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サイコパスの正義(仮)  作者: たま ささみ
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第6章  G-99ファイル  中毒

近頃、ワイドショーでは覚醒剤所持、使用で捕まる人のニュースばかり。

 大物芸能人だったり、現役スポーツ選手だったり、お役人といった、凡そ捕まって欲しくない人物ばかりが捕まっていく。

 裏には、99%暴力団の影がちらついている。

 毎日毎日、暗いニュースばかりだ。


 サイコロ課の住人は、サイコパスではないデータが多すぎて、雀タイムにも興味を示さず、寝入るかスポーツ紙を読み漁っている。

 データ入力している神崎は、舌打ちを通り越して泣きたくなるのをぐっとこらえ、息もつかせぬ速さでデータを処理していく。


 その神崎が、小声で叫んだ。

「おっ!」


 皆、気が付いていない。

 神崎の見つけた事件は、まさにタイムリーなものだった。


 覚醒剤の所持及び使用に係る容疑で、元オリンピック選手が逮捕されたという。その他にも、密売人が全国に指名手配された。

 この密売人、覚醒剤の他にも、大麻や合成ドラッグ、果てはタリウムや農薬、向精神薬まで、何でも引き受けるらしかった。薬物だけでは、内偵に入られ通信傍受されるのを怖れたのであろうか。

「どうしたの?何かあった?」

「覚醒剤の所持容疑で元オリンピック選手が捕まったんですよ」

「あら、この人?残念ねえ、司会業とかできるくらい爽やか青年だったのに」

「麻田さんからしたら青年でしょうが、僕らの歳じゃヒーローですよ」

「また要らぬ事を囁くのは誰だ」

「神崎です。和田は違います」

「和田、神崎のせいにするな。あんたの声、聞こえてるわよ」


 自らのタブレットを見ながら、麻田がデータを読んでいく。

「ふうん、こうなるとまた、麻取対警察のいいとこ取り合戦が始まるのかしらね」

「麻田さん。うちはドンパチやって犯人捕まえるような仕事ないからですけど、こう、何か役割あったらなあって、思いませんか」

「心理掴めれば、それでOKよ」

「そうそう、神崎さん、去年麻田さんが飛び回っていたからあれが普通と思っているんでしょう。いつもは此処でお互いに雲雀の囀りですよ」

「雀だろ」

「雲雀です」

「雀」

「雲雀」


 須田は、机に肘をついていると思いきや、和田が肘をずらすと、頭を机にぶつけて目を覚ます。

「いて、いてて。誰だよ、今やったの」

「和田です」

「で、何の話?」

「元オリンピック選手が覚醒剤所持で逮捕」

「なんでうちの課に来たんだよ、データ」


「マスコミに流れている情報以外に、情報があるからですよ」

 神崎の言葉に、皆、一様に驚きの表情を浮かべる。

 そして次に、野次を飛ばす。

「神崎。それを早く言って欲しかった」

「神崎さん、情報は小出しが良いんです。全部出したら、この人たち帰りそうだし」

「で、マスコミにリークされてない情報って、なんだ?」


 神崎がニヤリと笑い、エンターキーをポン!と押した。

「さ、ご覧あれ」


 元オリンピック選手の話題でテレビは持ちきりだったが、データに刻まれていたのは、それとは全く別の事件だった。


 密売人が男子高校生にタリウムを売り、その男子高校生が自分の母親、父親、妹にタリウムを飲ませたという、サイコパス的要素満載のデータ。

 他にも、学校内でそりの合わなかった女生徒に飲ませたとか、先生に飲ませたという噂はあるが、父母は失明し、妹は最後に飲まされて薬物中毒になったという。

 学校内で失明した生徒はいない。

 幸い、妹だけは失明から守られたようだったが、肉親に毒ともなり得るタリウムを飲ませるなど、狂気の沙汰としか捉えようがない。


 殺人に憧れていたとする、計画書なるメモが発覚し、少年犯罪の多様性、また残虐性を物語っていた。


 結局、この生徒は認知及び判断能力あり、と認定され、少年院に送致された。


 神崎が、皆に問う。

「この生徒は、サイコパスということでいいんですよね」

麻田が最初に手を挙げて、神崎に向かって答える。

「行動障害が少し引っ掛かるけど、サイコパスの可能性は、大」

「少し気になるんですが、麻取は少年たちがタリウムを買っていることに疑問を感じなかったんでしょうか」

「もしかしたら、他にもタリウムを買った少年あるいは少女がいるってこと?」

「はい。農薬として買うのであれば、誰も文句言いませんからね。もう一般の店では売ってないだろうけど、こういう時の密売人ですよ」


 皆の顔が曇る。

「他にもいるっていうことは、これからも事件が起きる暗示がなされてる、っていう」

「そういうことです」

「そいつはマズイな。1件だけで終わらないのは」

「密売人に聞いても、そんな少年たちの顔なんぞ覚えちゃいねえだろうしな」

「有名な人なら、脅迫の材料にも使えるんでしょうがね」


 第2、第3のタリウム事件が起こる可能性は、現段階では否定できなかった。

「兎に角、密売人を挙げてもらわないことには、勝負になんねえぞ」

「これから警察が出張っても、麻取が良い顔しないでしょ」

「そうですねえ」


 どこかに隠れていたと思しき課長が部屋に戻ってきた。機嫌の悪い顔。また、異動の話でも出たのだろう。

「課長、またですか」

「まあな。今度はCIAだ」

「まさか。本当に?」

「アメリカに行くわけなかろう。日本版CIAを作りたいんだと」

「で、OKしたんですか」

「するわけないだろ。俺は此処で退職して、麻田の子供たちの教育係になるのが夢だ」

「なのに、今回で何回目でしたっけ。余程適役に思われてるじゃないですか」

「違う違う。日本版CIAをどのように立ち上げるか、その相談だ。オフレコにしてくれよ」

 

 違うだろう、誘われたくせに、と思いながら返事をするサイコロ人たち。

「はーい。わかりました」



 密売人の行方は未だ不明だ。麻取、あるいは警視庁や全国の県警で行方を追っているのだから、麻取か警察の手に落ちるのは時間の問題だろう。

 あとは、少年たちの手に、タリウムなどの薬品が渡らないことを祈るばかりである。


 1週間後、密売人は北海道で逮捕された。

 道警から引き継ぎを受けた警視庁では、密売人に、覚醒剤の事を聞いているらしかったが、タリウム関係の情報が欲しいサイコロ課には、何の情報も齎されていなかった。

 

 そんなときである。

 神崎が、どこからか情報を持ってきた。流石の情報網。

 タリウムを買ったのは、高校生風の男女、併せて3名。先日捕まった男子生徒を入れて、計4名が薬品を所持していた、或いは現在も所持していることになる。

 密売人は、何かの時のためにと、購入者の氏名と連絡先をメモしていたようだったが、今の子供たちはそれさえもスリルなのか。2名は偽名を使って購入していた。 電話番号は偽の携帯番号を記入していた。

 携帯番号から辿り着けるかと期待したが、徒労に終わった。

 

 あとの1名は、氏名及び電話番号欄に真実を書いていた。こちらは、とくにヒト用に使う用途など滅相もない、農薬として使用する予定だったという。


 そのことから、偽名2名について、売買の日時や、場所、時間、モンタージュなどを作成されたらしいが、何故かその資料がサイコロ課に回ってきた。

 ようは、少年たちを探すのはサイコロ課に任せた、ということだ。

 此処に来て少年育成課を外すのか。

 そんな疑問を持ちつつも、心理を暴いて先回りする、サイコロ課ならではの手法にかけるしかなかったのであろう。

 押し付けたかったという見方も、大いにできる。

「どうするよ」

「どうしようね」

「どこに焦点当てればいいのか、今は思いつきません」

「売買した場所や時間から当たっていくしかないでしょうね」


「さ、行ってくれ」

 資料を見ながら、都内各地を回ることになった麻田・和田組、須藤・神崎組。

 

 4人は外に出た。

「さて、どうしようか」

「どうもこうもねえよ。しらみつぶしったって、余りにお粗末な初動捜査だな」

「何か妙案あります?」

「中学校や高校から調べたらどうでしょう。あとは、支援学校ですかね」

「神崎、ナイスアイディア」

 

 なるほど、中学校或いは高校で、具合を悪くして通院した生徒がいれば、ドンピシャリ。

 支援学校に転学していれば、自ずとルートが見えてくるかもしれない。

 ただ、高校はまだしも、中学校の数は多い。歩いて回るのは時間の無駄、とばかりに、麻田を元とした4人は、そのまま警察庁の庁舎に戻っていく。


「なんだ、もうへこたれたのか」

 課長が笑っている。

「違いますよ、方針転換したんです」

「中学校や高校と、支援学校を調べたらいいのでは、という話です」

「神崎に同じ」

「俺も」

「えっと。電話帳に載ってるよね、中学校と高校全部」

「教育庁の名簿借りた方が良くない?義務教育課と、特別支援教育課。高等学校教育課も。あとね、生活文化局私学部の、私学助成課」

「誰が都庁まで名簿を取りに?」

「神崎と和田で。スーちゃん顔出したら、渡してもらえないと思う」

「麻田。俺くらい、いいお父さん風情の人間はいないぞ」

「ヤクザ風情の間違いでしょう。さ、行った行った。あたしが電話しといてあげる」


 和田と神崎を部屋から閉め出し、麻田は電話に向かう。

 勿論、電話だけで、各課がすんなり渡すわけもない。

 そう思っていたのは、麻田だけ。

 警察庁のサイコロ課と名乗ると、四課ともすぐに名簿を準備してくれるという。


(いや、本当にそれでいいの?)


 麻田はツッコミを入れたくなる。

 いくら現地で警察手帳を見せるとはいえ、今どき警察手帳など偽造してしまう輩もいるのではないか。こんなことで、幼気な子供たちを悪人から守ることができるのか。

 でもまあ、仕事が捗るのは確かだ。各学校に電話する際にも、四課に確認してくれといえば、怪しまれずに済む。


 小一時間で、和田と神崎は戻ってきた。

 高校と支援学校を中心に、電話の時間に突入した。


 近頃、調子を崩して長期療養している生徒はいないか。

 両親等、家族に体調の変化があった生徒はいないか。

 突然、薬品に興味を持つようになった生徒はいないか。


 4人が4人、同じ内容を電話口で話すから、電話の向こうでは、当然のように訝っているのが分かる。

 そんなこと、百も承知。いちいち気にかけていたら、仕事が進まない。


 都立高校と都立支援学校では、該当する生徒は見当たらなかった。

 私立学校も、該当する生徒はいないらしい。

 それでは中学校に、というとき、課長席の電話が鳴り響いた。

「はい、市毛」


 課長は、相槌を打ちながら相手の話を聞いている。

「了解しました。すぐに課の者を伺わせます」

 電話が切れた。課長は、課員の方に向き直る。


「先日捕まった男子生徒が、妙な事をいっているらしい。誰か二名行って、話を聞いて来てくれ」

「妙な事?」

「少犯サイト、だそうだ。男子生徒は、少年育成課にいる」

「少犯サイト?なんだ、そりゃ」

「もしかして、少年犯罪サイトじゃないですか?」

「なんで」

「今って、何でもそうやって短くするでしょう。少年犯罪サイト、なんて口走ったら周囲も驚きますけど、ショーハンサイト、なら、何かの通信販売に思えてくる」

「なるほどねえ。じゃ、和田くん、あたしと行こうか」

「了解です、麻田さん」

「あ、僕も行きたい」

「じゃあ、和田くんと神崎で行っておいで。サイトの内容、聞き漏らさないでね」

 

 男子生徒は、警察の少年育成課に移送されていた。そこから、サイコロ課二人と刑事が2人付き、取り調べ室に移動する。

 サイコロ課の2人は、少し緊張しながらも、刑事と少年の後ろを、取り調べ室までついていく。

 取り調べ室の前まで来ると、刑事たちはドアの前で立ち止まった。入れという合図のように親指をドアの中を指さす。

「え、僕たち二人で話聞いていいんですか」

 刑事たちは片方の口元を挙げて、やれるものならやってみろ、というような表情で、入れ入れと手の甲で促した。

「わかりました。僕らで聞けること聞きます」


 和田が最初に部屋に足を踏み入れる。続いて少年。そのあと神崎が部屋の中に入った。

 和田が椅子を引いて、少年を椅子に座らせる。

 畏まるようにしながらも、どこか不遜な態度が見え隠れする少年。椅子に座ると、ニヤリと笑った。

 和田は少年の脇にいたので、その顔に気付かなかったらしい。目の前に座った神崎だけが、その表情に気付き、背筋に悪寒が走った。

 少年と正面に向き合った神崎が初めに口を開く。

「何か話したいことがある、そう聞いてきました」

「ああ、そうですね」

「何を話したいんです?」

「俺、自分で考えたことじゃねえし」

「というと?」

「少犯サイトで、どうやれば人を殺せるか、聞いたんだよ」

「それでタリウムを薦められた、と?」

「そう」

「その通りにしたの?」

「いや、言うとおりにしないで親に飲ませた。失明して終わり」

「本当は別の人間に飲ませたかったんだ」

「そう。嫌いな同級生を葬りたかった」

 和田が、少年にタブレットを差し出す。

「どのサイト?」

 少年は無口になり、しばらく指を縦横に走らせていたが、だんだんと、その手付きが荒々しくなってきた。

「くそっ、見つかんねえ」

「サイトが無い?」

「ああ、URL直打ちしてもダメだ」

「サイトが閉鎖された、そういうことかな」

「あったんだよ、相談すると計画を立ててくれるサイトが。アリバイやら何やら、全部教えてくれるサイトが」


 男子生徒のいうことが本当だとして、その少年犯罪サイトは、閉鎖されていた。

 少年の右脇に立ったままで、和田が男子生徒に聞く。

「その他に、少犯サイトって見たことあるかな」

 少年は、和田の方を振り向き、ニヤリと笑った。

「あるけど、俺の見てたやつくらい詳しいのはないね。相談できるサイトなんてありゃしねえ。全部己の自慢話ばっかでよ」

「そうかあ。相談も出来たんだ。計画も立ててくれたの?そのサイトで」

「ああ、そうだよ」

「他のサイトでは、自分が使ったという自慢話が多かったのかい。どのくらい使えばどうなるか、とか。そういう話は載ってなかったのかな」

「ねえよ。私はこれで、友人を廃人にしました、みたいな自慢話。嘘だろってみんなで言ってた」

「そうか。ありがとう。参考になったよ」


 神崎が椅子から立ち上がり、ドアの方に向かって行く。

 和田が、もう一度少年に話しかける。

「もしも、そのサイトが今もあったら、相談してる?」

「勿論。あのサイトなしでは、こうして捕まってしまうだろ。あーあ、言うとおりにしとけばよかった」

「タリウムを買ったのも、サイトの指示?」

「そうだよ、あの人、密売人っぽかった」


 何とも、あっさりとした少年である。

 今どきの少年は、相手の命を奪うことなど、蚊を殺すくらいにしか思っていないのか。それとも、この少年だけなのだろうか。

 

 刑事に少年を引き渡し、和田と神崎はサイコロ課に戻った。

 密売人のメモによると、この少年が一番多くタリウムを買っている。他の連中は、サイトを見たかどうかわからない。それでも、人を殺傷できるような量ではなかった。

 密売人が、多くの少年から多額の金を吸い取ろうとして、売る量をセーブしていたのである。

 その証拠に、密売人の部屋からは、相当な量のタリウムが見つかったのだった。


 サイコロ課に戻り、和田は自分の椅子に座る。神崎は、珈琲を1杯飲んだ後、データ入力するために立ち上がった。


 今も、どこかでタリウムを手にした少年たちがいる。それは、紛れもない事実だ。

 しかし、今の彼等には相談し、計画を立ててくれる人物はいないと見て間違いない。

 また、この事件はマスコミにリークされ、これからワイドショーを駆け巡るだろう。そんな中、計画者もなしに完全犯罪を遂げることなど、無謀過ぎる。


 断言はできないが、少年たちは手にしたタリウムを殺傷の目的で使用する確率は低いだろうということで、その行方を追いかけるのを、一旦、取り止めたサイコロ課だった。



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