おそなえもの
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こーちゃん、悪いけどお仏壇にご飯あげてきてくれない?
炊き立てのご飯だから、仏さまに真っ先に味わってもらいたいものね。こーちゃん、一人暮らしをしてから、この手のおそなえをする機会がないでしょう?
こーちゃんはおそなえとかお賽銭、最近、やっているかしら。私も今年は息子が受験だったからね。初詣は思い切って奮発しちゃったわよ。
――ふふん。その顔は、「人事を尽くしていない奴の、神頼みなぞ、知れたもの」とでも言いたげね。
でも、おそなえとかだって気持ちの問題かつ、行動を起こして初めてできるもの。つまりそれもまた「人事」のひとつじゃないかしら。
その手間、労力を勉強に充てるべきだったのかは、結果だけが語ってくれる。
違反をしているわけでもなし。終わりよければ、すべてよしでしょ。その分、駄目だったなら、すべて駄目だけどね。
このおそなえものをめぐる、あたしの話。聞いてみる気はない?
あたしが小さい頃に住んでいたのは、ここからだいぶ離れた場所。都会ほどごみごみしているわけではなく、かといって買い物に車を使わなきゃやっていられないような、ド田舎というほどでもない。
車道と用水路を挟んで、田んぼと総合支所を初めとする街並みが広がる様は、まるで時間の流れが違う世界が一緒にいるような、不思議な心地がしていたの。
中学時代。あたしと同じクラスで、神社育ちだという男の子がいた。
あたしは彼と小学校からの顔なじみで、帰り道も被っているから、下校途中に鉢合わせすることもしばしばだったわ。
持ち合わせがあれば、二人でコンビニに寄って買い食いしながら帰る。最初にご一緒した時は、肉まんを何個も買うものだから、「男の子だなあ」と感心していたけど、彼は口にしなかった。
彼は道々にあるお地蔵さんへ、買ったにくまんを一個ずつ、おそなえしていくの。必然、家までの最短ルートを通るわけではなく、あっちへふら、向こうへふらふら、学区内を練り歩かんばかり。聞くと、部活がなくて早く帰る日には、いつもしていることなのだとか。
ほとんどの場合、あたしは付き合わずに、自分の家に近づいたらそこで別れてしまうのだけど、時間がある時に興味本位で彼についていったことがあったわ。
よほど小遣いを切り詰めているらしく、月初めの肉まんは、月末にはアソートに入っているアメやチョコレートに化ける。
この頃から、花より団子な精神丸出しの私。
十人目のお地蔵さん。私たちの通学路から、わずかに外れたあたりにあるそこで、あたしは「そんなにおそなえするくらいなら、あたしにおごってよ」と、ついつい口に出してしまう。冗談めかした軽い口調でいったものの、言葉の裏ではかなり真面目にいったつもり。
それを、座りながら拝んでいた彼が、じろりとにらみつけてくる。
「お前にやっても、お前の足しにしかならんだろ。それじゃほとんど意味がない」とも言い返してきた。
「そうやって、おそなえしている分は、なおさら誰の足しにもなんないじゃん」
半ば逆ギレ気味の私に対し、彼はすっと立ち上がって、話をしてくれる。
お地蔵さんの建てられた場所というのは、昔から内と外との境目や、土地の大切な「ツボ」にあたる。
いわば四六時中休むことなく、気を張りながら働き続けているわけで、おそなえはその栄養補給に当たるのだとか。
彼らは空腹を自分からアピールできない。だからこうして、自分を初めとする多くの人が、用意してあげている、とも。
「そいでもって、お地蔵さんは土地ばかりでなく、そこで生きている者たちのことも、しっかり見守ってくださっているんだ。
そのおそなえを無駄飯のように思うのは、言語道断。腹が減ったら、何をしでかすか分からないのは、お前だって一緒だろ?」
くれぐれも、罰当たりなことを考えないように、と締めて、彼は次のお地蔵さん目指して歩き出す。私はというと、前のお地蔵さんの眼前にそなえられた肉まんを、じっと見つめていた。
買ってからもう、だいぶ時間が経った真っ白い肌は、すっかり元気のない色に。お尻についたグラシン紙もそのままに、杖を持って立ち尽くすお地蔵さんの足元へ置かれたまま。
彼の言う通りなら、どこかしらでお地蔵さんが食べることになる。どうせ、犬か何かが持ち去っていくだろう、と私は鼻で笑いながらも、その日からお地蔵さんを気にするようになる。
現場を押さえて、「ほら見ろ。お地蔵さんが食べるわけないじゃん」と、彼を自分の中でけなしてやりたい。そんな、くだらない気持ちだったの。
でも、私の心を見透かしたかのように、次の日も、その次の日も、肉まんは誰に奪われるわけでもなく、鎮座していた。
重力に引かれているのか、わずかに背が縮んで平べったくなってしまった感じがする。更に、破けかけのセーターの生地のように、ちらりと中から茶色いものがのぞいている気が……。
あの状態では、さすがに食べる気にならない。私は横目でちらりと見やっては、自然な風を装って、お地蔵さんの前を横切っていく。
結局、肉まんが唐突に姿を消したのは一週間後のこと。私はその現場を押さえることができなかった。その間に数度、彼と顔を合わせる機会があったけど、「余計なことは考えるな」とくぎを刺されたわね。
それから、半月ほどが経った。
彼は相変わらず肉まんたちを置いているようだったけど、無くなるペースは早くなっている。長くて数日、短いとあたしが帰ってから、犬の散歩に出るまでの数時間の間と、あの時のもたつきがウソのよう。
でも、これはかえってチャンスかもしれない。私は心の中でほくそ笑んだの
お地蔵さんではない誰かが、おそなえものを奪っている。その現場を押さえることを、あたしはまだ、あきらめていなかったの。
その日の学校帰り。私は件のお地蔵さんの元へ向かっていた。
彼とはまだ、出くわしていない。今日、部活がないことは把握しているから、きっとまた、肉まんの入った袋を片手に、「巡礼」の旅に出ているんだと思っていたわ。
やがては、現在、私が向かっているお地蔵さんにも参詣にくるはず。私と彼はクラスが違ったけど、ホームルーム終了の時間はほぼ同じ。
これまで付き合ったルート通りに彼が進むなら、それなりに時間がかかる公算。そして案の定、遠目から見るに、お地蔵さんの足元は空っぽ状態。
今回もやはりさりげなく通り過ぎた後、地元出身の利を生かし、無数にある路地に入っては回り込んで戻り、あたかも偶然を装った待ち伏せをしながら、彼の来訪を待つ私。
ここのところの肉まん紛失状態を鑑みるに、彼が去ってからすぐに、犯人が現れる恐れがある。そこをごく自然に捉えたい当時の私が、練った策だったの。
でも、それを何度か繰り返し、やがてお地蔵さんがちらりと見える位置で途切れる小道から、顔を出した瞬間。
目の前の県道を、うなりをあげて車が通り過ぎて行ったの。車の上が開いている、真っ赤なスポーツカーだったわ。そのタイヤのひとつが過ぎ去り際、アスファルトに転がっていた小石たちを蹴り上げる。
そのうちの何粒かが、私の顔へ真っすぐに迫ってきた。車との間、二十メートル近くをあっという間に埋める速さの、直撃コースで。
かわせたのが、奇跡的だった。とっさにアヒル座りをした私の髪をかすめて、石が後ろに飛んでいったけど、お尻をついたとたん、腰に痛み。
浮かせることができない。ちょっと力を入れただけで、びりびりと背中を中心にしびれが走る。その上、無理に骨盤を広げたせいか、ももの付け根あたりにも、腰と同じようなものがじわじわと……。
「関節、外れたかも」と、焦るだけで動けず、顔を真っ赤にする私の前へ、見慣れた人が寄ってくる。
「何やってんだ?」
彼だ。やはり予想通り、肉まんが入っているだろう、コンビニの紙袋を抱えている。
あたしは痛みをこらえつつも、お地蔵さん見張りの一件は内緒にしたまま、彼へ事情を伝えたわ。すると、彼は「少し待っていろ」と一声。
安心したのもつかの間。てっきり手を取って起こしてくれるのかと思いきや、彼はあたしに背を向ける。
「何よ、バカ!」と反射的に罵ったけど、彼は止まらず。その足は例のお地蔵さんの下へ。
その時は、あたしも目を疑ったわよ。
彼があのお地蔵さんの足元に肉まんを置くと、その手が離れたとたん、ふっと消えてしまったの。視界の中から、さっぱりと。
同時に、私の腰からも痛みが消えた。先ほどまでの辛さはウソのようで、すくっと立ち上がった私は、彼の下へと駆けよっていく。当の彼は、二個めの肉まんをおそなえしているところだった。
近づく私を一瞥した後、彼はまたいつものように、お地蔵様へ手を合わせた後に、語ったわ。
「そなえていないと、お前のような目に遭う輩が出ちまうのさ。
聞くに、自分でも意外なほど、反応が良かったんだろう? 身体が一気に限界振り切って、いかれる一歩手前までいっちまったのさ。
普段は、そんなことめったにないだろ? 前に話した通り、お地蔵さんがそなえてくれているからさ。
『お供え物』は『お備え物』でもあるんだよ。
さっきの場合は特別。お前が真摯だったから、たまたま上手く行っただけ。
もう、あてにすんなよ。完璧に見限られたら、誰にもどうしようがないからな」
それからあたしは、お地蔵さんを見張るのをやめる。
あてにすると見限られる、と言われたから、彼のような真似をすると、かえってよくないかも。それでも一度だけ、お礼代わりに肉まんを「そなえた」わ。
あれからだいぶ経って、こうして母親になったあたし。どうにか、無事に過ごせているのも、彼を含めた誰かが、今でもお地蔵さんたちに「おそなえ」してくれているおかげかな。




