バカすぎて笑える。
金曜日の午後10時を回った今、俺は正座させられていた。
「あんたバカだねぇ……」
「うるさい」
悪態をつきながらも俺は後悔の海に溺れていた。莉音はそんな俺を呆れ顔で見る。
「別に賄賂じゃなくても、私に恩でも売れば良かったんじゃないの?肩たたきとか料理のお手伝いとかさ」
お前は俺のオカンか。それ母の日にやるやつじゃねーか。
でもさすがに俺もやり過ぎたと思う。
なんと俺は自分の財布の三分の二を莉音への貢ぎ物に使ってしまったのだ。買ったのはもちろん菓子類。
「バカだから思いつかなかったんだ……」
「あ、認めた」
今だけは認めたくもなる。
莉音は項垂れた俺の頭を撫でて……はくれず、その辺に放り投げてあった地域広報を筒状に丸め、それでパコパコ叩いてきた。
彼女なりの慰め方である。
「勉強の方は任せといてよ。貰った分しっかり見てあげるから」
「ああ……頼む……」
「まったく、お金で解決しようとするところから間違ってるんだよ。元から財布の中そんなに裕福じゃないくせに」と彼女がぶつぶつ言いながら布団に入るので、俺も寝る体制に入った。頭の中でごもっとも……と呟きながら。
横になって向かい合った俺たちは夏以外はいつもどちらからともなく抱きしめ合い、相手が知らない自分の情報を話す。ただの雑談だが、俺達にとってとても大切な時間である。
「聞いてよ。新しい担任の先生の話」
「あ?ああ、前の担任移動になったんだっけか」
「そうそう!それがね、羽沢統一郎って先生なんだけどさ、超暑苦しいの」
男か。別に心配はしてないが、チラリと莉音を覗き見た。忌々しげな顔をしている。
普通にいつもの莉音だった。
暑苦しいってことは、熱血教師か……。
たぶん火と氷くらいの相性の悪さなのだろう。そうだな、例えば……。
「体育の授業とかでお前がやる気なさげに走ってると名指しで注意してくるタイプだろ」
「エスパーかよ」
「当たってんのかよ。やる気出せよ」
あまりに当たり過ぎていたようでドン引きされた。いや、俺も自分が怖ぇーよ。鳥肌立つ。
「あんたはどう?新学期」
空気を変えようとしたのか莉音は俺に話題を振ってきた。しかし、これ、ちょっと……聞いちゃいけないやつだったぞ。
「お前とのデート……」
「うん?」
「俺の部活の仲間が見てたらしい……」
「……どの辺?」
「ゲーセンの辺り」
「……おう…………」
彼女は恥ずかしくなったのか顔を俺の胸に押し付けてきた。あ、耳が赤くなった。照れてる、照れてる。「莉音さん耳真っ赤ですよー」と言おうとした時だった。
思い出した。まだヤバイ案件があるんだ。ほんとすみません莉音さん。
「あと……、告白された」
「…………」
彼女の動きがピタリと止まった。しかも体温が急激に下がり始めた……⁉︎俺は慌てて力を込めて彼女を抱きしめた。
「直生痛い痛い」
「あ、ごめん」
表情は見えないが声がかなり強張っている。でも、これは絶対に言わなくちゃいけないことだった。前に隠してバレてしこたま怒られたから。
「……あんたモテるねぇ」
「別に……。興味ない」
「だろうねぇ」
やたら語尾を伸ばしてなんでもないように装ってるが、動揺している。それが可愛いなんて思えてくるから俺はこいつの言う通り、どうしようもないバカなんだろう。
「莉音。キスしたい」
「顔と体以外ならどうぞ」
むすっとした声でそう言ったので思わず笑ってしまい、蹴られた。
「じゃ、下着に」
「大声出して助け呼ぶよ?」
「すみません」
そんなことされたら絶対姉貴と母さんに半殺しにされる。ていうか莉音と一緒に寝る権利失う。
青ざめながらそんなことを考えていると、クスリと笑う声が聞こえた。そちらを睨みつけようと見やって息を飲んだ。
そこにはおかしくて純粋に笑っている彼女がいた。それがあまりに綺麗だった。
ああ、もう。彼女はいつもニヤリと意地悪そうに笑うから、俺はこういうギャップに弱いのだ。
「……っ」
もうほとんどっていうか、百パー無理やり。強引に押し倒す形で彼女の上に覆い被さり、唇を奪った。
ジタバタ暴れる彼女を抑えつける。あとで文句言われるとかはこの際どうでもよかった。
彼女の唇を軽く噛みながら、前にキスしたのはいつだったか思い出した。確か、コタツの中だったか。そういえばあれも合意じゃなかったな。こいつ寝てたし。
唇を離すと、莉音は顔を真っ赤にして苦しそうに肩で息をする。
「……っバッカじゃないの⁉︎許可してない!」
「どうせバカだよ」
そう答えるや否や再び口を塞いだ。
あー、自分がバカすぎて笑える、なんて思いながら。




