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ΔFlags : Raid  作者: 凩
§1 協定
2/3

Phase 1 ; Il était une fois...

前回の更新から一ヶ月以上.お待たせしました.

日常回の筆の進め辛さを痛感している所です.

 廃墟都市名古屋方面へと続く旧JR線.終末閃光とおよそ半世紀にわたる時間経過に伴う風化でその大部分が失われた居住不能地域アネクメーネに部分的に敷設された輸送ラインは,宮川駅にて一般の在来線と合流し,哨戒任務から無事帰還した隊員達を伊勢,志摩へと運ぶ.無論,宮川駅以降に続く輸送ラインの敷設には先人達が文字通り血の汗を流してやっとの事完成したものであり,前線の位置する領域から宮川を挟んで対岸に位置する伊勢・志摩エリアの安全性,並びに津への交通の安全に少なくない貢献をしていた.


 晩春の夕暮れ.

 目下を跋扈する異形達を避けるために高架されたモノレールに揺られ,迎撃性を重視して側方に向かい配置された座席の上で,森林迷彩に身を包んだ隊員達が沈黙していた.

 特別悲しい事があった訳でも無く,上司にこっ酷く叱られた訳でも無い.都市の安全地帯に侵入するまでアネクメーネにいる以上警戒を怠れない緊張感の中,先程まで行なわれていた研修の疲れと,我が家へ向かう安堵感に挟まれ,必死になって集中力を維持しようと努力した結果こうなっただけである.

 両側を座席に守られる様に存在する負傷者用のスペースから,研修の終了と共に倒れ込んだ隊員が起き上がる.

「ん......あぁ.終わったのか」

 その一言を皮切りに,周りに座っていた隊員から気が抜ける.

「ったくよぉ.こっちが神経すり減らしてる間の昼寝は快適だったか? そうだよ,終わったんだ.これで俺らも晴れて親衛隊だぜ」

 その様子を見て鼻で笑う者,何かに想いを馳せる様に空を見上げる者.最後車両の更に最後方で,五人だけ他とは違った雰囲気の中,それぞれが想い想いに感傷に浸っていた.

 親衛隊研修生を示すワッペンを付けたその五人は,先程までの旧陸上自衛隊のレンジャー資格に相当する難度の研修を無事終了出来た隊員であった.内宮及び外宮は立地上襲撃を受け易く,そしてその機能上常時選抜された親衛隊による警備を必要不可欠としている.彼等はその過酷な環境に身を置く事を認められ,更に対人・対クリーチャーを問わず一騎当千の戦力を期待された隊員達であった.

 そんな五人の中で,一人だけワッペンと同じく左腕に二本の黄色いラインの入った迷彩服を着用した男が居た.彼は会話に反応せず,唖然と藍色に染まる夕暮れを眺め続けていた.

「......ーい,おい,柊,どうした」

「何だ?」

「いや,東雲が詫びに飯奢るってからどこ行こうかって話」

「どこでもいい」

「おう.そうか......」

 柊と呼ばれた男にとって,幼馴染でもある東雲は邪魔な存在だった.

 幼少期に奈良から越して来た東雲は,元々根暗だった柊とは対照的に“明るく”“元気な”子供だった.一人でいる事を好んだ柊に対し良き友人に囲まれ社会的だった東雲は,柊が離れようとしても尚「友人だから」との理由で後について来た.暫定政府自衛隊への入隊すら,東雲ならばより安全かつ高収入な職にありつけただろうにも関わらず柊を追って来た.親衛隊研修も同様である.黄色い線の入った制服を渡され,闇に「人間ではない」と差別化された時も,何事も無いかの様に笑い飛ばしつるんで来た.

 ただのいい奴.だからこそ気に食わない.自分とは別の道を歩めばいいにも関わらず,わざわざ自分と同じ選択をして来る.その行動原理が理解出来ないが故に,柊にとって東雲は異形のものとして認識されていた.

 他の者達と違い,黄色い二本線で識別される隊員.故に俗称としてイエロータッグドと呼ばれている隊員は,健康管理局の技術的な小難しい話を要約すれば“クリーチャーに近い”体質を持ち合わせた者達だと言う.基本的には一般人と何ら変わらないが,適切な要因を与えると劇的に生命力が向上する.これを人工的に誘発するのが,彼等に支給されている甲種蘇生剤であった.代謝が急激に促進される事によって体内のエネルギー源が軒並み利用され,使用後は直ちに高カロリーな栄養源を摂取しなければ死に至る.甲種蘇生剤はその名の通り蘇生を目的として配給され,同時に一種の延命剤に近いものであり,慣例的に死を覚悟した際自分を盾に他の隊員を助ける様に用いられていた.詩的に表現するならば,『残り僅かな生命の灯火を燃やし尽くす』使用方法だ.

 実の所,イエロータッグドは当人達が思い込んでいる程意識されていない.強いて言うなれば黄色い識別線は資格称号の様な感覚で捕らえられ,体質を強調して説明された所で一種のビックリ人間,特定の趣味嗜好を持つ隊員には特殊能力を持った人間による特殊部隊位の認識だった.これは励起状態(薬剤の投与により部分的なクリーチャー化が誘発された状態を示す)に於ける脳神経的リスクが健康管理局により秘匿され一般に認識されていなかった事,並びに投薬後治療可能なレベルで生還した隊員が極端に少なく情報の絶対数が少ない事に起因した.彼等のお陰で生還した隊員も,その死に様を勇姿として讃えた.

 逆にそのしぶとさが仇となり,守ろうとしたものを守り切れぬままに生還してしまった者もいた.

 励起生還者と言うのは思いの外身近にいたりする.一方でその末路は大抵酷く惨めなもので,精神を病んだ末に選んだ結果自殺を選ぶ事がしばしばある.果たしてそれが自責の念によるものなのか,励起を起因としているのかは健康管理局も把握していない.もっとも励起状態に於けるリスクですら,帰還者自体が少ないが故に未だ検証中なのだから無理もない.

 藍色だった空も色を濃くし始めた頃,右前方から無数の光の塊が見えて来た.市街地から発せられる光は,モノレールに揺られる隊員達に一層強い安堵感を与える優しい光だった.

「これより宮川駅に合流する.各自,武装解除せよ.」

 先程とは打って変わって,車両のあちこちから呟きや溜息が沸き起こった.


 公務員用集合住宅の一角.

 週明けの式典に備え,柊達には久し振りの帰宅が許された.

「た・だ・い・ま」

「はい,お帰り.帰って来たって事は無事に研修が終わったのかな?」

「東雲も帰ってるぞ.疲れてるだろうから世話焼きにでも行ってやったらどうだ」

「え......うん.久明も......なんだね」

 挨拶に煩い同居人を差し置いて,無言のまま半年振りの自室へ戻る.帰宅は親衛隊への異動に伴う宮川駐屯地からの移動も兼ねており,順番に回って来る一定期間の常駐任務を除けば親衛隊員は基本営舎外居住の形態をとっていた.持ち帰った私物一式を床に放り投げた柊は寝台に倒れ込むと,研修の疲れからか天井を見つめたまま放心状態に陥った.

 深川千夏は,柊がまだ幼稚園児だった頃に引き取られた子供だった.幼稚園で仲の良かった千夏が時折痣を作っていた事を心配し,話を聞いている内に同情した柊が両親に相談した所事が大きくなり,果てには彼女を家庭に引き取り生活する様になった.両親亡き今,この大して大きくも無い家で一つ屋根の下同居する相手が彼女である以上,ある程度は期限をとっておかないと面倒な事になるのは火を見るより明らかである.それだけに留まらず,東雲に恋愛感情を抱いているであろう彼女がこの後彼について根掘り葉掘り聞いて来ると予想された.それ故夕食を自分で用意する事になろうと早く厄介払いする為にも彼の話題を振ったのだが——些か反応が芳しくない.

  暫くすると玄関のドアが開閉する音がした.千夏が東雲の家に行ったのであろうタイミングを見計らって,両親の遺物が未だ残る寝室へと足を運ぶ.今ではそこそこ大きな仏壇が加わり,そこには両親の遺影と共にとある人物の遺影が飾られていた.

 ——イエロータッグドになったと思えば,次は親衛隊員になちまったよ.本当,何やってんだろうな,俺は.

 三人目の遺影こそ彼が良く知るイエロータッグドの生還者であり,両親が死んでから高校卒業までの二年間だけ世話になった人物であった.

 彼が両親の遺品と共に訪ねて来た時は唖然としたものだ.アネクメーネで活動している以上命を失うのは容易い事だったが,現実を目の前にしそのあっけなさ故逆に取り乱すような事は無かった.千夏は受け入れられずに数日間泣きじゃくっていたが.そして幸運にも欠損があったとは言え遺体が火葬され,遺骨の入った骨壷を受け取れた葬儀から数日経ちようやく頭の中で物事の整理がついた頃辺りから柊の悲観的な世界観が確立されて行った.会う度に頭を下げて来た件の隊員の影響も少なからずあったのかもしれないが.自身も死ぬ覚悟でいたにも関わらず生還してしまった彼を責めるのは見当違いであると解っていても,両親の死は柊が世の中に対し失望の念を抱くに十分たる出来事であった.そんな柊がどうしてその忌避した職に就いたかを知るものは限りなく少ない.

 亡き人への挨拶を終えた彼はおもむろに台所へ向かうと,一人夕餉の準備に取り掛かった.こう言っためでたい日こそ,少々無駄に張り切った料理で一人飯を食らい愉悦に浸るのが柊の性分だった.ましていつからか会話の少なくなった千夏と二人で食事等したら,文字道理お通夜状態になってしまい飯も不味くなる.東雲も交えて等言語道断.ただでさえ近頃味に対する感情の起伏が薄くなったのにこれ以上飯を味気なくさせないで欲しい.

 いつもなら凝った料理の一つや二つでも用意するものの,今日ばかりは疲れで気力が出ない.そもそも食材の買い出しすらしていない状態で思い道理の料理が出来る筈もなく,結局出来上がったのはカルボナーラと野菜のあんかけ炒め.パスタを茹で上げ生クリームと切り刻んだベーコン,好みで卵をかければ少なくとも柊にとってのカルボナーラは出来上がる.あんかけ炒めはミスマッチである事に出来上がってから気付いたが,最早時既に遅し.そもそもサラダを作ろうとしてあんかけ炒めに至る時点でおかしいのだが,その場のテンションで「もうひと手間」を軽く二回程,野菜を炒め片栗粉を溶いた事によって何とも奇怪な夕食となってしまっていた.栄養バランス的には大丈夫だから問題ない.多分.


 ドアの開閉される音に続き,聞き慣れた歩調の足音.いい加減この家を出て行って東雲と同棲でもして欲しい千夏が帰って来やがった.想定よりも早い.

「ただいま......もう食べ終わったんだね」

「ああ,早かったな」

 千夏が帰宅した時点で,柊は既に食器洗いをほぼ終わらせている.

 何かできる事はないかと模索する様に見つめてくる彼女からはどこか哀愁を感じさせるものがあるが,構ってやれる程の余力は柊に残っていなかった.

「んな目で見ないでくれ.今日はもう疲れたから先に寝るわ.んじゃ,お休み」

 逃げ込む様に閉じ籠った自室では,前々から集めていた各種交通網の記載された地図を眺めつつ久し振りの妄想に耽っていた.2000年代初頭の高速道路網や鉄道路線,そして現在確認されているそれらの状態を逐次付箋に書き込み貼り付け,関東以北へと渡るルートを検討する.

 唐突に現れた“新世代”によって封鎖された東日本一帯は,立入限界区域(エンドライン)付近から大きな交通網,代表的には東名高速道路や中央道を中心に定期的に巡回警備員が見廻っておりそう簡単には侵入出来ない.タチの悪い事にまるで天狗の様に空を駆け,西からの侵入者に目を光らせる彼らに捕捉されれば命は無いと言われている.唯一警備が甘いのが富山,新潟を通過する北陸道である.一方で北陸道を経由した東北地方への侵入も,腕に自信のある者達によって度々試みられてはいるものの未だ成功し帰還した者がいない.撤退して来たチームの話によれば,ただでさえクリーチャー襲撃の対応がきつい上に新潟辺りからは寒さや吹雪を乗り越えなければ進めないと言う.

 話は逸れるが,元々本邦唯一の薬莢製造工場は福島県にあったと言う.銃という武器は便利な反面消耗品も相当数必要な訳で,とりわけ薬莢と言うものは戦場に於いて使い捨てであるにも関わらず一発の弾丸を撃ち出す為に必要不可欠な存在である.そしてその製造方法はプレス加工による形成と言う専用の設備が揃っていなければ到底生産出来ない存在であり,その施設がが厄災以前は東北に存在したと言っているのだ.にも関わらず現在に於いても自衛隊の主要装備は自動小銃であり,弾薬の供給に致命的な不足が生じた事は無い.西日本に生産拠点の移された薬莢工場を始めとする各種工業生産拠点の移動は,誰もが関東を封鎖されるなどと考えてもいなかった時代に行われていた.現在の国家形態に対し陰謀論を唱える者の多くが主張する根拠がこれであり,実際にこれに対し的確な反論は誰も出来ないでいる.

 閑話休題.厄災以前の世界で国内外に名を馳せた都市・東京をこの目で見て見たいと言う願望もある.だがそれ以上に,年中雪に閉ざされていると言われている東北,更には北海道へ足を運びたいと言う漠然とした欲求が長年続いていた.煩わしい日常から抜け出し,白と黒のモノトーンの世界へ.その想像だけですら柊にとっては至福の時間となった.

 津軽海峡を横断し北海道へ.そして更に北上し——果てには宗谷岬へ.

 地の果てへ行く事に一人,想いを馳せた.




 本当はアネクメーネになど出て行って欲しく無いなど,どうして言えようか.

 両親が他界してから柊は明らかに周囲と壁を作る様になった.家族同然の千夏にとっても,今となっては彼が一体何を考えているか判らない.

「今日だって......」

 東雲に労う様促され早々と帰宅したにも関わらず,彼は千夏に一切の出番を与えなかった.

 まるで全てを拒絶するかの様に.

 願わくば,かつての様に笑いかけて欲しい.

 願わくば,この荒んだ世の中で,二人だけでも平穏に暮らしたい.

 喪われた温もりを一人,切に願った.

この小説ですね...恋愛タグ付けてないんですよ

。゜(゜^Д^゜)゜。ギャハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

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