいたLAVより通知が入った.
「1班より小隊長へ.本隊より2km程先に障害物有り.撤去に少々時間がかかります.どうぞ」
直後,撤去を始めようとして障害物という言葉が不適切であると判明する.細々とした木だのコンクリートだのの破砕物でカモフラージュされていたのは,原始的なワイヤートラップの一種だった.人の立ち入らない場所に設置された何らかの意思があるであろう仕掛けを見て,班長は新米に連絡を命ずる.
「片桐,直ぐに戻って報告しろ.大久保は俺と残ってこれの解除だ.近藤は片桐と共に戻って機銃担当.解除中の警戒は任せた」
20m程離れて駐車されていたLAVへ戻った片桐らより,招待全員に連絡が入る.
「1班片桐です.班長より先の連絡に訂正,障害物では無く人為的トラップであったとの事.現在解除準備中,指示を仰ぎます.どうぞ」
一行に対する明確な悪意を感じ取った小隊長は,各班により一層の警戒を指示するのであった.